好きになったのはあなたです。

「うーん。小煩いけど腕のいいお医者さんで、どんな難問でも解いて方眼塗り絵を進めてしまえるプレイヤーですかね」
「後半はクボウのことだし、本物の俺は小煩いのかよ」
 不満を言いながらそれほど嫌がっているようにも見えない。寧ろ嶺の評価が嬉しいというように笑うから、何故かドキリとさせられる。
「寒くなってきたから帰るか」
 言われて素直に車に戻った。嶺に綺麗な景色を見せるためにこんなところまで来てくれたのだろうか。それなら浜野に見せてあげればいいのにと思って、今日はそれを考えるのはよそうと思う。別に彼の恋の成就を願うのをやめる訳ではない。ただ体調が悪かったから一度お休みするだけだと、心で言い訳している。
「ここの木の見え方がタゴレイの絵に似ているんだ」
 嶺の思いを知らない彼が意外なことを白状する。
「俺の絵?」
「そう。レベル33だったかな。大きな木の絵があったのを覚えているか?」
「あったかもしれないですけどよく覚えていないです」
 嶺は懸命に塗り絵に掛かるが、完成すると次のレベルを仕上げることで頭が一杯になって、あまり過去のレベルを振り返ることはしない。
「初めてタゴレイの絵を見たときは衝撃だったな」
「衝撃? どうして?」
 タゴレイの絵というか、みな外枠が同じ塗り絵なのだから、彼が何に心動かされたのか分からない。
「だからさっきのブルーだよ。俺はあのゲームはとにかく効率よく色をつけていくものだと思って、色を選ぶことなんて興味がなかった。木の葉なら緑を塗っておけばいいんだろってな。でもある日偶然タゴレイの絵を目にして、こういう感性もあるんだなって感動したんだ。一マス一マスを一枚一枚の葉を表現するみたいに青や紺で塗ってあって。でも絵が完成すると葉の間から陽の光が差しているみたいな美しい絵になる。あんな単純な塗り絵でここまで表現できる人間はどんな奴なんだろうって興味が湧いてな」
「えっと、多分あの絵はたまたま」
 クイズに正解できなくてパワーをためるのが遅いから、ゆっくり色を考えて塗っただけだ。
「いや、他の絵もみんなよかった。奇抜じゃないのにどうにも心惹かれる。タゴレイの絵を見るたびにイイネを押して楽しんでいたんだ」
 タゴレイの数少ないイイネのほとんどが久宝だったと思えば、とても嬉しくて、同じくらい気恥ずかしい。
「知らない人間からゲーム内のDMが来たって無視するのが普通だからな。プレイヤーネームしか知らない人間に会える可能性なんてゼロに等しいと思っていた。なのにまさか職場で出会うとは思わなかった」
「会ってみてどうでしたか?」
「どうもこうもあるか」
 彼が器用に運転しながら声を上げて笑う。
「重度の貧血のくせにやたらと人の世話ばかり焼きたがる。普通の人間が面倒がって遠巻きに見ているだけのことを全部引き受けて。全部引き受けるための知識も豊富で。それだけでもどうしてそこまでできるんだと呆れるのに、恋神なんてものまで引き受けている。なんだかもう、凄すぎて馬鹿なんじゃないかって思えてくる」
「なんですか、それ」
 褒められているのか貶されているのか分からない言い方だ。
「けど、それなら、俺が護ってやれたらいいなって思うようになった」
「え……」
 言い合ううちに窓の外の景色が見慣れたものに戻っていく。
「悪いけど、部屋までの道を言っていってくれ。ナビだと逆に煩わしい」
 もう少し彼の嶺評を聞いていたかったのに、彼がそう話を変えてしまった。
「俺、もう平気ですので、車の止めやすいところで降ろしてもらって大丈夫ですよ」
「いや、お前は一人にすると危険だ」
「失礼な」
 不満げに言ってみるが、もう少し一緒にいてくれると知って喜んでいるのは嶺の方だ。きっと体調不良のせいで気弱になって医師に傍にいてほしいのだ。細く入り組んだ道も難なくハンドルを操作して、彼は嶺の部屋の前まで送ってくれる。
「よければ少しうちに寄っていきますか?」
 シートベルトを外したところで、そんな言葉が出ていた。
「先生、パーティーで何も食べられなかったでしょう? 簡単なものでよければ、ご飯作りますし」
「お前、料理できるのか?」
 まるで患部を開いて予定外の癌を見つけたときの表情だ。
「食べるのに困らない程度には……って、寧ろ何故そこまで驚かれるのか分かりません」
 そんな成り行きで彼を部屋に招くことになった。
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