未来の次の恋

 そうだ。気にしないようにしていたが、矢崎の事件でも引っ掛かることがあった。矢崎が割った紺華レンタルの受付の花瓶。外枠が金属で内側にガラスの器が入ったデザインの花瓶は、誠の予知にも登場していた。嫉妬に追い詰められた誠自身が花瓶を割る未来だと思っていたが、矢崎の件を見ていたのだとしたら、他も誠の惨事ではないのではないか。惨事だとしても、恋愛に関係のない出来事だったりしないだろうか。例えば久慈に何度も電話をするシーンが、単に会社のトラブルという可能性はないだろうか。そう思いたくなる。些細なことに縋るのは、本音は恋愛をしたいという気持ちがあるからだ。当然だ。誰だって自分が望む人生を生きたい。おかしな能力に制限などされたくないのだ。
「加村さん、大丈夫? 気分が悪くなった?」
 ああ、前もこんなことがあった。パニックを起こす誠に、久慈が手を伸ばしてくれた。そこではっとして、猛スピードで巡る思考から我に返る。
「……すみません。大丈夫です」
「急遽外回りに付き合わせたから疲れちゃったかな。少し休ませてもらおうか」
「いえ。それより早くここを出たい」
 このホテルのスタッフが聞いているかもしれない状況で、不用意な発言だと思った。分かっていても、とにかくこの場所にいたくない。
「分かった」
 久慈は何も聞かずに、誠の身体を庇うようにしてエントランスを出てくれた。建物の前に止まっていたタクシーに乗せて、すぐにその場を離れてくれる。
「……すみません。ご迷惑を」
「ううん」
 今は何を聞かれても答えられない。だって自分も混乱しているから。そんな誠の胸の内を読んだように、彼はただ隣にいてくれた。俯く誠の背中を撫でてくれる。そのどこまでも落ち着いた態度に、次第に誠の気持ちも落ち着いていく。
 そのまま社に戻るのかと思ったが、彼は別の場所を指定してタクシーを止めた。
「バタバタしっぱなしだったから、少し寄り道しようか」
 そう言って降ろされたのは川が見える広場だ。モザイク模様のアスファルトと、錆とは無縁そうなステンレスのベンチが近代的で、意外なほど綺麗な空間。こんな場所があるなんて知らなかった。まだ業務が残っているからタスクが片付いたならさっさと会社に戻るべき。普段ならそう思う誠も、ここでしばらく川の流れを眺めていたいと思う。
「ハウスダストアレルギーは嘘でも、どこか悪いところはあるみたいだね。病院にいかなくて大丈夫?」
 いつのまにか自販機に行ってきてくれていたらしい彼が、スポーツドリンクのペットボトルを差し出しながら言った。
「はい。すみません。本当に身体に悪いところなんてないんです」
 それしか言えない。恋愛をする可能性のある相手との未来の惨事を見るなんて、話したところで誰が信じるだろう。それも、今アンテナに反応しているのはあなたですなんて言える筈がない。
「そっか。よかった。やっぱり好きな人は元気でいてくれた方がいいからね」
 また何も聞かずに、彼はベンチの隣にいてくれる。
「好きな人って……、久慈さんは仕事はできるのに、時々言葉のチョイスがおかしいですよね」
「そう? 素直に思ったことを言っているだけなんだけど」
 悪戯っぽい目で見つめられて、誠はただ視線を逸らして俯く。どういう意味ですか? と聞いて、素直に成り行きを楽しめたらどんなにいいだろう。彼がもし自分を好きだと言ってくれるなら、誠も気になっていると白状して、恋の駆け引きめいたことを楽しんでみたい。けれどやはり怖い。花瓶と元恋人の件は予知が外れた。だが過去に経験してきた惨事は間違いではない。予知通りになった過去の方が多い。久慈に深入りすれば不幸な未来に進んでしまう。最後には警察まで出てくると分かっている恋愛に、誰が関わりたいと思うだろう。
「ここ、いいでしょう? 川の流れがあるから、風が通り抜けて気持ちいいんだよね」
「はい。お陰で少し気分がよくなりました」
 そこは素直に頷いた。それで満足だと言うように、視界の端で彼が微笑む。切れ者だが彼は底なしに優しい。仕事とは別のところで、その優しさを独り占めできたらどんなに幸せだろう。特別な関係でしか見られない顔を見てみたい。何も怯えることなく彼と過ごせたらどんなにいいだろう。きっかけは予知だったが、自分はどうしようもなく彼に惹かれている。
「僕の気持ちはともかく、悩みごとがあるなら話してみる気はない?」
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