好きになったのはあなたです。
せっかく久宝と会えたというのに、熱で寝込んでしまった。意識を失う直前、滝行をしに行ったことを話して彼に叱られた気がする。
とにかく熱のお陰で夢も見ないほどぐっすり眠って、目が覚めたのは多分土曜の昼だった。額に熱冷ましシートが貼られて、ベッドの傍のテーブルにはペットボトルの水が置かれている。滝行の話で呆れて帰ってしまったかと思ったのに、嶺が寝室から出ればソファーで仮眠をしていたらしい彼が物音で目を覚ます。
「調子はどうだ?」
「……もう大丈夫です。すみません。ご迷惑をお掛けして」
「ほんとにな」
少しだけ寝ぐせのついた髪をかき上げながら彼が笑う。それでもいい男はいい男のままなのだから狡いと思う。その見た目は初めて会ったときからどストライクだった。
「悪いけどレンジとシャワーを借りたぞ。タオルもな」
普段から割と綺麗好きでよかった。掃除はしていたし、見られて困るものもない筈だ。
「何か食べたいものは? 悪いけど俺は料理はしないから、欲しいものがあるなら買ってきてやる」
人にあれだけ言っておいて自分は料理ができないのかと、なんだかおかしくなる。とりあえずここで欲しいものを言わないと彼が帰ってしまうと思った。だが寝起きの頭で何が欲しいか分からない。
「チョコ味のバランスバーを」
「欲のない奴だな」
「じゃあ、あとペットボトルの水を」
そう言ったら何故か声を上げて笑われてしまった。
「分かった。じゃあバランスバーと水と、あとはお前が欲しそうなものを買ってきてやる」
そう言ってジャケットや鞄を持って出ていってしまう。コンビニに買い物に行くだけならジャケットも鞄も置いていけばいい。だから彼はもう戻ってこないと思った。それなら諦めなければならない。一晩看病してもらった。寝ていて意識はなかったけれど、ずっと一緒にいてくれた。そのことを大事な思い出にして、またカナセカの総務部員として頑張っていけばいい。クリニックに久宝が戻ったら、医師と総務部員の関係をやればいい。総務部員は医師の恋に口を出したりしない。それでいい。一時間待っても彼は戻ってこなくて、諦めて嶺もシャワーを浴びた。簡単に掃除をして、またベッドに横になってしまう。
嶺が恋神なんてものに囚われていなければ、もっと違う未来があったのだろうか。浜野のことが好きな久宝が、心変わりで嶺を好きになってくれることもあったのだろうか。考えても仕方のないことを思っていれば涙が零れる。熱で一晩中寝ていたから涙腺がおかしくなっているのだ。でもいい。もう月曜まで誰とも会うことはない。
「おい」
だが完全に自分の世界に浸りきったところで、いつもの愛想のない声が降りてきた。
「何泣いてるんだよ。また具合が悪くなったのか?」
何故かさっきとは違うスーツに着替えた彼が、ベッドの傍に来て嶺の身体を抱き起してくれる。
「いえ、具合は悪くなくて。でも、先生がもう戻ってこないと思ったから」
そう言えば彼が額に拳を当ててとことん困り顔になる。
「お前はそうやっていつも俺を惑わすな」
「え?」
「その割に他の男との恋を応援すると言い出すし、かと思えば会社まで来るし熱は出すし泣くし、もう意味が分からない」
「……すみません」
「だからもう、俺も好きにさせてもらうことにした」
吹っ切れたように言った彼が、嶺に「手を出せ」という。言われたとおりにすれば、手のひらにガラスの欠片のようなものが落とされた。ガラスにしては随分綺麗にカットされているし輝きも強い。
「ダイヤだ」
言われて、初めその意味が理解できなかった。
「え? ダイヤ?」
だいぶ遅れて理解して、手のひらの上にあるものの価値に震えてしまう。
「ダイヤってダイヤモンドですか?」
「他に何がある」
「……本物?」
「当たり前だろ?」
「一体この大きさのダイヤがいくらするんですか?」
「野暮なことを聞くもんじゃない」
いくつかやりとりをして、そこで漸く一番に聞かなければならないことに辿り着く。
「どうして俺にこれを?」
おどおどと聞けば彼が初めて会ったときのような不敵顔になった。
「どうしてって、お前が欲しそうなものを買ってくると言っただろう?」
とにかく熱のお陰で夢も見ないほどぐっすり眠って、目が覚めたのは多分土曜の昼だった。額に熱冷ましシートが貼られて、ベッドの傍のテーブルにはペットボトルの水が置かれている。滝行の話で呆れて帰ってしまったかと思ったのに、嶺が寝室から出ればソファーで仮眠をしていたらしい彼が物音で目を覚ます。
「調子はどうだ?」
「……もう大丈夫です。すみません。ご迷惑をお掛けして」
「ほんとにな」
少しだけ寝ぐせのついた髪をかき上げながら彼が笑う。それでもいい男はいい男のままなのだから狡いと思う。その見た目は初めて会ったときからどストライクだった。
「悪いけどレンジとシャワーを借りたぞ。タオルもな」
普段から割と綺麗好きでよかった。掃除はしていたし、見られて困るものもない筈だ。
「何か食べたいものは? 悪いけど俺は料理はしないから、欲しいものがあるなら買ってきてやる」
人にあれだけ言っておいて自分は料理ができないのかと、なんだかおかしくなる。とりあえずここで欲しいものを言わないと彼が帰ってしまうと思った。だが寝起きの頭で何が欲しいか分からない。
「チョコ味のバランスバーを」
「欲のない奴だな」
「じゃあ、あとペットボトルの水を」
そう言ったら何故か声を上げて笑われてしまった。
「分かった。じゃあバランスバーと水と、あとはお前が欲しそうなものを買ってきてやる」
そう言ってジャケットや鞄を持って出ていってしまう。コンビニに買い物に行くだけならジャケットも鞄も置いていけばいい。だから彼はもう戻ってこないと思った。それなら諦めなければならない。一晩看病してもらった。寝ていて意識はなかったけれど、ずっと一緒にいてくれた。そのことを大事な思い出にして、またカナセカの総務部員として頑張っていけばいい。クリニックに久宝が戻ったら、医師と総務部員の関係をやればいい。総務部員は医師の恋に口を出したりしない。それでいい。一時間待っても彼は戻ってこなくて、諦めて嶺もシャワーを浴びた。簡単に掃除をして、またベッドに横になってしまう。
嶺が恋神なんてものに囚われていなければ、もっと違う未来があったのだろうか。浜野のことが好きな久宝が、心変わりで嶺を好きになってくれることもあったのだろうか。考えても仕方のないことを思っていれば涙が零れる。熱で一晩中寝ていたから涙腺がおかしくなっているのだ。でもいい。もう月曜まで誰とも会うことはない。
「おい」
だが完全に自分の世界に浸りきったところで、いつもの愛想のない声が降りてきた。
「何泣いてるんだよ。また具合が悪くなったのか?」
何故かさっきとは違うスーツに着替えた彼が、ベッドの傍に来て嶺の身体を抱き起してくれる。
「いえ、具合は悪くなくて。でも、先生がもう戻ってこないと思ったから」
そう言えば彼が額に拳を当ててとことん困り顔になる。
「お前はそうやっていつも俺を惑わすな」
「え?」
「その割に他の男との恋を応援すると言い出すし、かと思えば会社まで来るし熱は出すし泣くし、もう意味が分からない」
「……すみません」
「だからもう、俺も好きにさせてもらうことにした」
吹っ切れたように言った彼が、嶺に「手を出せ」という。言われたとおりにすれば、手のひらにガラスの欠片のようなものが落とされた。ガラスにしては随分綺麗にカットされているし輝きも強い。
「ダイヤだ」
言われて、初めその意味が理解できなかった。
「え? ダイヤ?」
だいぶ遅れて理解して、手のひらの上にあるものの価値に震えてしまう。
「ダイヤってダイヤモンドですか?」
「他に何がある」
「……本物?」
「当たり前だろ?」
「一体この大きさのダイヤがいくらするんですか?」
「野暮なことを聞くもんじゃない」
いくつかやりとりをして、そこで漸く一番に聞かなければならないことに辿り着く。
「どうして俺にこれを?」
おどおどと聞けば彼が初めて会ったときのような不敵顔になった。
「どうしてって、お前が欲しそうなものを買ってくると言っただろう?」