好きになったのはあなたです。
カナミセカンドスタッフは少し特殊な派遣会社だ。時間的、身体的にハンデのある人間を採用して、可能な限り派遣先のニーズに合うように働いてもらうことを目標としている。何度も面談やスキルアップ研修を繰り返すから、登録者数も多くない。元々叶未製薬グループにはカナミスタッフという大手派遣会社があるから、こちらは登録者数拡大に躍起になることもないのだ。
ただし、ハンデがあっても働きたいと思う気持ちは本物か、それを見抜く人材管理部の目は厳しい。単に短時間で割のいい仕事をしたいとか、嫌ならすぐ辞めればいいという気持ちの人間は、採用担当が見抜いて登録すらしない。その辺りは、とにかく登録者数を伸ばしたい他の派遣会社と根本的な考え方が違っている。
登録されたから安心という訳でもない。カナセカの第一目標は無断欠勤からの無言退職をさせないこと。そのために少しでも危ういと思ったスタッフにはまずスポットの仕事に行ってもらう。初日は管理部の人間が付き添い、大丈夫だと思ったところで一人で出勤させる。スポットの仕事を一ヵ月続けられたところで、次は三ヵ月の期限の仕事を紹介するという訳だ。嶺がここに転職してきたばかりの頃、登録スタッフに甘すぎるのではないかと思ったものだが、それが結局は『スタッフ全員、当たり前のことが当たり前にできる派遣会社』としての評価に繋がっていく。今では人材管理部の社員とも親しくなり、できることは協力しようと思っている。
そんな派遣会社は社員の待遇も変わっていた。給料ははっきり言って、叶未製薬グループの中で最下だ。きっと家族を養っていかなければならない人間はやっていけない。そんな人材は他のグループ会社に異動していく。
ではここにいる五十人ほどの社員が何がよくて残っているかと言えば、まずはその穏やかな社風だった。基本九時十七時。特にバリバリ営業が必要な会社でもない。必要なのは派遣スタッフの育成に根気強く向き合う気持ち。ハンデがあってもとにかく無断退職させずに、派遣先からの信頼を得ること。派遣先もほとんどグループ会社だが、信頼関係構築には手を抜かない。目的が一緒だから、企画部だろうと経理部だろうとみな仲がいい。
そして給料の代わりにカナセカには珍しい福利厚生があった。予約制だが、ビル一階のカナミクリニック分院にほぼ無料でかかることができる。クリニックは一応月、火、水、金の午前中だけ一般患者向けの外来もやっているが、看板もないし入り口もビルの中なので、見つけてやってくる患者はほぼいない。ネットでも一切広告を出していないので、外からやってくるのは元社員やその家族だけだ。企業としても診療報酬目的ではなく、診察に来た患者が叶未製薬のポスターの一つでも見てくれればいいという感じだから、外来は特に必要とされていない。近所の重症患者が運ばれてきた場合は、大人しくグループ内の他の病院に回す。そんな感じで、一般外来以外の時間をカナセカの社員に当ててくれているのだ。
嶺も健康診断で要医療という判定を食らった貧血の経過観察のために、二週に一度通っていた。自分の仕事を終わらせておくことが前提だが、勤務時間中にクリニックに行っても中抜け扱いにならないし給料も減らない。治療費も余程の重病でない限り無料ということになっていて、内科系の持病を抱える社員にはありがたい限りなのだ。
裏話をすればこれは純粋に社員のためではなく、新しい福利厚生の形と言って、叶未製薬が外部に自グループの素晴らしさをアピールするためのシステムなのだ。たまにテレビや雑誌関係者が取材にやってきたときには、社員一丸となってこのシステムを褒めまくる。取材に対応する広報部にはいいことしか書いていない専用のスクリプトまである。とにかく、たまにシステムを褒めまくるだけでタダで病院にかかれるならありがたいことだ。だがもう行く必要はない。嶺は重度の貧血だが特に自覚症状はないのだ。吐き気も倦怠感もない。顔が白い程度だ。それでも経過観察に通っていたのは千木良に会うためで、もう彼がいないのなら週末の仕事を早回ししてまで時間を作る必要はない。要医療判定など堂々と無視してやる。
ささくれた気持ちでパソコンに向かっているのは、午後からその新しく来る医師と会わなければならないからだ。所属としては叶未製薬グループの医師を管理する会社の社員で、カナセカの社員という訳ではない。カナセカの会社説明など広報か人事の仕事ではないかと思うが、総務がやると決まっているのだから仕方がない。幸か不幸か嶺は気持ちが荒れていても仕事ができてしまうタイプだから、手助けが必要と思われないのが哀しい。いやいや、何を情けないことを思っているのだ。
「クリニックの新しいお医者さんの案内に行ってきます」
ただし、ハンデがあっても働きたいと思う気持ちは本物か、それを見抜く人材管理部の目は厳しい。単に短時間で割のいい仕事をしたいとか、嫌ならすぐ辞めればいいという気持ちの人間は、採用担当が見抜いて登録すらしない。その辺りは、とにかく登録者数を伸ばしたい他の派遣会社と根本的な考え方が違っている。
登録されたから安心という訳でもない。カナセカの第一目標は無断欠勤からの無言退職をさせないこと。そのために少しでも危ういと思ったスタッフにはまずスポットの仕事に行ってもらう。初日は管理部の人間が付き添い、大丈夫だと思ったところで一人で出勤させる。スポットの仕事を一ヵ月続けられたところで、次は三ヵ月の期限の仕事を紹介するという訳だ。嶺がここに転職してきたばかりの頃、登録スタッフに甘すぎるのではないかと思ったものだが、それが結局は『スタッフ全員、当たり前のことが当たり前にできる派遣会社』としての評価に繋がっていく。今では人材管理部の社員とも親しくなり、できることは協力しようと思っている。
そんな派遣会社は社員の待遇も変わっていた。給料ははっきり言って、叶未製薬グループの中で最下だ。きっと家族を養っていかなければならない人間はやっていけない。そんな人材は他のグループ会社に異動していく。
ではここにいる五十人ほどの社員が何がよくて残っているかと言えば、まずはその穏やかな社風だった。基本九時十七時。特にバリバリ営業が必要な会社でもない。必要なのは派遣スタッフの育成に根気強く向き合う気持ち。ハンデがあってもとにかく無断退職させずに、派遣先からの信頼を得ること。派遣先もほとんどグループ会社だが、信頼関係構築には手を抜かない。目的が一緒だから、企画部だろうと経理部だろうとみな仲がいい。
そして給料の代わりにカナセカには珍しい福利厚生があった。予約制だが、ビル一階のカナミクリニック分院にほぼ無料でかかることができる。クリニックは一応月、火、水、金の午前中だけ一般患者向けの外来もやっているが、看板もないし入り口もビルの中なので、見つけてやってくる患者はほぼいない。ネットでも一切広告を出していないので、外からやってくるのは元社員やその家族だけだ。企業としても診療報酬目的ではなく、診察に来た患者が叶未製薬のポスターの一つでも見てくれればいいという感じだから、外来は特に必要とされていない。近所の重症患者が運ばれてきた場合は、大人しくグループ内の他の病院に回す。そんな感じで、一般外来以外の時間をカナセカの社員に当ててくれているのだ。
嶺も健康診断で要医療という判定を食らった貧血の経過観察のために、二週に一度通っていた。自分の仕事を終わらせておくことが前提だが、勤務時間中にクリニックに行っても中抜け扱いにならないし給料も減らない。治療費も余程の重病でない限り無料ということになっていて、内科系の持病を抱える社員にはありがたい限りなのだ。
裏話をすればこれは純粋に社員のためではなく、新しい福利厚生の形と言って、叶未製薬が外部に自グループの素晴らしさをアピールするためのシステムなのだ。たまにテレビや雑誌関係者が取材にやってきたときには、社員一丸となってこのシステムを褒めまくる。取材に対応する広報部にはいいことしか書いていない専用のスクリプトまである。とにかく、たまにシステムを褒めまくるだけでタダで病院にかかれるならありがたいことだ。だがもう行く必要はない。嶺は重度の貧血だが特に自覚症状はないのだ。吐き気も倦怠感もない。顔が白い程度だ。それでも経過観察に通っていたのは千木良に会うためで、もう彼がいないのなら週末の仕事を早回ししてまで時間を作る必要はない。要医療判定など堂々と無視してやる。
ささくれた気持ちでパソコンに向かっているのは、午後からその新しく来る医師と会わなければならないからだ。所属としては叶未製薬グループの医師を管理する会社の社員で、カナセカの社員という訳ではない。カナセカの会社説明など広報か人事の仕事ではないかと思うが、総務がやると決まっているのだから仕方がない。幸か不幸か嶺は気持ちが荒れていても仕事ができてしまうタイプだから、手助けが必要と思われないのが哀しい。いやいや、何を情けないことを思っているのだ。
「クリニックの新しいお医者さんの案内に行ってきます」