好きになったのはあなたです。
そんな嶺に、僅かな役職手当の代償として降ってきたのが恋神の役割だった。きっかけはある女性社員のIDカード紛失。総務でゲストカードを手配して再発行手続きをしたとき、何気なく彼女の愚痴に付き合ったのだ。
恋人に振られてIDカードもなくした私は最悪だ。もう人生何もいいことはないと言って泣く彼女を励ました。
「大丈夫。そのうち元恋人と別れて正解だったと思えるくらい素敵な人と出会えるよ。案外近くにいたりしてね」
そんな誰にでも起こりそうなことを言った。だが彼女はその後他部署の男性と恋に落ち、二ヵ月でスピード結婚してしまったのだ。
「田胡さんのお陰です。田胡さんにアドバイスをもらった日から、身体中に不思議な力が漲る気がして」
いや、そんな訳ないだろとは言えないので、「おめでとう。よかったね」と返しておいた。その冷静さがよくなかったのか、彼女が嶺に恋を成就させる力があると思い込んでしまった。
その後、コミュ障気味の若い男性社員の愚痴に付き合って、「そのうち可愛い年下の彼女でもできるよ」と言ったらそれも現実になってしまい、彼まで嶺が恋神だと信じ込んだ。特に意識しないままそんなことが二度、三度続いて、いつのまにか嶺はカナセカの恋神になってしまったという訳だ。
「みんな冷静になって。恋神なんて、俺にそんな力がある訳ないでしょう?」
そう言っても、今ではもう「恋神様、どうか謙遜なさらずに」と返されてしまう。初めは嶺に恋のアドバイスを受けるとその通りになるという話だったが、そのうち嶺の姿を見れば恋は上手くいくだの、写真を撮ってスマホの待ち受けにするといいだの、お供え物をあげるといいだのという話になっていった。恋に悩む社員から高価なお供え物を持ってこられて断ったら、「恋神様を怒らせた」とその社員が叩かれそうになったので、「安いお菓子なら受け取る」と譲歩した。ただの会社員に何がお供え物だと思うが、もうそれが社員の心の安定に繋がるならいいと開き直った。すぐにこんなお遊び飽きるだろう。そう思って神の立場を受け入れたのだ。
そんなこんなで恋神の話が出てから五ヵ月。社員たちの恋神信仰は消えない。だが嶺も神の立場をそこそこ楽しめるようになった。神と呼ばれるなら普段の言動にも注意しよう。そう思って過ごしているのだ。
「……まぁ、自分の失恋は痛かったけど」
一つ思い出して苦笑する。さて、仕事に戻るか。そう思って十二マス塗り終わったゲームを一度トップページに切り替える。ギャラリーという項目をタップすれば、そこに他のプレイヤーが完成させた絵が表示される。
「凄い。また完成させている」
レベル順に表示されるプレイヤーネームと最新作品に思わず声が上がる。このゲームの絶対的王者クボウ。タゴレイという名前でプレイしている嶺はまだレベル60なのに、クボウはもうレベル402だ。パワーの溜まる条件は同じだし、観察した感じ一日中ゲームをしている人でもなさそうだから、時間の使い方が上手くて、且つパワーが貰えるクイズに正解できるほど賢いのだろう。レベルが驚異的過ぎて、嶺にとっては神レベルで尊敬するプレイヤーだ。神レベル。嶺も神だから奇遇だ。ゲームの神と恋神は仲よくなれるだろうか。そんな馬鹿なことを考えながら、歯磨きを済ませて執務室に戻る。
平和な金曜だった。失恋からちょうど二週間。ずっと二週に一度クリニックに通っていたが、もう行かないと決めたのでのんびり仕事をしている。千木良に会うために昼休み返上で仕事をしていたが、元々一週間ごとのタスクは週初めに終えてしまうので、週末にバタバタしたりしないのだ。今考えれば、好きな男に会うために休み時間を削って仕事をする自分に酔っていた。失恋した途端に冷静に分析できるから不思議なものだ。まぁ、それはそれで楽しかった。恋に夢中になる自分。いい経験だったではないかと、たった二週間前の自分にマウントを取ってみる。
だが週末の仕事も無事終わり、来週進める予定だった仕事に手をつけようかと、書類を出してきたところで悪夢はやってきた。
『総務部田胡、今すぐクリニックに来い』
恋人に振られてIDカードもなくした私は最悪だ。もう人生何もいいことはないと言って泣く彼女を励ました。
「大丈夫。そのうち元恋人と別れて正解だったと思えるくらい素敵な人と出会えるよ。案外近くにいたりしてね」
そんな誰にでも起こりそうなことを言った。だが彼女はその後他部署の男性と恋に落ち、二ヵ月でスピード結婚してしまったのだ。
「田胡さんのお陰です。田胡さんにアドバイスをもらった日から、身体中に不思議な力が漲る気がして」
いや、そんな訳ないだろとは言えないので、「おめでとう。よかったね」と返しておいた。その冷静さがよくなかったのか、彼女が嶺に恋を成就させる力があると思い込んでしまった。
その後、コミュ障気味の若い男性社員の愚痴に付き合って、「そのうち可愛い年下の彼女でもできるよ」と言ったらそれも現実になってしまい、彼まで嶺が恋神だと信じ込んだ。特に意識しないままそんなことが二度、三度続いて、いつのまにか嶺はカナセカの恋神になってしまったという訳だ。
「みんな冷静になって。恋神なんて、俺にそんな力がある訳ないでしょう?」
そう言っても、今ではもう「恋神様、どうか謙遜なさらずに」と返されてしまう。初めは嶺に恋のアドバイスを受けるとその通りになるという話だったが、そのうち嶺の姿を見れば恋は上手くいくだの、写真を撮ってスマホの待ち受けにするといいだの、お供え物をあげるといいだのという話になっていった。恋に悩む社員から高価なお供え物を持ってこられて断ったら、「恋神様を怒らせた」とその社員が叩かれそうになったので、「安いお菓子なら受け取る」と譲歩した。ただの会社員に何がお供え物だと思うが、もうそれが社員の心の安定に繋がるならいいと開き直った。すぐにこんなお遊び飽きるだろう。そう思って神の立場を受け入れたのだ。
そんなこんなで恋神の話が出てから五ヵ月。社員たちの恋神信仰は消えない。だが嶺も神の立場をそこそこ楽しめるようになった。神と呼ばれるなら普段の言動にも注意しよう。そう思って過ごしているのだ。
「……まぁ、自分の失恋は痛かったけど」
一つ思い出して苦笑する。さて、仕事に戻るか。そう思って十二マス塗り終わったゲームを一度トップページに切り替える。ギャラリーという項目をタップすれば、そこに他のプレイヤーが完成させた絵が表示される。
「凄い。また完成させている」
レベル順に表示されるプレイヤーネームと最新作品に思わず声が上がる。このゲームの絶対的王者クボウ。タゴレイという名前でプレイしている嶺はまだレベル60なのに、クボウはもうレベル402だ。パワーの溜まる条件は同じだし、観察した感じ一日中ゲームをしている人でもなさそうだから、時間の使い方が上手くて、且つパワーが貰えるクイズに正解できるほど賢いのだろう。レベルが驚異的過ぎて、嶺にとっては神レベルで尊敬するプレイヤーだ。神レベル。嶺も神だから奇遇だ。ゲームの神と恋神は仲よくなれるだろうか。そんな馬鹿なことを考えながら、歯磨きを済ませて執務室に戻る。
平和な金曜だった。失恋からちょうど二週間。ずっと二週に一度クリニックに通っていたが、もう行かないと決めたのでのんびり仕事をしている。千木良に会うために昼休み返上で仕事をしていたが、元々一週間ごとのタスクは週初めに終えてしまうので、週末にバタバタしたりしないのだ。今考えれば、好きな男に会うために休み時間を削って仕事をする自分に酔っていた。失恋した途端に冷静に分析できるから不思議なものだ。まぁ、それはそれで楽しかった。恋に夢中になる自分。いい経験だったではないかと、たった二週間前の自分にマウントを取ってみる。
だが週末の仕事も無事終わり、来週進める予定だった仕事に手をつけようかと、書類を出してきたところで悪夢はやってきた。
『総務部田胡、今すぐクリニックに来い』