好きになったのはあなたです。

 とまぁ、そんな言い合いをして過ごしたのだ。全く、恋神に恋の成就を願っているくせに態度の大きい男だ。そう週明けの朝を思い出して笑いながら、お気に入りのバランスバーを食べてしまう。今日は鉄分入りの飲むヨーグルトと、ミネラルウォーターのペットボトルも買っているから我ながら偉い。
 不遜だろうと血圧を貶されようと、神は器が大きいから怒ったりしない。恋はきちんと叶えてやる。だがそこではたと気がつく。顔を合わせる機会が増えたというのに、未だに彼の想い人を聞いていない。
 まだ時間に余裕があることを確認して、方眼塗り絵を進めながら彼の恋へと思いを馳せる。嶺の知らない人なら隠す必要もない気がするから、このビル内の人かもしれない。だとするとここに来てから好きになったことになるが、まだそれほど長い期間いる訳でもないから一目惚れだろう。彼の目に留まるなら綺麗な人に違いない。神の思考はつらつらと進む。
 今日もああでもないこうでもないと悩みながら十二マスを塗り終えて、満足したところでマイページに戻って久宝がくれたダイヤを眺める。そもそもプレイヤーがそれほど多くないというのもあるが、ダイヤを持っている者はごく僅かだから、貰いものでも誇らしい気分になる。寧ろその貰ったという事実に擽ったい気持ちになるのは何故だろう。
 ずっと憧れだったクボウ。彼のことを考えようとするのに、思考はいつのまにか本体の久宝の方に戻ってしまう。
 態度は悪いが綺麗な男性で、優秀で実は真面目な医師だ。素の性格は粗野だが、人を口説くときには素敵男子にもなれる。独り占めしたい、傍にいたいと言われたときのことを思えば、嶺宛てではないというのにドキドキする。そんな彼の想い人が男性のような気がするのはどうしてだろう。
 嶺の勘は鈍くない。女性トラブルの噂も聞いているのに、何故かその思いが消えなかった。単に自分と同じ嗜好だから嗅ぎ分けてしまうのかもしれないが、どちらにせよ彼が女性への想いで恋神まで使おうとするとは思えないのだ。男性だから言えないのだろうか。いや、彼は嶺が同性に失恋していることを知っているから、そこを恥じる必要はない。ではどうして教えてくれない? あんなに容赦のない言い合いを繰り返しておきながら、大事なことを話してくれないのは理不尽な気がする。そう。理不尽だ。決して哀しいとか、もやもやしている訳ではない。
「……さん。田胡さん」
「……!」
 久宝のことを考えていて、浜野に声を掛けられていたことに気づかなかった。
「体調でも悪いんですか?」
「ううん。ごめん。考えごとをしていたんだ。浜野くんもお昼? ここ座って」
 隣のスツールを勧めるが、彼は首を横に振る。
「いえ、今日は戻らないと。でも田胡さん、今日の夕方ちょっとお時間いただけませんか? 新しいスタッフのことでちょっと相談したくて」
「いいけど、俺でいいの?」
「はい。酷い貧血だと自己申告のある女性なんです」
「ああ、なるほど」
 浜野が喘息のことを話してくれたのと同じように、嶺も彼に貧血のことを話していた。リスクを聞いて、どの現場に回すかの判断の参考にするのだ。
「いいよ。仕事を早めに片付けておくから、四時過ぎならいつでも」
 そう返して、だがそこでふと思いつく。そんな相談なら本来の担当がいるではないか。
「ねぇ、浜野さん。俺も参考意見は言えるけど、よければ一緒に久宝先生のところに行ってみない?」
「えっと、それは」
 まだ苦手だと思っているのか反応は芳しくない。が、ここで尻込みしていては久宝がいつまでも医師の実力を持て余して過ごすだけだ。暇に任せて血圧の話を蒸し返されても困る。
「俺も一緒に行くから大丈夫。あの人優秀だしよく気がつくし、案外優しいところもあるんだよ」
 だってタゴレイに貴重なダイヤをくれたのだ。
「派遣スタッフを見極めて上手く派遣先をレベルアップできたら、担当の浜野くんの評価になるんでしょう? それなら優秀な人のアドバイスを貰った方がいいって」
 そう言ってやれば漸く彼も頷いてくれる。
「浜野くんの都合のいい時間にミーティングできるように先生に電話しておくよ」
「ありがとうございます。じゃあ、四時ちょうどに」
「分かった」
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