未来の次の恋
見慣れた穏やかな顔とは違っていた。トラブルを外部に漏らさないように収めて社員を護ること。その気持ちが目に見えるようだ。矢崎は即日クビでも文句を言えないほど立場が悪いが、久慈ならなんとかしてくれると思える。出会ってまだ日が浅い上司を、既に誰より信頼している。
とにかくあまり大事にならずに事態が収まればいい。そう思いながら謝罪に行く久慈を見守ったが、その日は佐山の上司の営業部長が終日不在ということで、翌日仕切り直しになった。
誠の方は矢崎を宥める役目を引き受けることになる。泣いている女性の話を聞くのは女性上司の方がいい気がしたが、本人が誠に聞いてほしいと言うのでとことん付き合うことにした。体調不良者が出た場合に使う救護室で向き合う。このご時世、異性と個室で二人きりになるのは避けたいが、半個室の面談スペースだと誰かに聞かれる可能性があって嫌だろうと思ったのだ。それに誠の勘が、彼女は誠を陥れるようなことはしないと告げている。万一自棄になって誠に襲われましたと言い出したとしても、そのときは甘んじて現実を受け入れよう。一瞬でそんなことまで考えながら、救護室の無機質なベッドの前で丸椅子に座って向き合う。
「体調が悪いようなら話をするのは明日の朝でもいいけど。どう?」
落ち着くのを待って聞けば、彼女が「すみません。大丈夫です」と返してきた。
「じゃあ、どうしてあんなことをしたか話して。今日は話せることだけでいいし、やっぱり女性の方がいいなら、コールの女性の役席と代わってもいいから」
そんな風に促して聞いた話は、おおよそ想像通りだった。紺華レンタルの営業社員佐山は、既婚者でありながら外部で矢崎と知り合い深い関係になった。彼女の自宅マンションが遠方にあるのが不便だと思ったのか、転職と引越しを勧めて、コール部門はいつも人手不足の紺華バリューの採用試験を受けるように言ったらしい。
「以前の会社も契約社員で、何度か仕事の愚痴を言ったこともありましたけど、真面目に働いていたんです。彼が既婚者だと知っていたら転職なんかせずに、社員を目指して長く勤めていたのにって。奥さんと別れる気もないのに人の人生を狂わせて、自分は平然と同じ会社で働き続けているのが狡いと思ってしまって」
誠も同じことを思う。紺華レンタルにもコール部門はあるが、万一のリスクを考えて隣の会社にしたのだろう。その辺りの姑息さに嫌悪感が募る。家庭があるなら彼女の引越し費用を出した訳でもないだろう。自分の欲望のために若い女の子に出費をさせて情けないとは思わないのか。上手く付き合わなければならない隣の会社の社員でなければそう言ってやりたい。
「最低な男だけど、暴力沙汰はよくなかったね。悪くなかった筈の矢崎さんが悪者になってしまった」
静かに言えば彼女も頷いてくれる。
「でも転職したのにまた退職は気の毒だから、なんとか辞めなくて済むように努力はするよ。申し訳ないけど俺には権限がないから、久慈マネージャーにお願する形になると思うけど。もうこの会社にいたくないって訳ではないでしょう?」
「……はい。転職活動が大変で」
「分かった。じゃあ、コールの役席にバトンタッチするね。俺は辞めなくていいように頑張ってみるから。もう一度同じことを聞かれるかもしれないけど、そこは我慢してね」
そんな風に話を終わりにして、救護室を出たあとは真壁にコールの女性上司のところに連れていってもらう。
その後一旦彼女のことは任せて通常業務に戻った。話し合いは明日と決まったから、久慈も穏やかな顔でいつもの業務を熟している。下手に騒げば野次馬がついてくると分かっているのだろう。着任して日が浅いうちに厄介ごとを背負うことになったというのに、落ち着きすぎるほど落ち着いているのは、決して会長の孫という切り札があるからではない。多分その切り札を使わずに解決するつもりだろうなと、余計なお世話と知りながらそんなことを思う。
余計なお世話ついでに、仕事終わりに矢崎が割ったのと同じ花瓶を買いに行くことにした。じっくり見たのは割れたあとだが、件の花瓶は頭の中にはっきりと思い描くことができる。外枠が銀色の金属で花模様。その中に筒状のガラスの器が入ったデザインで、ぱっと見は、銀の外枠しかないように見える花瓶。矢崎の事件とは別にもう一つ引っ掛かりを抱えながら、とりあえず紺華レンタルに弁償するためのものを買いに行く。コール部門は忙しいし、矢崎の直接の対応で手一杯だろうから、買いものは総務で引き受けようと思ったのだ。
とにかくあまり大事にならずに事態が収まればいい。そう思いながら謝罪に行く久慈を見守ったが、その日は佐山の上司の営業部長が終日不在ということで、翌日仕切り直しになった。
誠の方は矢崎を宥める役目を引き受けることになる。泣いている女性の話を聞くのは女性上司の方がいい気がしたが、本人が誠に聞いてほしいと言うのでとことん付き合うことにした。体調不良者が出た場合に使う救護室で向き合う。このご時世、異性と個室で二人きりになるのは避けたいが、半個室の面談スペースだと誰かに聞かれる可能性があって嫌だろうと思ったのだ。それに誠の勘が、彼女は誠を陥れるようなことはしないと告げている。万一自棄になって誠に襲われましたと言い出したとしても、そのときは甘んじて現実を受け入れよう。一瞬でそんなことまで考えながら、救護室の無機質なベッドの前で丸椅子に座って向き合う。
「体調が悪いようなら話をするのは明日の朝でもいいけど。どう?」
落ち着くのを待って聞けば、彼女が「すみません。大丈夫です」と返してきた。
「じゃあ、どうしてあんなことをしたか話して。今日は話せることだけでいいし、やっぱり女性の方がいいなら、コールの女性の役席と代わってもいいから」
そんな風に促して聞いた話は、おおよそ想像通りだった。紺華レンタルの営業社員佐山は、既婚者でありながら外部で矢崎と知り合い深い関係になった。彼女の自宅マンションが遠方にあるのが不便だと思ったのか、転職と引越しを勧めて、コール部門はいつも人手不足の紺華バリューの採用試験を受けるように言ったらしい。
「以前の会社も契約社員で、何度か仕事の愚痴を言ったこともありましたけど、真面目に働いていたんです。彼が既婚者だと知っていたら転職なんかせずに、社員を目指して長く勤めていたのにって。奥さんと別れる気もないのに人の人生を狂わせて、自分は平然と同じ会社で働き続けているのが狡いと思ってしまって」
誠も同じことを思う。紺華レンタルにもコール部門はあるが、万一のリスクを考えて隣の会社にしたのだろう。その辺りの姑息さに嫌悪感が募る。家庭があるなら彼女の引越し費用を出した訳でもないだろう。自分の欲望のために若い女の子に出費をさせて情けないとは思わないのか。上手く付き合わなければならない隣の会社の社員でなければそう言ってやりたい。
「最低な男だけど、暴力沙汰はよくなかったね。悪くなかった筈の矢崎さんが悪者になってしまった」
静かに言えば彼女も頷いてくれる。
「でも転職したのにまた退職は気の毒だから、なんとか辞めなくて済むように努力はするよ。申し訳ないけど俺には権限がないから、久慈マネージャーにお願する形になると思うけど。もうこの会社にいたくないって訳ではないでしょう?」
「……はい。転職活動が大変で」
「分かった。じゃあ、コールの役席にバトンタッチするね。俺は辞めなくていいように頑張ってみるから。もう一度同じことを聞かれるかもしれないけど、そこは我慢してね」
そんな風に話を終わりにして、救護室を出たあとは真壁にコールの女性上司のところに連れていってもらう。
その後一旦彼女のことは任せて通常業務に戻った。話し合いは明日と決まったから、久慈も穏やかな顔でいつもの業務を熟している。下手に騒げば野次馬がついてくると分かっているのだろう。着任して日が浅いうちに厄介ごとを背負うことになったというのに、落ち着きすぎるほど落ち着いているのは、決して会長の孫という切り札があるからではない。多分その切り札を使わずに解決するつもりだろうなと、余計なお世話と知りながらそんなことを思う。
余計なお世話ついでに、仕事終わりに矢崎が割ったのと同じ花瓶を買いに行くことにした。じっくり見たのは割れたあとだが、件の花瓶は頭の中にはっきりと思い描くことができる。外枠が銀色の金属で花模様。その中に筒状のガラスの器が入ったデザインで、ぱっと見は、銀の外枠しかないように見える花瓶。矢崎の事件とは別にもう一つ引っ掛かりを抱えながら、とりあえず紺華レンタルに弁償するためのものを買いに行く。コール部門は忙しいし、矢崎の直接の対応で手一杯だろうから、買いものは総務で引き受けようと思ったのだ。