好きになったのはあなたです。
彼が一度フォークを置いてしまう。
「すみません。お医者さんをディスりたかった訳じゃないんですけど」
「いや、いい。なんせ俺は子ども時代から親が呆れるほど健康体だったからな。自分で経験できない分、そういう情報はどんどんくれると助かる」
嶺のヘモグロビンの数値に𠮟りつけたくせに、今の彼はどこまでも真摯だった。やはり医師として仕事に誇りを持っている。叶未総合病院は日本でも有数の病院だ。仕事とは関係ないトラブルで辞めることに後悔はなかったのだろうか。またそれを考えてしまう。
そういえば医師の管理をする会社に所属していると聞いただけで、久宝が今どこの会社でどういう立場なのか聞いていない。聞いてもいいのだろうか。前職の退職の事情まで思い出させて、よくないだろうか。
「ごちそうさまでした」
悩むうちに久宝が食べ終えてしまった。おいしいというのはお世辞ではなかったらしく、綺麗に完食している。また律儀に手を合わせられて、なんだか恐縮してしまう。
「片付けてお茶でも淹れますので、ゆっくりしていてください」
「いや、片付けくらいは俺が……」
「柄でもないことを言わないでください。雪でも降らす気ですか?」
「なんだ、その言い草は」
相変わらず口は悪いが、嶺とのやりとりを楽しんでいると分かる。ついでに嶺の言葉通り、まだここにいてくれるらしい。
「暇だというならまた方眼塗り絵のクイズをやって、アイテムをゲットしていてください」
「こんなの人に頼まなくても、誰でもできるだろ?」
「今の台詞、プレイヤー全員を敵に回しましたよ」
そんな風に言い合いながら、嶺は洗い物、久宝はアイテムゲットのクイズに掛かることにする。
「先生、紅茶でいいですか? いいですよね? うちには紅茶と緑茶しかないので」
「ああ。お前の好みでいい。それよりちょっと来い」
洗い物を終えて、ティーポットに茶葉を入れたところで彼がソファーに手招いた。部屋の主に対してちょっと来いとは随分な言い方だが、それも今更だ。一度ポットを置いて、狭い1DKなりに工夫して置いているソファーに近づいてみる。
「これ見ろよ。アラビア語だって。これならお前でも答えられるんじゃないか」
「ほんとだ。アッサラームアレイコムに返す挨拶の言葉を選べ。答えは二番のワアレイコムサラームですね」
嶺の言う通りに彼がタップすれば、正解の赤マークが表示されて、上からパワー回復アイテムが降ってくる。
「凄い! 俺、初めてこのアプリのクイズに正解した」
「な? やってみれば結構当たるんだよ」
「今回はたまたまですよ」
自分でアイテムをゲットできた。それより、嶺がアラビア語ができると言ったことを、彼が覚えてくれていたことが嬉しい。嬉しさのまま、こちらも聞いてみることにした。
「先生って、今叶未製薬グループのどこにいるんですか?」
紅茶が冷めると気づいて、聞いておきながら一度キッチンに戻って紅茶を運んでくる。
「着任の案内をしろと言われたとき、上司から、グループ内の医師を管理する会社に所属しているという程度しか聞いていないんです」
安月給のくせに気紛れで買った少しいい紅茶を出してやれば、その香りに彼が目を細める。あ、この紅茶を買っておいてよかった。そう思ってしまう。
「カナミキャリアだ」
「カナミキャリア……」
同じグループだからうっすら聞いたことはあるが、どんな会社なのかまでは分からなかった。
「臨床ではなく研究機関みたいなもんだな。医師や学者が集まって、病気のもとになるたんぱく質なんかを研究している」
「よく分からないけど凄い」
「ごく普通の会社員だよ。バリバリ商品を売り上げるような会社じゃないから、予算も限られていてな。グループ内の医療機関で医師の欠員が出た場合は、研究費稼ぎのために出向させられるんだ。来週から一ヵ月A病院に行って、医者として働いてきてくれ、みたいにな」
医師の出向なんて、随分高度な出向だと思う。
「毎日研究に集中していたのに、いきなり臨床に出ろと言われたら嫌じゃないですか? 断る社員も多そうな気がしますけど」
「まぁ、大半の人間が一度は嫌ですと言うけど、所詮は会社員だからな。俺はトラブルが原因で病院を辞めたところを拾ってもらった恩もあるし」
「拾ってもらったって……」
「すみません。お医者さんをディスりたかった訳じゃないんですけど」
「いや、いい。なんせ俺は子ども時代から親が呆れるほど健康体だったからな。自分で経験できない分、そういう情報はどんどんくれると助かる」
嶺のヘモグロビンの数値に𠮟りつけたくせに、今の彼はどこまでも真摯だった。やはり医師として仕事に誇りを持っている。叶未総合病院は日本でも有数の病院だ。仕事とは関係ないトラブルで辞めることに後悔はなかったのだろうか。またそれを考えてしまう。
そういえば医師の管理をする会社に所属していると聞いただけで、久宝が今どこの会社でどういう立場なのか聞いていない。聞いてもいいのだろうか。前職の退職の事情まで思い出させて、よくないだろうか。
「ごちそうさまでした」
悩むうちに久宝が食べ終えてしまった。おいしいというのはお世辞ではなかったらしく、綺麗に完食している。また律儀に手を合わせられて、なんだか恐縮してしまう。
「片付けてお茶でも淹れますので、ゆっくりしていてください」
「いや、片付けくらいは俺が……」
「柄でもないことを言わないでください。雪でも降らす気ですか?」
「なんだ、その言い草は」
相変わらず口は悪いが、嶺とのやりとりを楽しんでいると分かる。ついでに嶺の言葉通り、まだここにいてくれるらしい。
「暇だというならまた方眼塗り絵のクイズをやって、アイテムをゲットしていてください」
「こんなの人に頼まなくても、誰でもできるだろ?」
「今の台詞、プレイヤー全員を敵に回しましたよ」
そんな風に言い合いながら、嶺は洗い物、久宝はアイテムゲットのクイズに掛かることにする。
「先生、紅茶でいいですか? いいですよね? うちには紅茶と緑茶しかないので」
「ああ。お前の好みでいい。それよりちょっと来い」
洗い物を終えて、ティーポットに茶葉を入れたところで彼がソファーに手招いた。部屋の主に対してちょっと来いとは随分な言い方だが、それも今更だ。一度ポットを置いて、狭い1DKなりに工夫して置いているソファーに近づいてみる。
「これ見ろよ。アラビア語だって。これならお前でも答えられるんじゃないか」
「ほんとだ。アッサラームアレイコムに返す挨拶の言葉を選べ。答えは二番のワアレイコムサラームですね」
嶺の言う通りに彼がタップすれば、正解の赤マークが表示されて、上からパワー回復アイテムが降ってくる。
「凄い! 俺、初めてこのアプリのクイズに正解した」
「な? やってみれば結構当たるんだよ」
「今回はたまたまですよ」
自分でアイテムをゲットできた。それより、嶺がアラビア語ができると言ったことを、彼が覚えてくれていたことが嬉しい。嬉しさのまま、こちらも聞いてみることにした。
「先生って、今叶未製薬グループのどこにいるんですか?」
紅茶が冷めると気づいて、聞いておきながら一度キッチンに戻って紅茶を運んでくる。
「着任の案内をしろと言われたとき、上司から、グループ内の医師を管理する会社に所属しているという程度しか聞いていないんです」
安月給のくせに気紛れで買った少しいい紅茶を出してやれば、その香りに彼が目を細める。あ、この紅茶を買っておいてよかった。そう思ってしまう。
「カナミキャリアだ」
「カナミキャリア……」
同じグループだからうっすら聞いたことはあるが、どんな会社なのかまでは分からなかった。
「臨床ではなく研究機関みたいなもんだな。医師や学者が集まって、病気のもとになるたんぱく質なんかを研究している」
「よく分からないけど凄い」
「ごく普通の会社員だよ。バリバリ商品を売り上げるような会社じゃないから、予算も限られていてな。グループ内の医療機関で医師の欠員が出た場合は、研究費稼ぎのために出向させられるんだ。来週から一ヵ月A病院に行って、医者として働いてきてくれ、みたいにな」
医師の出向なんて、随分高度な出向だと思う。
「毎日研究に集中していたのに、いきなり臨床に出ろと言われたら嫌じゃないですか? 断る社員も多そうな気がしますけど」
「まぁ、大半の人間が一度は嫌ですと言うけど、所詮は会社員だからな。俺はトラブルが原因で病院を辞めたところを拾ってもらった恩もあるし」
「拾ってもらったって……」