好きになったのはあなたです。

 なんとか久宝と浜野を会話させようと思うのに、今度は浜野が嶺に話しかけてくる。
「以前コール部門にパソコンのパスワードを何度も忘れる女子社員がいて、そのうち田胡さんが彼女のIDを記憶しちゃったんですよね。十二桁の数字を完璧に」
「うーん、あの子は人事とシス管を怒らせて、結局俺のところに来るようになったんだよね。二度、三度申請書を見ていれば、覚えたくなくても覚えるっていうか」
「その上、退職処理をしないまま来なくなっちゃったから、結局田胡さんがパソコンの後処理をすることになって」
「一応、総務部も初期化の権限があるからね。まぁ、カナセカには珍しいタイプだったけど、派遣スタッフじゃなくてよかったと思うよ。うちで色々処理してあげられたし」
「ですよね。僕、そんなスタッフの担当だったら上手く管理できる自信がないな」
 おっと、これは既にいない社員の悪口になってしまいそうでよくない。そう思ったから話の方向を変えておく。
「でもその子、お菓子屋さんに再就職したみたいだよ。なんとなく、今度は長く続いているような気がするし」
「えー、どうして知っているんですか? まさか個人的に連絡先を交換していたとか」
 浜野が声を上げれば、何故か久宝も鋭い視線を向けてくる。
「まさか。彼女が辞めたあと総務宛に菓子折りが届いたんだよ。包装紙の感じとか、ネットで調べたお店の感じとかから、ああ、あの子がここで働き始めたんだろうなって分かって。差出人の名前も住所も架空のものだったけど、大丈夫そうなので俺が食べますって言って」
「……そんな危ないものを食べるなよ」
 久宝に低く突っ込まれてしまう。
「うん。開けないで捨てなってみんなに言われた。でも爆発物にしては軽かったし、総務部宛だったし。結果おいしいものを独り占めできてよかったよ。コールの彼女からの贈り物だったとしたら、食べずに捨てたら気の毒だしね」
「クールなフリをしてお人よしすぎるんだよ。だから胃潰瘍になんてなるんだ」
 斜め前に好きな男がいるのに上手く話せない奴に言われたくないと思うが、彼の顔を見れば、何故か嶺に幼い子ども相手のような表情を向けている。酔っているのか? 彼にしてはレアな優しげな表情なら浜野に向ければいいのにと思うが、声に出す訳にはいかない。というよりさっきから嶺の話ばかりだ。
「浜野くん、このイカ飯おいしいよ。食べてみて」
「わ、ありがとうございます」
「先生もどうですか?」
「ああ、貰う……って、それじゃお前が食べられないだろ? 気に入ったんならもう一皿頼め」
「じゃあ、遠慮なく」
「田胡さん、マテ茶の他にも珍しいお茶がありますよ」
 なんだろう。三人でそれなりに飲んで食べているのに、一向に久宝と浜野の距離が縮まらない。
「えっと、俺お手洗いに行ってくるね」
 ここは一旦二人きりにした方がいいかと思った。
「田胡さん、僕ちょっと酔ったみたいで」
 途端に浜野が嶺の肩に寄りかかってくる。
「え、嘘、気持ち悪い? 一緒にお手洗い行こうか? それとも外の風に当たった方がいい?」
 介抱しようとして、だがそこで久宝の刺すような視線に気がつく。
「先生?」
「心配するな。こいつは俺が見ておく」
「あ、そうですか。浜野くん、どう?」
 吐き気があるようなら連れていった方がいい気がしたが、そこで何故か浜野もしゃんと座り直して久宝を見る。
「じゃあ、ちょっと外すね」
 よく分からない流れだが、二人きりにできるなら目的通りだ。久宝は医師だから心配ない。そう思って席を立ち、手洗いから出たあと少し時間を潰して戻ることにする。
「……!」
 普通に戻ろうとして、そこで見たものに慌てて通路に引き返した。さっきまで嶺がいた席に移った浜野と久宝が、正面から見つめ合っている。この数分の間に何があったか知らないが、関係が進んだのなら経緯はどうでもいい。凄い。さっきまでわざとお互いを無視しているようだったのに、こんなに進展するとは。もしかして自分には本当に恋神の力があるのだろうか。
 二人が話し終えたタイミングで席に戻れば、久宝に不敵顔を向けられた。そんな顔をしないで、嶺に恋神の加護を頼んだときのような顔をすればいいのにと思うが、恋愛に不器用な男なのだろう。
「嶺。悪いがちょっとこいつと二人で話さないといけないことができた。後日埋め合わせをするから、今夜はこのまま二人きりにしてもらっていいか?」
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