好きになったのはあなたです。
せっかくの三連休だというのに、土曜に憂鬱な予定を入れてしまった。
行かないつもりだった千木良の婚約披露パーティーに、散々悩んだ末に行くことにしたのだ。結婚式のように正式なものではないから招待状もない。それなら行かなくてもいいと思ったが、行かないなら行かないで、祝いの品を送らなければならないと思ったら、その方が面倒に思えたのだ。
ホテルの会場を借りた立食パーティーで出入りは自由。それなら受付で名前を書いて千木良に一言挨拶をして帰ってくればいい。そう思うのに、どうにも朝から気が塞いで仕方ない。もう吹っ切れたと思っていたのに、色々考えるうちに胃の調子が悪くなって、酷いコンディションで会場に向かうことになる。
最悪受付で名前を書いて引き返せばいい。そう思っていたのに、タイミング悪く、嶺が到着したところでみな一斉に会場に入って後ろの扉が閉められる。基本出入り自由だが、千木良と関係者が挨拶をするときはみな手を止めて聞くということだ。嫌な時間に来てしまった。
「みなさま、本日はお忙しい中ありがとうございます」
ホテルの係員からマイクを渡された千木良が、クリニック時代とは別人のような満面の笑みで話し出す。大した仕事はないが給料だけはいいポジションに就くと久宝が言っていた。それが嬉しくて仕方ないのだろう。
彼が大分誇張したカナセカ時代の活躍を話し出したところで、ふと彼の隣の女性に目を移した。叶未製薬の常務の娘というから傲慢な感じを想像していたが、全く違って大人しい人形のようだ。今日は結婚式ではないからブルーの控えめなドレスを着ている。女性の衣服の知識なんてないから目を逸らしてしまえばいい。そう思うのに、そのドレスの形が気になって、その引っ掛かりの正体を掴むまで見つめてしまった。女性はこういう場で腰の細いドレスを着たくなるものではないか。では彼女がそうしなかったのは何故か。
「実は婚約ともう一つご報告があります」
答えは千木良の口から明かされた。
「実は彼女のお腹には新しい命が宿っていまして、来年四月出産予定です」
その報告に会場の人間が一斉に拍手を送る。その瞬間耐えられなくなって、スピーチ中だというのに扉を開けて会場を出てしまった。すぐに手洗いに向かって、鏡の前のカウンターに手をついて息を吸って吐いてを繰り返す。吐くほどではないが、やはり今日は体調がよくない。よくないところによくないことを聞いてしまった。やはり来るんじゃなかったと後悔が募る。
千木良のクリニックに通っていた頃、一度だけ彼が診察目的以外で嶺に触れたことがあった。思い出しても碌なことにならないと、失恋してからは心の奥底に閉じ込めてきたが、ずっと嶺の恋の勘違いの根拠になっていたのだ。
八月に行った健康診断の結果が送信されて、初めての診察日だった。カナセカの社員はは年に一度、グループ内の健診センターで無料で身体の隅から隅まで検査してもらえる。嶺はいつも通り貧血でD判定を食らって、スマホに送られてきた結果表の一番上には赤文字で『貧血・要医療』と書かれていたのだ。
だが貧血以外は特に恥じる数値もないから、千木良と結果表を見ながらあれこれ話せるのが楽しみだった。彼になら、貧血の数値のお小言を食らってもいい。そんな浮ついた思考でクリニックに向かえば、彼が診察室の書棚の整理をしている。
「ああ、ごめん。診察の時間だったね。暇だからつい夢中になっちゃって」
「いえ。よければ手伝いますよ」
その日嶺の他に社員の予約がないことは知っていた。片づけを終えてから診察をしてもいいし、そもそも嶺は本気で診察がしてほしい訳ではない。
「ううん。田胡さんにそんなことさせる訳にはいかないけど、でもちょっとこっちに来て」
手招きされるまま部屋の奥に向かった。開いたままの書棚の扉の陰に隠れるようにして、壁際に誘導される。なんだろう? と不思議に思う嶺の背が壁についたところで彼の手が動く。
「……っ」
何を思ったか彼が嶺のシャツを引き抜いて、そこから手を入れてきた。素肌を撫でられて身体が震える。そんな嶺の反応に彼が楽しげに目を細める。
「千木良先生……」
「静かに」
答えを求めた唇に人差し指を当てて、彼はこの行為の意味を明かすことなく嶺の身体に触れ続ける。
「や……」
シャツの中で胸の尖りを弄られて声が上がった。流石に冗談ではなく、彼が本気で嶺にそういうことをしようとしていると理解する。
「触れると気持ちよくなっちゃうかな」
「先生、待って……」
行かないつもりだった千木良の婚約披露パーティーに、散々悩んだ末に行くことにしたのだ。結婚式のように正式なものではないから招待状もない。それなら行かなくてもいいと思ったが、行かないなら行かないで、祝いの品を送らなければならないと思ったら、その方が面倒に思えたのだ。
ホテルの会場を借りた立食パーティーで出入りは自由。それなら受付で名前を書いて千木良に一言挨拶をして帰ってくればいい。そう思うのに、どうにも朝から気が塞いで仕方ない。もう吹っ切れたと思っていたのに、色々考えるうちに胃の調子が悪くなって、酷いコンディションで会場に向かうことになる。
最悪受付で名前を書いて引き返せばいい。そう思っていたのに、タイミング悪く、嶺が到着したところでみな一斉に会場に入って後ろの扉が閉められる。基本出入り自由だが、千木良と関係者が挨拶をするときはみな手を止めて聞くということだ。嫌な時間に来てしまった。
「みなさま、本日はお忙しい中ありがとうございます」
ホテルの係員からマイクを渡された千木良が、クリニック時代とは別人のような満面の笑みで話し出す。大した仕事はないが給料だけはいいポジションに就くと久宝が言っていた。それが嬉しくて仕方ないのだろう。
彼が大分誇張したカナセカ時代の活躍を話し出したところで、ふと彼の隣の女性に目を移した。叶未製薬の常務の娘というから傲慢な感じを想像していたが、全く違って大人しい人形のようだ。今日は結婚式ではないからブルーの控えめなドレスを着ている。女性の衣服の知識なんてないから目を逸らしてしまえばいい。そう思うのに、そのドレスの形が気になって、その引っ掛かりの正体を掴むまで見つめてしまった。女性はこういう場で腰の細いドレスを着たくなるものではないか。では彼女がそうしなかったのは何故か。
「実は婚約ともう一つご報告があります」
答えは千木良の口から明かされた。
「実は彼女のお腹には新しい命が宿っていまして、来年四月出産予定です」
その報告に会場の人間が一斉に拍手を送る。その瞬間耐えられなくなって、スピーチ中だというのに扉を開けて会場を出てしまった。すぐに手洗いに向かって、鏡の前のカウンターに手をついて息を吸って吐いてを繰り返す。吐くほどではないが、やはり今日は体調がよくない。よくないところによくないことを聞いてしまった。やはり来るんじゃなかったと後悔が募る。
千木良のクリニックに通っていた頃、一度だけ彼が診察目的以外で嶺に触れたことがあった。思い出しても碌なことにならないと、失恋してからは心の奥底に閉じ込めてきたが、ずっと嶺の恋の勘違いの根拠になっていたのだ。
八月に行った健康診断の結果が送信されて、初めての診察日だった。カナセカの社員はは年に一度、グループ内の健診センターで無料で身体の隅から隅まで検査してもらえる。嶺はいつも通り貧血でD判定を食らって、スマホに送られてきた結果表の一番上には赤文字で『貧血・要医療』と書かれていたのだ。
だが貧血以外は特に恥じる数値もないから、千木良と結果表を見ながらあれこれ話せるのが楽しみだった。彼になら、貧血の数値のお小言を食らってもいい。そんな浮ついた思考でクリニックに向かえば、彼が診察室の書棚の整理をしている。
「ああ、ごめん。診察の時間だったね。暇だからつい夢中になっちゃって」
「いえ。よければ手伝いますよ」
その日嶺の他に社員の予約がないことは知っていた。片づけを終えてから診察をしてもいいし、そもそも嶺は本気で診察がしてほしい訳ではない。
「ううん。田胡さんにそんなことさせる訳にはいかないけど、でもちょっとこっちに来て」
手招きされるまま部屋の奥に向かった。開いたままの書棚の扉の陰に隠れるようにして、壁際に誘導される。なんだろう? と不思議に思う嶺の背が壁についたところで彼の手が動く。
「……っ」
何を思ったか彼が嶺のシャツを引き抜いて、そこから手を入れてきた。素肌を撫でられて身体が震える。そんな嶺の反応に彼が楽しげに目を細める。
「千木良先生……」
「静かに」
答えを求めた唇に人差し指を当てて、彼はこの行為の意味を明かすことなく嶺の身体に触れ続ける。
「や……」
シャツの中で胸の尖りを弄られて声が上がった。流石に冗談ではなく、彼が本気で嶺にそういうことをしようとしていると理解する。
「触れると気持ちよくなっちゃうかな」
「先生、待って……」