未来の次の恋
久慈が誠から受け取った紙袋を差し出す。今朝久慈に見せたら大袈裟に感謝されてしまった花瓶と菓子折りだ。誠の目の前であっさり経費処理されてしまったから、自腹にもなっていない。自腹でもいいと思った誠の気持ちを見透かしていたのかもしれない。それはともかく相手に受け取ってもらえてひとまず安堵する。
「これはご丁寧に。どうぞお座りください」
丁寧に接してくれる営業部長の後ろで、佐山が所在なさげに立っている。なんというか、自分は悪くないのになぜ叱られなければならないのだと不貞腐れている印象だ。営業部長がソファーに着いて、彼も座ったあとで誠たちも向かいのソファーに座らせてもらう。
「実は私も出張から帰ったばかりで、まだ詳しく状況を把握していないのですが」
営業部長は名を岡本といった。五十代だろうか。久慈と名刺交換する様子を見るに、昨日警察を呼べと怒鳴った上司よりは思慮深いタイプらしい。その横で、佐山がここまで大事にされたのが不服という様子でやや俯き加減にしている。一晩反省して殊勝な態度でいるようなら彼の印象も変わっただろうが、そんなことはない。やはり嫌いなタイプだ。
「ええと、報告によれば御社の社員がうちに殴り込んできて受付の花瓶を割ったとか。総務部長の報告が全て正しいとは思いませんし、女性側にも事情があったと思いますが」
昨日の男は総務部長だったらしい。それなら割れた花瓶に気が回るタイプではないだろうから、やはりこっちで買っておいて正解だったと、同じ総務部員としてそんなことを思う。
「常識的に考えれば暴力沙汰を起こした社員を解雇して終わらせるのが無難だと思いますが、それでは不満ということでしょうか?」
岡本が控えめに言う。確かに他社でトラブルを起こした入社二ヵ月のスタッフはクビだ。だがそもそもの原因の佐山がお咎めなしでは矢崎が不憫すぎるというものだ。
「ええ。それが普通かと思うのですが、でしたらそちらの佐山さんにも相応の処分があるべきではないかと思いまして」
笑顔でさらりと久慈は言った。雰囲気に吞まれるようなことはない。そう悟ったらしい岡本が少しだけ難しい顔になる。
「彼女は自主退職扱いでも構いませんし、その後この佐山の処分は私に任せてもらうということではいけませんでしょうか」
「それだと、厳重注意で終わってしまいそうで心配でして」
おっと、と思った。笑顔のままきついことをいう彼に、ちらりと視線を向けてしまう。
「ええと、彼は彼女が暴れるのを見ていただけですし、いい大人ですからプライベートは本人同士で解決するものではないかと」
「ごもっともですけど、ただ今回はこちらの会社の人材採用を妨害されたようなものですからね。矢崎の気持ちということではなく、紺華バリューとして、何かしら処分がないと納得できないということなんですよね」
「妨害って、俺はそんな」
そこでそれまで黙っていた佐山が声を上げる。
「うちのコールセンターを彼女に勧めてくださったとか」
彼が掛かるのを待っていたかのように、久慈の笑みが深くなる。誠をからかっていたのなんて、子ども騙しのようなものだ。そう分かるほど鋭いものを孕んだ顔だ。
「慢性的に人手不足のうちのコール部門に人材を増やそうとしてくださったのですよね? ありがたいことですが、そちらにもコール部門はあるのにうちを勧めてくださったのは何故です? お二人の関係次第ですぐに辞めるかもしれないと思ったからではありませんか?」
「そうじゃない!」
「では何故でしょう?」
単に不倫相手が同じ会社で働くのが面倒だったのであろう彼を、久慈は効果的に責め上げていく。
「コール部門なんて人の入れ変わりが激しいから入退社の手続きも簡単だろうと思われがちなんですが、採用にも退職手続きにもそれなりにお金と手間が掛かるんですよね。この加村が総務主任なんですけど、今うちには総務部員が一人しかいなくて、その激務の合間を縫って矢崎の入社手続きと、受電機器のパスワードの管理からIDカードの手配までやってくれたんですよ」
ね? と顔を向けられて、誠も話に乗らざるを得なくなる。
「……そうですね。営業さんならご存じないかもしれませんが、パスワード関係は外部の会社に申請書を出して権限を与えてもらう手間があるんです。自社で簡単にできる仕事じゃないし、退職後は権限を抹消する手続きも必要で。それに更衣室やロッカーの手配もありますし、人が一人辞めるって、そう簡単なことでもないんです」
「これはご丁寧に。どうぞお座りください」
丁寧に接してくれる営業部長の後ろで、佐山が所在なさげに立っている。なんというか、自分は悪くないのになぜ叱られなければならないのだと不貞腐れている印象だ。営業部長がソファーに着いて、彼も座ったあとで誠たちも向かいのソファーに座らせてもらう。
「実は私も出張から帰ったばかりで、まだ詳しく状況を把握していないのですが」
営業部長は名を岡本といった。五十代だろうか。久慈と名刺交換する様子を見るに、昨日警察を呼べと怒鳴った上司よりは思慮深いタイプらしい。その横で、佐山がここまで大事にされたのが不服という様子でやや俯き加減にしている。一晩反省して殊勝な態度でいるようなら彼の印象も変わっただろうが、そんなことはない。やはり嫌いなタイプだ。
「ええと、報告によれば御社の社員がうちに殴り込んできて受付の花瓶を割ったとか。総務部長の報告が全て正しいとは思いませんし、女性側にも事情があったと思いますが」
昨日の男は総務部長だったらしい。それなら割れた花瓶に気が回るタイプではないだろうから、やはりこっちで買っておいて正解だったと、同じ総務部員としてそんなことを思う。
「常識的に考えれば暴力沙汰を起こした社員を解雇して終わらせるのが無難だと思いますが、それでは不満ということでしょうか?」
岡本が控えめに言う。確かに他社でトラブルを起こした入社二ヵ月のスタッフはクビだ。だがそもそもの原因の佐山がお咎めなしでは矢崎が不憫すぎるというものだ。
「ええ。それが普通かと思うのですが、でしたらそちらの佐山さんにも相応の処分があるべきではないかと思いまして」
笑顔でさらりと久慈は言った。雰囲気に吞まれるようなことはない。そう悟ったらしい岡本が少しだけ難しい顔になる。
「彼女は自主退職扱いでも構いませんし、その後この佐山の処分は私に任せてもらうということではいけませんでしょうか」
「それだと、厳重注意で終わってしまいそうで心配でして」
おっと、と思った。笑顔のままきついことをいう彼に、ちらりと視線を向けてしまう。
「ええと、彼は彼女が暴れるのを見ていただけですし、いい大人ですからプライベートは本人同士で解決するものではないかと」
「ごもっともですけど、ただ今回はこちらの会社の人材採用を妨害されたようなものですからね。矢崎の気持ちということではなく、紺華バリューとして、何かしら処分がないと納得できないということなんですよね」
「妨害って、俺はそんな」
そこでそれまで黙っていた佐山が声を上げる。
「うちのコールセンターを彼女に勧めてくださったとか」
彼が掛かるのを待っていたかのように、久慈の笑みが深くなる。誠をからかっていたのなんて、子ども騙しのようなものだ。そう分かるほど鋭いものを孕んだ顔だ。
「慢性的に人手不足のうちのコール部門に人材を増やそうとしてくださったのですよね? ありがたいことですが、そちらにもコール部門はあるのにうちを勧めてくださったのは何故です? お二人の関係次第ですぐに辞めるかもしれないと思ったからではありませんか?」
「そうじゃない!」
「では何故でしょう?」
単に不倫相手が同じ会社で働くのが面倒だったのであろう彼を、久慈は効果的に責め上げていく。
「コール部門なんて人の入れ変わりが激しいから入退社の手続きも簡単だろうと思われがちなんですが、採用にも退職手続きにもそれなりにお金と手間が掛かるんですよね。この加村が総務主任なんですけど、今うちには総務部員が一人しかいなくて、その激務の合間を縫って矢崎の入社手続きと、受電機器のパスワードの管理からIDカードの手配までやってくれたんですよ」
ね? と顔を向けられて、誠も話に乗らざるを得なくなる。
「……そうですね。営業さんならご存じないかもしれませんが、パスワード関係は外部の会社に申請書を出して権限を与えてもらう手間があるんです。自社で簡単にできる仕事じゃないし、退職後は権限を抹消する手続きも必要で。それに更衣室やロッカーの手配もありますし、人が一人辞めるって、そう簡単なことでもないんです」