好きになったのはあなたです。

 恋神のくせに恋愛経験は多くないから、それがどんな形の恋愛か分からない。好きに動くというなら、友達から始めるに近い意味なのだろうか。
「なぁ、嶺」
 彼の声が、懸命に考える恋神の思考を中断させる。
「いつのまに嶺と呼ぶようになったんですか?」
「ダメか? タゴレイよりいいだろ?」
「それはそうですけど」
 田胡嶺とタゴレイはイントネーションが違うのだ。
「嶺に一つ聞いていいか?」
 また彼が許可を求めてくる。
「なんですか?」
 ストレートに聞かれれば拒否することでも、一度許可を求められたあとだと答えたくなるのは何故だろう。
「お前がそんなに人のために動こうとするのは何故だ? 恋神の始まりやこれまでの色々は浜野に聞いたが、別に噂なんて無視して、俺の職場生活を邪魔するなとでも言ってやればいいだろ?」
「俺はカナセカに恩があるんですよ」
「恩?」
「そう。俺は転職で、以前の会社はブラックだったから」
 そう言って、あまり重くならないように前の職場の話をしてやった。
「だからみんなで体調不良をカバーし合って、一階にクリニックまである職場なんて天国なんです。雇ってくれたお礼に自分もできることをしようって思って」
「総務部で、お前はもう充分よくやっているんじゃないのか?」
 思いがけず真摯な言葉に、すぐに言葉が出てこなかった。みな恋神に頼みに来た。恋神様ありがとうと言った。だが総務をよくやっていると言ってくれた人はいなかった。田胡さんは面倒見がよくて優秀。一人でも問題ない。そう言われるのは嬉しいけれど、本音はよくやっていると言われたかったのかもしれない。絆されそうになるが、すぐに、久宝も恋神への依頼者じゃないかと思い直す。
「心配しなくても胃潰瘍を悪くしないように頑張りますよ。というかもう完治しているかもしれないし」
「そう言って残りの薬を捨てたりするなよ。出された薬は全部飲め」
「分かっていますよ」
 彼がいつもの調子に戻ると落ち着くなんて、自分はマゾなのかもしれない。いや、神聖な恋神に、それは少したちが悪い。
「じゃあ、もう遅いからまたな」
 そう言って彼が通話を終えたスマホを、意味もなくずっと眺めていた。
 友達から始めたとしても、いずれ久宝と浜野は結ばれるだろう。それが今夜でなくてよかったと、そう思った。
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