未来の次の恋
事後報告になってしまうが、いらないと言われたらうちの執務室用にすればいい。経費で落ちないと言われても、そのときは誠の持ち出しにするからいい。たった一人の総務部員にはそんな開き直りも必要だ。それに誠は会社のための自腹が嫌いではなかった。プライベートでどうしても欲しいものなどないから、買い物に出る楽しみを与えてくれることに感謝すらする。自腹はその対価。そう言ったら「欲しいものがないなんて言うなよ」と、光に哀しげな顔をされてしまったから、あまり言わないようにしているのだけれど。
ともかく総合スーパーの日用品売り場で似たような花瓶を見つけて買って、その後贈答品売り場を覗いてみた。紺華レンタルは一応別会社だし、明日の話し合いのときにお詫びのお菓子くらいあってもいいと思ったのだ。佐山は憎いが、彼の上司はとばっちりだ。これもいらないと言われれば、自社のメンバーに配ればいい。家族と疎遠な誠にとって贈答品のお菓子の買い物は更に楽しくて、ちょっと申し訳なくなるほど見て回ってしまう。
そんな独り身の細やかな幸せを満喫したところで職場から電話が入った。何事かと思って出てみれば、相手は久慈だ。
「お疲れさま。ごめんね、業後に」
なるほど。一線モードを貫いて個人的な連絡先を教えていないから、職場の電話から緊急連絡先にかけてきたという訳だ。
「何かありましたか?」
発送業務も全て終わらせてきた筈だが、なんだろうと思いながら応じれば、電話口の彼が思いもよらないことを言う。
「明日の午前中に紺華レンタルの営業部長さんと話すことになったんだけど、加村さんも同席してくれないかと思って」
「俺ですか?」
「そう。相手は佐山さんと二人なんだけど、うちは流石に矢崎さんを連れていく訳にはいかないでしょう? だから僕の隣にいてくれると助かる」
矢崎を同席させないのは賛成だが、何故その代わりが誠なのだろう。
「コールの役席か、名倉部長の方がいい気がしますけど」
「どっちも僕に任せると言ってくれたから。それならサポート役が欲しいなと思って」
「俺は営業も交渉もしたことのない総務部員です。とてもお役に立てるとは思いません」
「過ぎる謙遜は感心しないな」
ごく真面目に言ったつもりが、彼からは冗談を笑い飛ばすようなニュアンスが返ってくる。
「今日、紺華レンタルの役席表を出してくれて凄く助かった。だから明日も僕の傍にいてほしいんだ。矢崎さんを助けると思って、お願い」
その言い方は狡い。だが考えてみれば、頑なに拒否する理由もない。
「分かりました。隣に座っているだけでいいなら同席します」
「ありがとう。流石、頼りになるね」
いや、座っているだけと言っただろうが、という突っ込みを辛うじて呑み込む。
「外にいるの? ごめんね。買い物の邪魔をしちゃったかな」
耳聡く誠の周囲の音を拾ったらしい彼に聞かれてしまう。
「いえ。矢崎さんが割ったのと同じような花瓶を買いに来ただけですから」
なんとなく、プライベートが充実していると誤解されたくなくて事実を答える。
「ああ、そうだ。それも必要だったね。ごめん、気が回らなくて」
「いえ」
あなたが一番大変なのだから、そこまで気にしなくていい。
「やっぱり頼りになるね。ありがとう」
「いえ」
「明日もよろしく」
結果、褒められて電話を終えることになった。しまう前のスマホで確認すれば、もう七時半だ。彼はまだ残業中ということだ。ただでさえ大変な立場なのに、矢崎が起こした事件でイレギュラーが追加された。それであの穏やかな口調はたいしたものだ。そう、何様だよと突っ込まれそうなことを思ってしまう。
矢崎のためだ。話し合いのサポートくらい務めてやろう。それで久慈との関係がどうにかなる訳ではない。そう決めて、七階建てのスーパーを出ることになる。
そして翌朝十時に、紺華レンタルの会議室で話し合いをすることになった。相手側は佐山と営業部長。こちらは久慈と誠。会議室のソファーの前に立って、まずは久慈が頭を下げる。
「改めて、昨日はうちの社員がご迷惑をおかけしました」
矢崎がしでかしたことは事実だから、まずは礼儀を通すということだ。謝罪だというのに見惚れるような仕種の彼の隣で、誠も同じように頭を下げる。
「いえいえ。どうぞ頭を上げてください」
どうやら営業部長の方は、紺華バリューが悪いと決めつけている訳でもなさそうだ。
「これは昨日割ってしまった花瓶の代わりと、ほんの気持ちです」
ともかく総合スーパーの日用品売り場で似たような花瓶を見つけて買って、その後贈答品売り場を覗いてみた。紺華レンタルは一応別会社だし、明日の話し合いのときにお詫びのお菓子くらいあってもいいと思ったのだ。佐山は憎いが、彼の上司はとばっちりだ。これもいらないと言われれば、自社のメンバーに配ればいい。家族と疎遠な誠にとって贈答品のお菓子の買い物は更に楽しくて、ちょっと申し訳なくなるほど見て回ってしまう。
そんな独り身の細やかな幸せを満喫したところで職場から電話が入った。何事かと思って出てみれば、相手は久慈だ。
「お疲れさま。ごめんね、業後に」
なるほど。一線モードを貫いて個人的な連絡先を教えていないから、職場の電話から緊急連絡先にかけてきたという訳だ。
「何かありましたか?」
発送業務も全て終わらせてきた筈だが、なんだろうと思いながら応じれば、電話口の彼が思いもよらないことを言う。
「明日の午前中に紺華レンタルの営業部長さんと話すことになったんだけど、加村さんも同席してくれないかと思って」
「俺ですか?」
「そう。相手は佐山さんと二人なんだけど、うちは流石に矢崎さんを連れていく訳にはいかないでしょう? だから僕の隣にいてくれると助かる」
矢崎を同席させないのは賛成だが、何故その代わりが誠なのだろう。
「コールの役席か、名倉部長の方がいい気がしますけど」
「どっちも僕に任せると言ってくれたから。それならサポート役が欲しいなと思って」
「俺は営業も交渉もしたことのない総務部員です。とてもお役に立てるとは思いません」
「過ぎる謙遜は感心しないな」
ごく真面目に言ったつもりが、彼からは冗談を笑い飛ばすようなニュアンスが返ってくる。
「今日、紺華レンタルの役席表を出してくれて凄く助かった。だから明日も僕の傍にいてほしいんだ。矢崎さんを助けると思って、お願い」
その言い方は狡い。だが考えてみれば、頑なに拒否する理由もない。
「分かりました。隣に座っているだけでいいなら同席します」
「ありがとう。流石、頼りになるね」
いや、座っているだけと言っただろうが、という突っ込みを辛うじて呑み込む。
「外にいるの? ごめんね。買い物の邪魔をしちゃったかな」
耳聡く誠の周囲の音を拾ったらしい彼に聞かれてしまう。
「いえ。矢崎さんが割ったのと同じような花瓶を買いに来ただけですから」
なんとなく、プライベートが充実していると誤解されたくなくて事実を答える。
「ああ、そうだ。それも必要だったね。ごめん、気が回らなくて」
「いえ」
あなたが一番大変なのだから、そこまで気にしなくていい。
「やっぱり頼りになるね。ありがとう」
「いえ」
「明日もよろしく」
結果、褒められて電話を終えることになった。しまう前のスマホで確認すれば、もう七時半だ。彼はまだ残業中ということだ。ただでさえ大変な立場なのに、矢崎が起こした事件でイレギュラーが追加された。それであの穏やかな口調はたいしたものだ。そう、何様だよと突っ込まれそうなことを思ってしまう。
矢崎のためだ。話し合いのサポートくらい務めてやろう。それで久慈との関係がどうにかなる訳ではない。そう決めて、七階建てのスーパーを出ることになる。
そして翌朝十時に、紺華レンタルの会議室で話し合いをすることになった。相手側は佐山と営業部長。こちらは久慈と誠。会議室のソファーの前に立って、まずは久慈が頭を下げる。
「改めて、昨日はうちの社員がご迷惑をおかけしました」
矢崎がしでかしたことは事実だから、まずは礼儀を通すということだ。謝罪だというのに見惚れるような仕種の彼の隣で、誠も同じように頭を下げる。
「いえいえ。どうぞ頭を上げてください」
どうやら営業部長の方は、紺華バリューが悪いと決めつけている訳でもなさそうだ。
「これは昨日割ってしまった花瓶の代わりと、ほんの気持ちです」