好きになったのはあなたです。
そう浜野と約束をして、デスクに戻ってすぐ久宝に電話を入れた。予想通り暇だったらしい彼に事情を説明して約束を取り付ける。
きっと会って話せば、浜野も久宝が噂のような男でないと分かってくれる。彼の優秀さが分かれば、人材管理部の他の社員も久宝のところに行くようになる。そう思えば嬉しくて、謎の集中力で仕事を片付けてしまう。
そんな訳で四時五分前に浜野と一緒にクリニックに向かった。
「先生、田胡です。入りますよ」
ノックして入れば、診察室ではなく待合室のソファーに彼がいる。嶺と言い合いをするときの不敵顔ではなく、静かな表情で、読んでいた医学書を脇に除ける。
「えっと、初めまして。人材管理部の浜野といいます」
同じビル内なのだからそこまでしなくてもと思ったが、浜野が名刺を差し出せば久宝も立ち上がってそれを受け取った。嶺との初対面と随分違うが、そこに突っ込むのはやめておこう。
「貧血の申告のある女性スタッフさんなんだよね」
嶺が話を促して、三人のミーティングを始めることになった。L字型のソファーでローテーブルを挟んで、久宝が一人席、浜野と嶺が並んで座っている。
「スポットの仕事じゃ嫌だって言っているの?」
「そうなんです。一刻も早く安定したところで働きたいと言っていて」
担当スタッフの話が始まれば浜野もすぐに仕事モードになった。
「うーん。俺は貧血でも特に自覚症状がなかったけど、女性はまた違いますよね?」
「そうだな。酷ければ意識を失うこともあるだろうし、今の梱包の座り仕事はまだいいが、工場のライン作業は危険な気がするな」
流石の久宝だ。カナセカがどんな現場にスタッフを派遣しているかまで知っている。恐らくここに来てから勉強してくれたのだろう。
「二六歳なら前職があるだろ? 前職はどうだったんだ?」
「前はカナミスタッフに登録していて、オフィスワークに派遣されていたらしいです。貧血の症状が酷くなって退職して、一ヵ月休んでうちに登録し直したって感じですね」
「カナミスタッフに確認は?」
「そこまでは今回はいいかなって」
久宝と浜野が普通に話せるようになってからは、余計な口を挟まず静かにしていた。今回スタッフが嶺と同じ貧血だったというだけで、本来このミーティングは人材管理部とクリニックの医師が行うものなのだ。
「カナミスタッフに登録されるような人材なら素性は問題ない筈ですし、もしトラブルで退職したことを隠しているなら、わざわざ同じグループの会社に来たりしないでしょう? スタッフなら二社が情報共有していると思っていても不思議ではないし」
カナミスタッフとカナミセカンドスタッフは姉妹会社のように思われているが全くの別会社なのだ。同じシステムでお互いの会社の情報が見られたりもしない。それはこのご時世許されることではない。ただし派遣先でトラブルを起こして退職している場合は、必要に応じて情報を公開してもいいことになっている。
「思い込みは危険だと思うが」
「カナミスタッフへの開示依頼も割と大変なんですよ。あまり頻繁に依頼していると、本当に必要なスタッフのときに対応してもらえなくなったりするので」
嶺からすれば少しでも気になる人間は全て開示依頼をして、気持ちよく応えてくれればいいと思うのだが、カナミスタッフも忙しいのだろう。嶺くらいになれば二、三度邪険にされてもしつこく依頼の電話をするが、その点で浜野はまだ若くて素直ということだ。
「なるほど。まぁ、そこは俺が口を出すことじゃないが」
浜野の説明に簡単に折れる久宝に、正直なんだよと思った。嶺が相手なら倍にも三倍にもして返すくせに随分と物分かりがいい。そこでふと、もしやと思う。
「とにかく長年の貧血じゃなくここ数ヵ月だって言うなら重病が隠れている可能性もある。その場合病院通いが必要になるから、どのみち長期の固定の仕事はお勧めできないな。本当のことを言わない可能性もあるが、まずは病院に行って検査をしたのかを確認することからだな」
「なるほど。よく分かりました」
浜野が資料を下げて、今日のミーティングはここまでになりそうだった。
「ありがとうございました」
「ああ。……お前、今日はやけに静かだな。悪いものでも食べたか?」
浜野の礼に応じたところで、久宝がいつもの彼に戻ってしまう。
「浜野くんと先生のミーティングだから静かにしていたんですよ。そもそも悪いものを食べて静かになるってなんですか」
「じゃあ、今日の昼に何を食べたか言ってみろ」
「バランスバーですよ。鉄分入りの」
「またそんなお菓子みたいなものを食べて。いいか、お菓子で必要な鉄分が摂れる訳ないだろ?」
「今日はちゃんと水も飲んだんです!」
「水で威張るな」
きっと会って話せば、浜野も久宝が噂のような男でないと分かってくれる。彼の優秀さが分かれば、人材管理部の他の社員も久宝のところに行くようになる。そう思えば嬉しくて、謎の集中力で仕事を片付けてしまう。
そんな訳で四時五分前に浜野と一緒にクリニックに向かった。
「先生、田胡です。入りますよ」
ノックして入れば、診察室ではなく待合室のソファーに彼がいる。嶺と言い合いをするときの不敵顔ではなく、静かな表情で、読んでいた医学書を脇に除ける。
「えっと、初めまして。人材管理部の浜野といいます」
同じビル内なのだからそこまでしなくてもと思ったが、浜野が名刺を差し出せば久宝も立ち上がってそれを受け取った。嶺との初対面と随分違うが、そこに突っ込むのはやめておこう。
「貧血の申告のある女性スタッフさんなんだよね」
嶺が話を促して、三人のミーティングを始めることになった。L字型のソファーでローテーブルを挟んで、久宝が一人席、浜野と嶺が並んで座っている。
「スポットの仕事じゃ嫌だって言っているの?」
「そうなんです。一刻も早く安定したところで働きたいと言っていて」
担当スタッフの話が始まれば浜野もすぐに仕事モードになった。
「うーん。俺は貧血でも特に自覚症状がなかったけど、女性はまた違いますよね?」
「そうだな。酷ければ意識を失うこともあるだろうし、今の梱包の座り仕事はまだいいが、工場のライン作業は危険な気がするな」
流石の久宝だ。カナセカがどんな現場にスタッフを派遣しているかまで知っている。恐らくここに来てから勉強してくれたのだろう。
「二六歳なら前職があるだろ? 前職はどうだったんだ?」
「前はカナミスタッフに登録していて、オフィスワークに派遣されていたらしいです。貧血の症状が酷くなって退職して、一ヵ月休んでうちに登録し直したって感じですね」
「カナミスタッフに確認は?」
「そこまでは今回はいいかなって」
久宝と浜野が普通に話せるようになってからは、余計な口を挟まず静かにしていた。今回スタッフが嶺と同じ貧血だったというだけで、本来このミーティングは人材管理部とクリニックの医師が行うものなのだ。
「カナミスタッフに登録されるような人材なら素性は問題ない筈ですし、もしトラブルで退職したことを隠しているなら、わざわざ同じグループの会社に来たりしないでしょう? スタッフなら二社が情報共有していると思っていても不思議ではないし」
カナミスタッフとカナミセカンドスタッフは姉妹会社のように思われているが全くの別会社なのだ。同じシステムでお互いの会社の情報が見られたりもしない。それはこのご時世許されることではない。ただし派遣先でトラブルを起こして退職している場合は、必要に応じて情報を公開してもいいことになっている。
「思い込みは危険だと思うが」
「カナミスタッフへの開示依頼も割と大変なんですよ。あまり頻繁に依頼していると、本当に必要なスタッフのときに対応してもらえなくなったりするので」
嶺からすれば少しでも気になる人間は全て開示依頼をして、気持ちよく応えてくれればいいと思うのだが、カナミスタッフも忙しいのだろう。嶺くらいになれば二、三度邪険にされてもしつこく依頼の電話をするが、その点で浜野はまだ若くて素直ということだ。
「なるほど。まぁ、そこは俺が口を出すことじゃないが」
浜野の説明に簡単に折れる久宝に、正直なんだよと思った。嶺が相手なら倍にも三倍にもして返すくせに随分と物分かりがいい。そこでふと、もしやと思う。
「とにかく長年の貧血じゃなくここ数ヵ月だって言うなら重病が隠れている可能性もある。その場合病院通いが必要になるから、どのみち長期の固定の仕事はお勧めできないな。本当のことを言わない可能性もあるが、まずは病院に行って検査をしたのかを確認することからだな」
「なるほど。よく分かりました」
浜野が資料を下げて、今日のミーティングはここまでになりそうだった。
「ありがとうございました」
「ああ。……お前、今日はやけに静かだな。悪いものでも食べたか?」
浜野の礼に応じたところで、久宝がいつもの彼に戻ってしまう。
「浜野くんと先生のミーティングだから静かにしていたんですよ。そもそも悪いものを食べて静かになるってなんですか」
「じゃあ、今日の昼に何を食べたか言ってみろ」
「バランスバーですよ。鉄分入りの」
「またそんなお菓子みたいなものを食べて。いいか、お菓子で必要な鉄分が摂れる訳ないだろ?」
「今日はちゃんと水も飲んだんです!」
「水で威張るな」