好きになったのはあなたです。
『悪かった。一度ちゃんと話そう』
祝日だった月曜、久宝からそんなラインが入った。このまま二度と話せなくなったらどうしようと思っていたから、スマートフォンを抱いて安堵する。嶺の方から連絡すればよかったのだろうが、彼が大人で救われた。ゲームのDMではなくラインを交換しておいてよかったと、様々な思いが胸の中を巡る。
久宝が千木良と同じことをしようとしていると思ったとき、そんなの嫌だと思った。彼にそんな人であってほしくない。嶺を抱くことで彼の浜野への恋心が成就するなんて耐えられないと思った。一日中考えていて漸く分かった。自分は久宝に惹かれているのだ。だから恋神だと言っておきながら、二人に恋の成就を心から応援できない。その半端な気持ちが久宝を怒らせてしまった。でもそれならどうすればいい? 二人は友人から始めるという話に落ち着いた。せっかく恋が始まろうとしているものを、嶺の我が侭で壊す訳にはいかない。そもそも久宝が好きなのは浜野なのだ。それを考えれば落ち込んでしまう。自覚したからといって邪魔はしたくない。だが辛い。それなら静かに見守ることにしようか。ロッカーを使いにクリニックに行くこともやめよう。久宝ほどの男なら、もう浜野への想いを叶えることも容易い筈だ。
明日は朝一でクリニックに行って、彼に詫びてロッカーのものを回収してこよう。そう思っていたのに、事態は思わぬ方向に動いた。
火曜に出勤したら、いつも朝早く出勤している久宝がクリニックにいない。それなら午後行けばいいと思っていたが、その前に嶺が人材管理部から呼び出されてしまう。
「突然来てもらってすみません」
二階の面談室で、部長の高野 は嶺に丁寧に頭を下げた。だが落ち着こうとしているが酷く動揺しているのが分かる。一体総務の嶺を呼び出して何を聞くつもりだろう。
「実は部下の浜野が担当していた派遣スタッフが、派遣先で顧客情報を持ち出してしまって」
打ち明けられたのは想像よりずっと悪い話だ。
「それで浜野に事情を聞いたのですが、彼女は久宝先生の知り合いで、久宝先生から長期の仕事に移してくれと頼まれた。本当は自分はスポットのまま様子を見たかったと言い出しまして」
「え……」
言葉が出なかった。以前三人でミーティングをしたスタッフのことだ。だがあのとき久宝はまず診察に行かせるべきで、長期の仕事は勧められないと言った。
「内密に願いたいのですが、実はそのスタッフはカナミスタッフでも顧客情報の持ち帰りで問題になっていて、自主退職扱いにはなっていますがブラックリストの人材だったんです。カナミスタッフに確認もしていないのは何故だと問い詰めましたら、久宝先生にこの人材は俺の知り合いだから問題ないと強く言われて断れなかったと」
「嘘です」
久宝はそんなことを言っていない。浜野がカナミスタッフに確認しなかったのは、カナミスタッフの社員に邪険に扱われるのを嫌ったからだ。久宝に勧められたというのも全部嘘だ。飲み会のあと久宝と浜野は二人きりになっているから、嶺の知らない時間もある。だが久宝がそんなことを言う筈がないのは分かり切っている。
「俺は浜野さんと親しくしていますが、今回のことは彼が嘘を吐いています」
浜野は大事な後輩だが、ここで嶺まで嘘を吐く訳にはいかなかった。とにかく有りの侭に話して、適切な対応をお願いしますと言って総務に帰ってくる。どうかできるだけ騒ぎが大きくならずに解決してくれ。嶺のそんな願い空しく、その日から久宝にも浜野にも会えなくなった。高野は部長をしているだけあってまともな判断ができる男で、叱責と処分を恐れた浜野が嘘を吐いているのだろうという判断に至った。だが他の役席から、浜野に嘘を吐かれるほど恨まれる言動が久宝にあったのではないかという声が上がったという。久宝が病院を辞めたトラブルのことを気にしているのだ。久宝の何を知っているのだと思うが、嶺に他部署の役席に意見する力はない。クリニックは一旦休診という形になって、久宝はしばらくカナミキャリアの方に出勤することになった。浜野はずっと病欠で休んでいる。事実だけでも厄介なところに余計な噂がついて回る。前の職場を女性トラブルで辞めた久宝が今度は男に手を出して、またトラブルになったのではないか。今度もこのまま辞めてしまうのではないか。何も知らずにそんな噂をする者を引っ叩いて回りたい。
だがそのうち、悪いのは神の真似事をしてきた自分ではないかと思えてくる。恋神などと言って久宝と浜野をくっつけようとした。それも心の奥では久宝を取られたくないと思いながら。そんな半端な気持ちが恐ろしい事態を引き起こしたのではないか。馬鹿馬鹿しいと思いながら、そんな考えから逃れられなくなる。久宝にも浜野にもラインで連絡を入れたが、既読がつくだけで返事はない。
こうなったら会いに行こうと思った。カナミキャリアに出勤している久宝はともかく、浜野は休み続ければそれこそクビになってしまう。だがあれだけ親しくしていながら浜野の家を知らなかった。総務の権限を使えば調べられないことはないが、そこは自分まで不正をしてどうするという気持ちになる。それならどうすると考えて、記憶の片隅から彼の通勤ルートの話を引っ張り出した。確か同じO線沿いに住んでいると言っていた。近くに有名なお寺があると言っていなかったか。そうだ、H駅だ。駅まで思い出してしまえば、とにかくそこまで行こうと思えて、金曜に定時きっかりで上がって向かう。H駅に着いてからダメ元でラインを入れた。
『三日も休んで心配しています。H駅まで来ました。少し会えませんか?』
祝日だった月曜、久宝からそんなラインが入った。このまま二度と話せなくなったらどうしようと思っていたから、スマートフォンを抱いて安堵する。嶺の方から連絡すればよかったのだろうが、彼が大人で救われた。ゲームのDMではなくラインを交換しておいてよかったと、様々な思いが胸の中を巡る。
久宝が千木良と同じことをしようとしていると思ったとき、そんなの嫌だと思った。彼にそんな人であってほしくない。嶺を抱くことで彼の浜野への恋心が成就するなんて耐えられないと思った。一日中考えていて漸く分かった。自分は久宝に惹かれているのだ。だから恋神だと言っておきながら、二人に恋の成就を心から応援できない。その半端な気持ちが久宝を怒らせてしまった。でもそれならどうすればいい? 二人は友人から始めるという話に落ち着いた。せっかく恋が始まろうとしているものを、嶺の我が侭で壊す訳にはいかない。そもそも久宝が好きなのは浜野なのだ。それを考えれば落ち込んでしまう。自覚したからといって邪魔はしたくない。だが辛い。それなら静かに見守ることにしようか。ロッカーを使いにクリニックに行くこともやめよう。久宝ほどの男なら、もう浜野への想いを叶えることも容易い筈だ。
明日は朝一でクリニックに行って、彼に詫びてロッカーのものを回収してこよう。そう思っていたのに、事態は思わぬ方向に動いた。
火曜に出勤したら、いつも朝早く出勤している久宝がクリニックにいない。それなら午後行けばいいと思っていたが、その前に嶺が人材管理部から呼び出されてしまう。
「突然来てもらってすみません」
二階の面談室で、部長の
「実は部下の浜野が担当していた派遣スタッフが、派遣先で顧客情報を持ち出してしまって」
打ち明けられたのは想像よりずっと悪い話だ。
「それで浜野に事情を聞いたのですが、彼女は久宝先生の知り合いで、久宝先生から長期の仕事に移してくれと頼まれた。本当は自分はスポットのまま様子を見たかったと言い出しまして」
「え……」
言葉が出なかった。以前三人でミーティングをしたスタッフのことだ。だがあのとき久宝はまず診察に行かせるべきで、長期の仕事は勧められないと言った。
「内密に願いたいのですが、実はそのスタッフはカナミスタッフでも顧客情報の持ち帰りで問題になっていて、自主退職扱いにはなっていますがブラックリストの人材だったんです。カナミスタッフに確認もしていないのは何故だと問い詰めましたら、久宝先生にこの人材は俺の知り合いだから問題ないと強く言われて断れなかったと」
「嘘です」
久宝はそんなことを言っていない。浜野がカナミスタッフに確認しなかったのは、カナミスタッフの社員に邪険に扱われるのを嫌ったからだ。久宝に勧められたというのも全部嘘だ。飲み会のあと久宝と浜野は二人きりになっているから、嶺の知らない時間もある。だが久宝がそんなことを言う筈がないのは分かり切っている。
「俺は浜野さんと親しくしていますが、今回のことは彼が嘘を吐いています」
浜野は大事な後輩だが、ここで嶺まで嘘を吐く訳にはいかなかった。とにかく有りの侭に話して、適切な対応をお願いしますと言って総務に帰ってくる。どうかできるだけ騒ぎが大きくならずに解決してくれ。嶺のそんな願い空しく、その日から久宝にも浜野にも会えなくなった。高野は部長をしているだけあってまともな判断ができる男で、叱責と処分を恐れた浜野が嘘を吐いているのだろうという判断に至った。だが他の役席から、浜野に嘘を吐かれるほど恨まれる言動が久宝にあったのではないかという声が上がったという。久宝が病院を辞めたトラブルのことを気にしているのだ。久宝の何を知っているのだと思うが、嶺に他部署の役席に意見する力はない。クリニックは一旦休診という形になって、久宝はしばらくカナミキャリアの方に出勤することになった。浜野はずっと病欠で休んでいる。事実だけでも厄介なところに余計な噂がついて回る。前の職場を女性トラブルで辞めた久宝が今度は男に手を出して、またトラブルになったのではないか。今度もこのまま辞めてしまうのではないか。何も知らずにそんな噂をする者を引っ叩いて回りたい。
だがそのうち、悪いのは神の真似事をしてきた自分ではないかと思えてくる。恋神などと言って久宝と浜野をくっつけようとした。それも心の奥では久宝を取られたくないと思いながら。そんな半端な気持ちが恐ろしい事態を引き起こしたのではないか。馬鹿馬鹿しいと思いながら、そんな考えから逃れられなくなる。久宝にも浜野にもラインで連絡を入れたが、既読がつくだけで返事はない。
こうなったら会いに行こうと思った。カナミキャリアに出勤している久宝はともかく、浜野は休み続ければそれこそクビになってしまう。だがあれだけ親しくしていながら浜野の家を知らなかった。総務の権限を使えば調べられないことはないが、そこは自分まで不正をしてどうするという気持ちになる。それならどうすると考えて、記憶の片隅から彼の通勤ルートの話を引っ張り出した。確か同じO線沿いに住んでいると言っていた。近くに有名なお寺があると言っていなかったか。そうだ、H駅だ。駅まで思い出してしまえば、とにかくそこまで行こうと思えて、金曜に定時きっかりで上がって向かう。H駅に着いてからダメ元でラインを入れた。
『三日も休んで心配しています。H駅まで来ました。少し会えませんか?』