未来の次の恋

 ふと顔を上げて、目にしたものに驚いた。斜め前の席で、いつのまにか久慈も受電業務に入っている。すぐ電話が入ったから声を掛けることができなかったが、見た感じ平然と受電を熟している。
 コール業務もできてしまいますか、あなたは。内心そう呟かずにいられなかった。世間話に応じているのだろう。久慈が表情を緩めて小さく笑い声を上げる。完璧な仕事だけでなく顧客の世間話に応じることもできるとは、どれだけスキルが高いのだ。一つくらい苦手なことはないのかと、受電の合間の数秒で久慈のことを考える。そうこうするうちに漸く待ち呼が解消される。
「ありがとう、加村」
「どういたしまして。それよりオペレーターさんを休憩に行かせてあげて」
 朝から来ていてまだ休憩に行けていないスタッフがいる。それに、一人体調が悪そうなスタッフを目にして気になっていたのだ。
「矢崎さん、受け可にしなくていいから休憩に行きな」
 余計なお世話かなとも思ったが、次の電話が入らないうちに彼女の席に向かって、コールマスターを操作してしまった。
「えっと……」
「ああ、ごめん。俺、加村」
 自分が伊達眼鏡とマスク姿でいることを思い出して眼鏡を取ってみせれば、矢崎がほっとしたような顔を見せた。矢崎は先々月入ったばかりの契約社員で、入社手続きで何度か誠とやりとりしている。やはり顔色がよくないし、何かを想い詰めるような表情だ。出勤人数が少ないから必死になりすぎてしまったのだろうか。真壁にも事情を話して、休憩に入ってもらう。
「ごめん。リーダーの俺が気づいてあげられればよかったんだけど。身体大丈夫?」
「大丈夫です。じゃあ、お言葉に甘えて先に昼休憩をいただきます」
「うん。行ってらっしゃい」
 真壁と見送れば、その間に久慈が二人分のデスクの片付けを済ませてくれていた。偉い人間のくせに片づけまでできるのかと、またそんな思いが胸に湧く。とにかく彼と一旦総務のテリトリーに帰ることにする。
「加村さんて、クールに見えて優しいんですね」
 できれば見なかったことにしてほしいことを彼は見逃してくれなかった。宣言通り郵便の仕事はきっちり片付いているから、邪険にすることもできない。
「体調が悪そうな若い子が目に入れば、誰だって同じことを言うでしょう?」
「まず気づいてあげられることが凄い」
「それはそれは。お褒めに預かり光栄です」
 頼むから褒めないでくれと、眉を寄せてしまうのを眼鏡のフレームを上げて誤魔化す。
「お昼、遅くなってすみませんでした。今から一時間休憩にしましょう」
「今日こそ一緒にランチでもどう? 僕はまだ受電業務は不慣れだから、ご飯を食べながら教えてもらえると助かるな」
 ああ言えばこう言う男だ。難なく受電を熟しておいて何が不慣れだ。そしてそれを、もしかして自分に気があるのか? と思わずにいられない微笑みで言うから厄介だ。ない話ではない。誠の予知通りに進むなら、一度は両想いになる。それを絶対に阻止しなければならない。
「休憩中は一人にならないとメンタルが回復しない質なので」
「突発的な仕事も難なく熟していたでしょう? 仕事でメンタルが弱るタイプではないと思うけど」
 ええ、あなたの存在がメンタルを痛めつけていますとは流石に言えない。
「僕はもう少し加村さんと親しくなりたいと思っているよ」
「それはどうも。では、また一時間後にデスクで」
 深く考える前に躱して発送部屋を出てしまった。執務室の後ろのドアから廊下に出れば、騒ぐ誠の胸の内に呼応するように、何やら向こうがざわついている。今度はなんだと、紺華バリューの受付側から出る中央廊下の方に向かってみれば、隣の紺華レンタルの方に人集りができていた。
「……難儀なことで」
 漸く久慈から解放されたのだ。さっさと通り過ぎてしまおう。貴重な休憩時間を無駄にしたくないと、構わずエレベーターに向かう。だがそこで、聞き覚えのある声に足が止まった。
「嘘を吐かないでください!」
 随分とお怒りのようだが、自分はついさっきその声を聞いたばかりの気がする。
「佐山さんと話をさせてください!」
「……佐山は外出していまして」
「今日は一日中内勤と調べはついています!」
 グループ企業の社員に詰め寄られて、紺華レンタルの受付の女性が困惑している。その目の前にいる人間の後ろ姿に、思わず声が零れる。
「矢崎さん……」
 同じくらい誠も困惑していた。先程体調が悪そうだから休憩に入るように言った彼女が、何故か隣の会社で揉めごとを起こしている。
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