未来の次の恋

「治療費を払うから、来週知り合いの施術をしてほしい」
 そう頼めば、光からは「そんな気がしていた」と返ってきた。予知なのかどうか分からないが、とにかく次の土曜の午後、久慈と待ち合せて加村治療院に向かう。
「加村さんから誘ってくれるなんて嬉しいな」
 最寄り駅から歩く間に、相変わらず彼がそんなことを言うから困ってしまう。誰にでも親切なマネージャーなのだと思おうとしてきたが、どうやら違う。彼は誠に特別優しい。考えてみれば里菜の件だって、わざわざ調べたところで彼にメリットはないのだ。そしてよく観察してみれば、彼は人当たりはいいが、社員みなに無駄に優しさを振りまいている訳ではない。女性社員にはそっけないくらいだ。まぁ、そこは恋愛絡みで余計なトラブルを起こさないようにという自衛なのかもしれないが。
 もし彼の言う『好きな人』という言葉が本気でそういう意味なら、どうすればいいのだろう。誠が恋をしないように注意しても、相手が好きになってくれたとしたら。
「整体師のお兄さんなんて素敵だね」
 声を掛けられて我に返る。
「ありがとうございます。と言っても整体師はまだ三年目なんですけど」
「以前は何をしていたの?」
「弁護士事務所の弁護士です」
「何それ、凄い。マンガみたいにハイスペック」
 ゴミ一つ落ちていない白いアスファルトの道を行きながら彼が笑う。相変わらず綺麗な顔立ちだと思う。元々見た目は抜群に好みなのだ。予知の歯止めがなければとっくに好きになっていた。
「兄さん、来たよ」
 電源の入っていない自動ドアを手で開けて入っていけば、施術着姿の光が入り口で待っていた。
「初めまして。誠さんと同じ職場で働いている久慈といいます。誠さんのお言葉に甘えて来てしまいました」
 流石というのか、誠が説明する前に彼がさらりと挨拶をする。
「どうぞ。ご期待に添えるか分かりませんが」
 営業スマイルというものはなかった。誠といるときより不愛想なくらいだ。患者に接する光をほとんど見たことがないが、いかにもサービス業という感じではないのだなと思う。弁護士時代のように神経を擦り減らして働きたくないと言っていた。多分、どの患者にも無理に笑ったりしないのだろう。
「じゃあ、俺は待合室にいるね。兄さん、あとはよろしく。久慈さん、ごゆっくり」
「うん。ありがとう」
 誠がいるとやりづらいと思ったから、施術中は二人きりになってもらうことにした。久慈が光のあとから施術室に入っていく。初対面だが光は初めての患者を診ることも多い訳だし、対人スキルの高い久慈相手なら問題ないだろう。そう思って、待合室のソファーや受付カウンターを掃除しながら待つことにする。なんでも一人でできてしまう光だが、誠が細々とした世話を焼けば喜んでくれる。
 光が久慈を気に入ってくれるといい。部屋の隅のラックの雑誌を整理しながら、本音が頭を擡げる。彼なら大丈夫なんじゃないか。能力のことも受け入れてくれると思うぞ。光がそう言ってくれれば前に進める。施術室の壁が防音だから待合室は静かで、そのシンとした空間で胸の中の期待が膨らんでしまう。
 自分は久慈に惹かれている。せめて意地を張らずに彼の言葉を受け取れるようになりたい。一年後に彼が紺華バリューを去るとき、いい男と仕事をしたと思えるような時間を過ごしたい。いや、本音を言えば恋人になりたい。職場が同じうちは隠さなければならないだろうが、彼が紺華建設に戻ったあと、これで周りを気にせず会えるようになったねと笑い合ってみたい。どちらにせよ、もういい加減、惨事に怯えてそっけない態度を取るのが苦しいのだ。
 彼が誠の救世主になってくれないだろうか。誰かに救いを求めるなんて情けないが、もう自分ではどうにもならないのだ。出会ってから何度も誠を驚かせてきた彼なら、あっさりと誠が背負うものを取り去ってくれるのではないか。そのパワーを感じる。力のある人間ならだれでもいい訳ではない。救世主云々がなくても単純に彼の魅力に嵌っている。打算よりもそんな気持ちが厄介なのだ。
「掃除してくれたんだな。助かる」
 光が出てくるのに気づかなくて、びくりとしてしまった。慌ててラックの前から立ち上がってなんでもない顔を作る。光は誠の些細な表情の変化から気持ちを読みとってしまう。今じっくり観察されたら、狡い気持ちを読まれてしまう。
「急にお願いしてごめん。ちゃんと料金は払うよ。四十分のコースっていくら?」
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