好きになったのはあなたです。

「はい。会社に申告があったものは全部」
 事実を答えてやれば、彼の眉が僅かに上がる。
「凄いな。顔と名前と持病が一致しているということだろ? ああ、所属部署もか」
「たった五十人程度なんですから、そう難しいことではないでしょう?」
 医師の方が余程多くのことを覚えなければならなのに何を言っているのだ。
「すみません、遅くなりました!」
 そこに戸伏のスマホを持った浜野がやってきて、久宝との話は終わりになる。
「では、何か連絡関係で分からないことがあれば総務に電話をください。間違っても館内放送を使わないように」
「それは約束できないな」
「俺に感謝しているんじゃないんですか?」
 なんとなくそんな軽口を叩き合ってみれば、見ていた浜野が不思議そうな表情を見せる。
「ああ、悪い。スマホ預かる」
 久宝に言われて、浜野が戸伏のスマホを差し出す。噂のせいか少し緊張気味だが、それも徐々に変わっていくといい。
「じゃあ、浜野くん。一緒に戻ろうか」
 彼と二人で戻ることになった。
「ね? まぁまぁまともな先生だったでしょう?」
 エレベーターに乗ったところで聞けば、確かにそうでしたと彼が頷く。
「それより田胡さんと先生の仲がよすぎてびっくりしました」
 それはあまり嬉しくない感想だ。
「ちゃんと診察して総合病院に紹介状を書いてくれたから感謝しているだけだよ」
「確かに、千木良先生よりは仕事ができそうな感じでしたね」
 それにはなんと答えていいか分からないので曖昧に笑っておく。別に千木良を下げようと思って言った訳ではないが、浜野の千木良評は元からそれほどよくなかったのだろうか。そうこうするうちに四階に着いて、浜野が先に降りていく。嶺は更に一つ上がって五階の総務部に戻る。
 とにかく戸伏が無事でよかった。妙に疲れた昼休みだったが、社会人ならそんなこともあるだろう。
「お疲れさま、田胡さん。大活躍だったんだってね」
「休憩なくなった分、もう少し休んできてもいいぞ」
 企画部や経理部の社員がそんな風に言ってくれるのがありがたい。
「ありがとうございます。何か厄介なことがあったら遠慮なく助けを求めます」
「うん。そうして」
 そんな風にいつもの午後に戻っていく。
 今日も社員は誰もクリニックの予約を入れていないが、そのうち予約で埋まって久宝が忙しくなればいい。みな彼の医師の実力を知ってくれればいいのだけれど。仕事を進めながらそんなことを思っていた。
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