未来の次の恋
実際は別に激務ではないし半分は人事部の仕事だが、佐山を脅すためにそんなことを言ってみる。その援護射撃が予想以上だったのか、岡本と佐山に見えないように、久慈が眉を上げて笑ってみせる。まるで「よくできました」と言われたみたいだ。
「という訳で、すぐに辞める可能性のある人材を我が社に送り込んだのなら、こちらが被った損害分の処分は受けていただかないと」
「損害って大袈裟だろ? 第一、入社も退職も彼女の意思じゃないか!」
「ちょっと佐山くん……」
「そもそもあなたは紺華バリューのマネージャーですよね? こっちの社員の処分に口を出す権利なんてないんじゃないですか?」
岡本が止めるのも聞かずに言い募る彼に、あーあと思う。久慈はこのグループ会社の大本、紺華建設の会長の孫で、将来はトップに立つかもしれない立場なのだ。知らないとはいえ彼の記憶に残ってしまうような無礼だと思うが、やはり久慈は彼ごときに切り札を使う気はないらしい。
「では人材斡旋の件は不問にしましょう。ついでに部外者の僕が直接とやかく言うこともやめます」
佐山がほっと胸を撫で下ろす。その様子に久慈がにっこりと笑う。
「その代わり、紺華グループの総合通報ダイヤルにあなたの不貞行為を通報することにします」
「……通報ダイヤル?」
佐山が青くなる。誠も流石に「え?」と声を上げそうになった。総合通報ダイヤルはグループ会社のスタッフが誰でも利用できる通報窓口だ。通報が入り次第動ける弁護士と調査員数名で構成されている。と、そんな内情を知っているのは役席と総務、人事の一部の人間だけだ。通報ダイヤルの人間は自身の判断で社内のどの情報を見てもいいことになっているだけでなく、必要なら調査結果を紺華建設のトップに提出することも可能なのだ。紺華建設の社長が言えば、グループ企業の一社員など即日クビにできてしまう。
「ちょっと待ってください。いくらなんでもそれは話が大きすぎです」
「そうですよ。通報ダイヤルって、インサイダーとか横領とかそういう大きな事件のときに使うものでしょう?」
相手の二人が慌てれば慌てるほど、久慈の微笑みが綺麗に際立つ。もうチラ見も面倒なので、誠はその表情と相手のリアクションを堂々と観察している。
「何故かそんな空気になっていますけど、実際そんなことはないんですよ。ちょっと気になるけど内部で言いにくいことなら、それこそ職場が寒いとかロッカーが狭いとか、そんなことでも通報していただいて構わないんですよ。ぜひ覚えておいてくださいね」
そんな風に一度話を和らげたあと、ふっと彼の目が鋭くなる。
「あなたのように、ニュースになるような大事件しか報告してはいけないと誤解している社員が多いお陰で、通報ダイヤルのスタッフには時間が沢山あるんですよね。そこに不倫問題の報告が入れば張り切って調査してくれるでしょうね。僕の言葉は聞く気がないようですので、通報ダイヤルのスタッフからそちらの社長さんに報告を上げてもらってもいいし、いっそグループ内の揉めごと一掃ということで、紺華建設の方に報告してもらいましょうか。そうなると直属の上司もただでは済まないでしょうね」
「そんな」
それまでどこか他人事だった岡本が慌て出す。
「そうそう。通報ダイヤルの調査スタッフはそこらの探偵以上のスキルがあるんですよ。権限も広いですし、もしかしたら参考調査として佐山さんの奥様のところにも聞き取りに行くかもしれませんね」
「馬鹿を言うな……!」
「馬鹿だなんて。そんな調査をされても仕方がないことをしたのは佐山さんではないですか。大丈夫。賢い人達ですから、ご主人が浮気をした件で、なんてストレートには言いませんよ」
必死に思考を巡らせて黙る佐山と岡本を見つめながら、申し訳ないけれど誠は愉快な気分になっていた。最早楽しんでいるかのように、すらすら言葉が出てくる久慈が面白い。だが恐らく通報ダイヤルの内情は嘘ではない。紺華建設の経営者一族として、グループ内の会社だけでなく自浄システムも熟知している。
「……こちらに何をお望みでしょうか?」
先に折れたのは岡本だった。彼がただのマネージャーではないと察したのだろう。
「佐山さんの解雇までは求めていません。ただ、佐山さんが会社に居続けるというのでしたら、うちの矢崎も同じように働き続けることをお許しいただければと」
「俺は社員で、あっちは契約社員だ!」
「佐山くん!」
部下の大失言に青くなったのは岡本だ。久慈の口角が上がる。だが目は全く笑っていなくて、隣にいる誠も背中に薄ら寒いものを感じてしまう。
「お若いのに随分と古い考えをお持ちなんですね。取りようによってはコンプライアンスに引っ掛かる発言です。彼のような人材に非正規スタッフの管理は難しいでしょうね」
「という訳で、すぐに辞める可能性のある人材を我が社に送り込んだのなら、こちらが被った損害分の処分は受けていただかないと」
「損害って大袈裟だろ? 第一、入社も退職も彼女の意思じゃないか!」
「ちょっと佐山くん……」
「そもそもあなたは紺華バリューのマネージャーですよね? こっちの社員の処分に口を出す権利なんてないんじゃないですか?」
岡本が止めるのも聞かずに言い募る彼に、あーあと思う。久慈はこのグループ会社の大本、紺華建設の会長の孫で、将来はトップに立つかもしれない立場なのだ。知らないとはいえ彼の記憶に残ってしまうような無礼だと思うが、やはり久慈は彼ごときに切り札を使う気はないらしい。
「では人材斡旋の件は不問にしましょう。ついでに部外者の僕が直接とやかく言うこともやめます」
佐山がほっと胸を撫で下ろす。その様子に久慈がにっこりと笑う。
「その代わり、紺華グループの総合通報ダイヤルにあなたの不貞行為を通報することにします」
「……通報ダイヤル?」
佐山が青くなる。誠も流石に「え?」と声を上げそうになった。総合通報ダイヤルはグループ会社のスタッフが誰でも利用できる通報窓口だ。通報が入り次第動ける弁護士と調査員数名で構成されている。と、そんな内情を知っているのは役席と総務、人事の一部の人間だけだ。通報ダイヤルの人間は自身の判断で社内のどの情報を見てもいいことになっているだけでなく、必要なら調査結果を紺華建設のトップに提出することも可能なのだ。紺華建設の社長が言えば、グループ企業の一社員など即日クビにできてしまう。
「ちょっと待ってください。いくらなんでもそれは話が大きすぎです」
「そうですよ。通報ダイヤルって、インサイダーとか横領とかそういう大きな事件のときに使うものでしょう?」
相手の二人が慌てれば慌てるほど、久慈の微笑みが綺麗に際立つ。もうチラ見も面倒なので、誠はその表情と相手のリアクションを堂々と観察している。
「何故かそんな空気になっていますけど、実際そんなことはないんですよ。ちょっと気になるけど内部で言いにくいことなら、それこそ職場が寒いとかロッカーが狭いとか、そんなことでも通報していただいて構わないんですよ。ぜひ覚えておいてくださいね」
そんな風に一度話を和らげたあと、ふっと彼の目が鋭くなる。
「あなたのように、ニュースになるような大事件しか報告してはいけないと誤解している社員が多いお陰で、通報ダイヤルのスタッフには時間が沢山あるんですよね。そこに不倫問題の報告が入れば張り切って調査してくれるでしょうね。僕の言葉は聞く気がないようですので、通報ダイヤルのスタッフからそちらの社長さんに報告を上げてもらってもいいし、いっそグループ内の揉めごと一掃ということで、紺華建設の方に報告してもらいましょうか。そうなると直属の上司もただでは済まないでしょうね」
「そんな」
それまでどこか他人事だった岡本が慌て出す。
「そうそう。通報ダイヤルの調査スタッフはそこらの探偵以上のスキルがあるんですよ。権限も広いですし、もしかしたら参考調査として佐山さんの奥様のところにも聞き取りに行くかもしれませんね」
「馬鹿を言うな……!」
「馬鹿だなんて。そんな調査をされても仕方がないことをしたのは佐山さんではないですか。大丈夫。賢い人達ですから、ご主人が浮気をした件で、なんてストレートには言いませんよ」
必死に思考を巡らせて黙る佐山と岡本を見つめながら、申し訳ないけれど誠は愉快な気分になっていた。最早楽しんでいるかのように、すらすら言葉が出てくる久慈が面白い。だが恐らく通報ダイヤルの内情は嘘ではない。紺華建設の経営者一族として、グループ内の会社だけでなく自浄システムも熟知している。
「……こちらに何をお望みでしょうか?」
先に折れたのは岡本だった。彼がただのマネージャーではないと察したのだろう。
「佐山さんの解雇までは求めていません。ただ、佐山さんが会社に居続けるというのでしたら、うちの矢崎も同じように働き続けることをお許しいただければと」
「俺は社員で、あっちは契約社員だ!」
「佐山くん!」
部下の大失言に青くなったのは岡本だ。久慈の口角が上がる。だが目は全く笑っていなくて、隣にいる誠も背中に薄ら寒いものを感じてしまう。
「お若いのに随分と古い考えをお持ちなんですね。取りようによってはコンプライアンスに引っ掛かる発言です。彼のような人材に非正規スタッフの管理は難しいでしょうね」