好きになったのはあなたです。

「はったりじゃなかったんだな」
 近くのパーキングに車を置いてやってきた彼は、嶺が作ったオムレツとグリンピースご飯に本気で驚いてみせた。
「そんな大層なメニューじゃないと思いますけど」
 彩りにブロッコリーを茹でて、冷凍庫で忘れられていたロールキャベツも温めて出したから、小さなキッチンテーブルが一杯になってしまう。
「正直、料理なんて全くできないと思っていた。包丁は人を刺すものだと思っているって」
「どんなイメージですか」
 失礼な話だ。だが料理をする間、彼には嶺のスマホで方眼塗り絵のクイズに答えて、パワー回復アイテムをゲットすることをお願いしている。超難関クイズに正解し続けてアイテムをに二十個もゲットしてしまうのだから、この人は医者の中でも特に賢いのだと再確認する。
「食べましょう? 座ってください」
 今日は洋で統一しようと、茶碗ではなく平たい皿に盛りつけたグリンピースご飯を差し出せば、彼はきちんといただきますと手を合わせた。そういえば飲みには行ったが、二人で食事に行ったことはない。意外に日常生活の細々したこともきちんとしているのだと、また一つ彼を知る。
「おいしい」
「それはどうも」
 嫌味の一つでもいわれるかと思ったのに、普通に褒められて困ってしまった。庶民の味は久しぶりだとでも言ってくれればいい。そう思う自分は、だいぶ彼に毒されている。
「あ、えっと、ロールキャベツは作りっぱなしで冷凍していたから味が落ちているかも」
「いや、おいしい」
「……ならいいんですけど」
 一体どんな二人の会話だよと思うやりとりをしながら、なんとなく彼の手を観察してしまう。すらりと長い指がきちんとスプーンやフォークを使う様子が目に映る。どこにでもあるカトラリーも彼が使うと高級品に見えてくるから不思議なものだ。以前どこかで、誰より賢い頭脳を持っていても、生まれ持った手先の不器用さでどうしても医師に向いていない者もいると聞いたことがある。久宝は賢さも器用さも兼ね備えて生まれてきたのだろう。内科医だって器用さは必要だ。そういえば採血がとても上手かった。だが性格はどうだろう。口は悪いし館内放送で人を脅すし、それでいて好きな男には一人でアプローチできなくて恋神を使おうとする。大いに難ありだ。けれど複雑な感情があるだろうに、迷わず前の職場に紹介状を書いてくれた。千木良が面倒がってそうしなかったことを思えば、手間を惜しまず、患者を救うことに私情は挟まないタイプなのかもしれない。千木良の場合、単にBUN値とやらを見逃しただけなのかもしれないけれど。
「これだけ料理ができるのに、どうして人前では料理どころか食べることすら興味ありませんって顔をしているんだ?」
 彼のことをあれこれ考えていて、逆に聞かれてしまった。
「どんな顔ですか」
「だって昼飯はいつもバランスバーって言うし、何が食べたいって聞けば食材で答えるだろ? 馬鹿みたいな偏食なのかって思う」
「バランスバーは単に楽なんですよ。どこにでも売っているし、すぐ食べ終わるし。コンビニのお弁当みたいに休憩室のゴミ箱を一杯にしたりもしないし」
 それは本音だ。そこで終えても充分久宝の質問の答えになっていた。だが何故か、彼の前でもう一つ本音を話してみたくなる。
「……これはお医者様を悪く言うことになるかもしれないんですが」
「なんだ?」
 彼が興味深げに眉を上げる。その顔が悪い話でもぜひ話してくれと言っているのが分かるから、打ち明けてみる。
「俺は子どもの頃から貧血で、体質の部分が大きいと思うんですけど、以前は今より食生活や睡眠不足に注意していたんです。でもあるとき健康診断のお医者さんに、こんなに貧血なんて余程酷い生活をしているんだろうねって言われてしまって、それから、じゃあ、お望み通り酷い生活をしてやるよって自棄になってしまったんですよね」
「なるほどな」
「まぁ俺はどこかで小心者だから、浴びるほど飲むとかファストフードばかり食べるとか、そういうことはできなかったんですけど。あ、そうそう。俺の昔の知人にハウスダストアレルギーの子がいたんですけど、彼はアレルゲンを吸い込まないために部屋をいつも綺麗にしていたんですね。エアコンがよくないって聞いてエアコンも一切使わなくなって。でも耳鼻科の先生に言われたんですって。こんなに鼻炎が酷くなるなんて、余程荒れた部屋で暮らしているんだろうねって。そこから病院嫌いになってしまって」
「耳の痛い話だな」
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