好きになったのはあなたです。
「でも……」
「本人に直接会ってみろ。お前、死ぬぞ」
医者がそんな乱暴な言い方をしていいのかと思うが、彼の非常識は今に始まったことではない。一階でエレベーターを降りて、そこからまた別のエレベーターに乗せられたと思ったら、地下駐車場に繋がっていた。コンクリートの駐車場を少し歩いたところで、一台が彼のスマートキーに反応する。
「乗れ」
弱った身体では言う通りにするしかなくて、大人しく助手席に収まった。
「好きに倒していいから楽にしていろ」
そう言って発車されるが、五百万以上する高級車だから勝手に操作するのが怖い。というより、ホテルを出たところで身体はだいぶ楽になっている。
「もう大丈夫です」
朝からちょっと血が足りなかっただけで、あとは情けないがメンタルの問題だったのだろう。
「これ、いただきます」
「ああ」
吐き気が落ち着けば喉の渇きを覚えて、彼に貰ったボトルを開ける。そう言えば立食パーティーなのに何も食べていない。これじゃ、千木良のスピーチに痛めつけられて帰るだけだ。いっそ憂さ晴らしで派手に飲み食いすればよかった。それで「このパーティーの費用は奥様持ちですか?」とでも言ってやればよかった。そう、実際はできもしないことを想像して楽しむ。
「先生が参加するなんて意外でした」
なんとなく想像していた通り、ハイレベルな運転で大通りに出た彼の顔に目を遣った。
「一応俺は後任だしな。急遽決まって慌ただしく引き継ぎをしただけだから、挨拶でもと思ったんだが、途中で馬鹿らしくなってやめた」
「馬鹿らしくって?」
「ライバルを蹴落として俺が婿の座に収まりましたってのが身体中から溢れているんだよな。今後は妻の望み通り生きて、安泰な人生を送ってみせますって言っているようなもんだ。それをよく宣言するものだなってな」
彼の言い方に笑ってしまう。だが彼を祝福する気になれなかったのは嶺だけではないと知って、また少し楽になる。
「家まで送ってやる。お前、家どこだ?」
「O線のT駅の近くです」
もう今日は素直に甘えようと思って白状する。
「なんだ、そう遠くないんだな。それなら少し寄り道していいか? あの男から離れて、少しは気分もよくなっただろ?」
他に言い方はないのかと思うが、飲み物のお陰ですっかり体調が戻ってしまったので、その寄り道とやらに付き合うことにする。ディーラーかワインショップにでも付き合わされるかと思ったのに、何故か車は街中から離れていく。ちょっとした山を登り始めたかと思えば、道路脇にごつごつとした岩肌が現れる。更に進めば岩と岩の間から勢いよく流れ落ちる水の存在に気がつく。
「滝ですか?」
「そう。滝の近くに割と有名なお寺があって、坊さんの指導を受けながら滝行ができるらしい。体験料は一人八千円らしいが」
「何故お金を払って滝に打たれないといけないんですか」
「邪気や雑念を払うんだよ。精神統一やリフレッシュにもなるらしい」
「……まさか俺にやれと言うんじゃ」
「まさかだろ。お前みたいな身体であの水圧に打たれたら死ぬ」
滝行を回避できたのはいいが、医者のくせに簡単に死ぬと言う癖は直らないものだろうか。
「お前に見せたいものはもっと先だ。ああ、見えてきたな」
彼の視線の先に目を遣れば、常緑樹が両側から葉を広げていた。誰にも切られることがないのか、好き好きに目一杯葉を広げてトンネルのようだ。下手をすれば車が傷つきそうでUターンする人間も多いだろうに、久宝は構わず進んでいく。
「この辺りだな。少し降りられるか?」
「もちろん」
一体なんだろうと興味が湧いて、車を降りて彼の傍に近づく。
「下から見てみろ。葉がみんな青く見えるだろ?」
言われて、身体を屈めて見て驚いた。
「ほんとだ。葉っぱがみんな青い」
光と傾斜の加減なのか、その辺り一帯の葉が綺麗な青色に見えた。影で黒く見える葉は見たことがあるが、こんな風に青く見えるものは初めてだ。ただそう見えるだけで、近づいてみれば緑色に戻るのが不思議で見入ってしまう。
「いいだろ? ネットで見つけて前にも一人で来たことがあるんだけど、ここはいつもこうなんだ」
その台詞にはいくつか突っ込みどころがあって瞬いてしまう。
「なんだよ」
「先生もネットで調べものなんかをするんだなって。ついでに一人でドライブなんかしないタイプかと思っていました」
「一体お前には俺がどんな風に見えているんだ?」
「本人に直接会ってみろ。お前、死ぬぞ」
医者がそんな乱暴な言い方をしていいのかと思うが、彼の非常識は今に始まったことではない。一階でエレベーターを降りて、そこからまた別のエレベーターに乗せられたと思ったら、地下駐車場に繋がっていた。コンクリートの駐車場を少し歩いたところで、一台が彼のスマートキーに反応する。
「乗れ」
弱った身体では言う通りにするしかなくて、大人しく助手席に収まった。
「好きに倒していいから楽にしていろ」
そう言って発車されるが、五百万以上する高級車だから勝手に操作するのが怖い。というより、ホテルを出たところで身体はだいぶ楽になっている。
「もう大丈夫です」
朝からちょっと血が足りなかっただけで、あとは情けないがメンタルの問題だったのだろう。
「これ、いただきます」
「ああ」
吐き気が落ち着けば喉の渇きを覚えて、彼に貰ったボトルを開ける。そう言えば立食パーティーなのに何も食べていない。これじゃ、千木良のスピーチに痛めつけられて帰るだけだ。いっそ憂さ晴らしで派手に飲み食いすればよかった。それで「このパーティーの費用は奥様持ちですか?」とでも言ってやればよかった。そう、実際はできもしないことを想像して楽しむ。
「先生が参加するなんて意外でした」
なんとなく想像していた通り、ハイレベルな運転で大通りに出た彼の顔に目を遣った。
「一応俺は後任だしな。急遽決まって慌ただしく引き継ぎをしただけだから、挨拶でもと思ったんだが、途中で馬鹿らしくなってやめた」
「馬鹿らしくって?」
「ライバルを蹴落として俺が婿の座に収まりましたってのが身体中から溢れているんだよな。今後は妻の望み通り生きて、安泰な人生を送ってみせますって言っているようなもんだ。それをよく宣言するものだなってな」
彼の言い方に笑ってしまう。だが彼を祝福する気になれなかったのは嶺だけではないと知って、また少し楽になる。
「家まで送ってやる。お前、家どこだ?」
「O線のT駅の近くです」
もう今日は素直に甘えようと思って白状する。
「なんだ、そう遠くないんだな。それなら少し寄り道していいか? あの男から離れて、少しは気分もよくなっただろ?」
他に言い方はないのかと思うが、飲み物のお陰ですっかり体調が戻ってしまったので、その寄り道とやらに付き合うことにする。ディーラーかワインショップにでも付き合わされるかと思ったのに、何故か車は街中から離れていく。ちょっとした山を登り始めたかと思えば、道路脇にごつごつとした岩肌が現れる。更に進めば岩と岩の間から勢いよく流れ落ちる水の存在に気がつく。
「滝ですか?」
「そう。滝の近くに割と有名なお寺があって、坊さんの指導を受けながら滝行ができるらしい。体験料は一人八千円らしいが」
「何故お金を払って滝に打たれないといけないんですか」
「邪気や雑念を払うんだよ。精神統一やリフレッシュにもなるらしい」
「……まさか俺にやれと言うんじゃ」
「まさかだろ。お前みたいな身体であの水圧に打たれたら死ぬ」
滝行を回避できたのはいいが、医者のくせに簡単に死ぬと言う癖は直らないものだろうか。
「お前に見せたいものはもっと先だ。ああ、見えてきたな」
彼の視線の先に目を遣れば、常緑樹が両側から葉を広げていた。誰にも切られることがないのか、好き好きに目一杯葉を広げてトンネルのようだ。下手をすれば車が傷つきそうでUターンする人間も多いだろうに、久宝は構わず進んでいく。
「この辺りだな。少し降りられるか?」
「もちろん」
一体なんだろうと興味が湧いて、車を降りて彼の傍に近づく。
「下から見てみろ。葉がみんな青く見えるだろ?」
言われて、身体を屈めて見て驚いた。
「ほんとだ。葉っぱがみんな青い」
光と傾斜の加減なのか、その辺り一帯の葉が綺麗な青色に見えた。影で黒く見える葉は見たことがあるが、こんな風に青く見えるものは初めてだ。ただそう見えるだけで、近づいてみれば緑色に戻るのが不思議で見入ってしまう。
「いいだろ? ネットで見つけて前にも一人で来たことがあるんだけど、ここはいつもこうなんだ」
その台詞にはいくつか突っ込みどころがあって瞬いてしまう。
「なんだよ」
「先生もネットで調べものなんかをするんだなって。ついでに一人でドライブなんかしないタイプかと思っていました」
「一体お前には俺がどんな風に見えているんだ?」