好きになったのはあなたです。

 ダメなら明日も来てみればいいと思ったが、既読がついたラインにすぐに返信があった。
『すみません。両親にはただの体調不良で休んでいることになっているんです。病院に行くと言って出てきますので、近くのカフェでもいいですか?』
 浜野は実家暮らしだ。もちろん断る理由はない。
 十五分でやってきた彼と問題なく会うことができた。チェーン店のカフェの奥の席に落ち着いて、嶺が二人分のコーヒーを買ってくる。
「高野部長から聞いて驚いた」
 彼が何も言わないから嶺から話し出した。
「……すみません」
「いや、俺は別にいいんだけど、どうしてすぐバレるような嘘を吐いたのかなって。久宝さん、あのスタッフを長期の現場に変えろなんて言っていないでしょう?」
 できるだけ穏やかに聞けば、少し間があってから彼が頷いた。
「長期に格上げしたスタッフが増えれば僕の評価も上がるので」
「うん。でも彼女は不正をしてしまって、実はカナミスタッフにいたときも不正で辞めることになったって分かったよね。そこは確認不足と判断ミスでしたって謝らないと。……いや、ごめん。総務の俺に言われたくないかもしれないけど」
「いえ、その通りです」
 浜野が小さく言って俯く。もう彼の口から事実が聞けたから充分だ。今日はここまでにしようかと思ったところで、彼が心を決めたように顔を上げる。
「僕、ずっと田胡さんが好きだったんです」
「…………え?」
 一体なんの話だと思った。
「ずっと好きで、でも振り向いてくれないから一番仲のいい後輩として傍にいようと思ったのに、あの人が現れて。田胡さんは今までなかったくらい楽しそうにしているし、僕、悔しくて。お医者様には叶わなくても、せめて仕事で成果を上げなきゃって思って。それで危うい人材だって分かっていたけど、欠員ができたところに強引に押し込んでしまって」
 青天の霹靂とはこのことだ。知らなかった。浜野も久宝に惹かれていると思っていた。だが彼の言うことが事実ならそもそもの原因は嶺だ。嶺の鈍さと誤解のせいで浜野にも久宝にも迷惑を掛けてしまった。
「えっと、とりあえず、想ってくれてありがとう。気持ちには応えられないんだけど、でも浜野くんとお喋りできて救われた日が沢山あった。このまま退職なんて哀しいことになってほしくない。だからできれば来週から仕事に復帰してほしい。一人で出勤しづらいなら月曜の朝この駅まで迎えに来る」
 そう言えば彼が笑って首を振る。
「大丈夫。そこまで子どもじゃありません。また転職活動をするのは御免ですから、叱責覚悟で出勤します」
「うん。大丈夫。叱責なんて一瞬だから」
「ありがとうございます。……僕が言うことじゃないけど、久宝さんのところに行ってあげてください。僕のところに先に来てくれたんでしょう?」
 励ましに来たつもりが励まされていた。彼の方が嶺の気持ちを分かっていた。だとしたら恋神などと言っていた自分はなんだのだ。とにかく浜野は大丈夫そうだ。それなら彼の言う通り次は久宝に会いに行けばいい。だがそれがなかなか行動に移せない。彼は休んでいる訳ではない。カナミキャリアで普通に働いている。もうカナセカのメンバーと働くのはうんざりだと思っていたら。それより、もう嶺に会いたくないと思っていたらどうしようと悩んでしまう。
 悩んだ末、土曜に滝行に行った。久宝が先週連れていってくれた場所の最寄り駅まで行って、そこからタクシーに乗る。冬でも受付していたことはよかったが、料金は値上がりしていて一万取られた。だが懺悔しながら邪念を払うのだからこれでいい。お寺の傍の建物で、ネットで調べて買っていた白い衣装に着替えた。親切な若い修行僧に案内されて滝の傍まで行けば、寒い時期だというのに先客がいる。手を合わせて流れ落ちる水流に肩を打たれている。彼を待って、嶺も滝壺の傍まで行って水に打たれた。初めは水の冷たさと肩の痛さに顔を顰めていたが、次第に慣れて、ここで願わなければならないことを思い描けるようになる。
 もう神の真似事はしません。だからどうか久宝がこれ以上苦しみませんように。嶺のせいでこの事態を招いてしまったのなら、どうかその罪は嶺に背負わせてください。そんな風に願っていたのが、次第にただの素直な自分の気持ちに変わっていく。
 彼が好きだ。出会ったときから惹かれて、それを認めたくなくて反抗的な態度ばかり取ってきた。嶺が素直になれば、彼も少しは嬉しいと思ってくれるだろうか。本音を伝えられたら、彼が別の相手と結ばれたとしても、心静かに見守っていけるだろうか。そこで時間ですよと言われて滝を出る。
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