未来の次の恋

 ハッとして、野次馬を掻き分けて受付に近づいた。よく分からないが止めなければならない。まだ入社二ヵ月の契約社員が隣の会社で問題を起こせば、容赦なくクビになってしまう。
「矢崎さん、他社に迷惑を掛けちゃダメ。一旦こっちに戻ろう」
 そう、彼女の少し後ろから声を掛けたときには遅かった。
「……っ!」
 彼女が受付のテーブルにあった花瓶を床に投げつける。金属の外枠の中のガラスが割れて破片が飛び散る。一瞬、誠の意識が別のところに飛んだ。だが受付の女性が悲鳴を上げるのに我に返る。紺華レンタルのオフィスから社員がバタバタと駆けてくる。野次馬の言葉など耳に入らないという様子で、矢崎は出てきた男のうちの一人をじっと睨みつける。
「押さえろ!」
 役席らしい男が声を上げるから、慌てて矢崎を背中に庇った。そのうち警備スタッフもやってくるが、自社の若いスタッフに乱暴なことはされたくないから、腕を掴んで矢崎を護る。
「放っておけば怪我人が出る。さっさと警備員に渡して警察を呼んでもらえ」
「すみません。一度こちらで話を聞きますので」
 他社の総務主任だが、ここは本人の代わりに謝るしかなかった。
「矢崎さん、あとでちゃんと矢崎さんの言い分を聞くから、ここは謝って」
 促してみるが、彼女は相変わらず、遠巻きにこちらの様子を眺める一人の男を見ているだけだ。三十歳くらいの華やかな顔立ちの男。誠もその男に目を遣って、なんとなく話の流れが見えてくる。
「転職までしたのに、奥さんがいたなんて聞いていない!」
 やっぱりか。矢崎が口にした言葉に頭を抱えたくなった。
「こっちの人生をおかしくしておいて、平然と逃げるなんて許せない。今度はあなたが紺華レンタルを辞めればいい」
 奥に戻ろうとする彼に更に矢崎が言葉をぶつける。何があろうと乱暴なことをしてしまった方が分が悪い。それが分かるのだろう。ふっと嫌な笑みを浮かべて去っていこうとする男に、誠まで嫌悪感を抱いてしまう。
「とにかく警察だ」
「待ってください。矢崎さん、落ち着いて」
 腕を離せば矢崎が目的の男に向かっていきそうで、身動きが取れなかった。こんなとき、やはり主任程度では立場が弱い。
「これ以上被害が出たらどうする。女を連れていけ」
 だが頭の固そうな上司が警備員に命じたところで視界が遮られた。背の高い、上質なスーツの男が間に入る。
「うちの社員がすみませんでした。こちらで話を聞いてご報告しますので、一度引き取らせていただいていいでしょうか?」
「久慈さん……」
 思わず声を上げれば、ちらりと目を向けた彼が、心配ないというように目を細める。
「誰だ?」
「先々週、一度ご挨拶をしていると思いますが。紺華バリューのマネージャーの久慈と申します」
 彼が名乗れば、隣の社の役席を忘れていたことのバツが悪かったのだろう。「まぁ、任せる」と言って、上席らしき男が退散していく。
「佐山さん、待って!」
 猶も恋人と話そうとする矢崎に、佐山と呼ばれた男が呆れ顔を見せる。嫌な顔だ。
「職場でこんなことをして、馬鹿だろお前」
 上司がいなくなったからか、矢崎にそんなことを言う彼に、誠でさえカチンとくる。
「そんな言い方……」
「若い女性におかしな真似をさせているのは誰ですか?」
 久慈が先に佐山に鋭い声を向けた。
「後程あなたにも話を聞きに行きます。お咎めなしでは済まないでしょうから、覚悟していてください」
 不満だがマネージャーには逆らえないという様子で、彼は姿を消してしまう。
「戻ろう。戻って少し落ち着こう?」
 とにかく矢崎が落ち着くように言って、その姿を隠すように紺華バリューに戻った。
「加村さん、悪いけど、紺華レンタルの役席を分かるだけ教えてくれるかな。謝罪に行く準備をしたくて。こういうのは早い方がいいから」
「分かりました」
 別の会社だが、ビルの防犯会議をする関係で紺華レンタルの役席はみな知っていた。誠に頼むということは、久慈もビル管理の事情まで知っているということだ。
「書面で渡しておきます」
「うん。ありがとう。助かる」
13/62ページ
スキ