好きになったのはあなたです。
久宝が書いてくれた紹介状を持って、嶺は叶未総合病院に行くことになった。採血の結果を聞いたあと来院日を決めて、仕事を調整して有休を取ったのだ。想像よりずっとスムーズに検査と診察が済んで、軽い胃潰瘍と脱水と診断された。貧血は昔からの体質だが、まさかその後ろに他の病気まで隠れているとは思わなかった。幸いどちらも入院するほどではなく、水分補給のアドバイスと、胃潰瘍の弱めの薬を貰って帰ってくる。
なんにせよ久宝には感謝だった。病院に行った翌日お礼に行こうかと思ったが、彼の反応が読めなくてやめた。どのみち月末の金曜クリニックに行くことになっているから、そのとき報告すればいい。そう思ってのんびりと昼休みを過ごしていれば、仕切り版で仕切られた通称『話しかけるな席』にいるというのに、恋神目当ての社員がやってくる。
「田胡さん、私、今日逆プロポーズをするんです。どうか力をください」
「うん、いいよ。何をすればいいかな?」
決して依頼を断らない神になるのは条件反射のようなものだ。もしかしてこれも胃潰瘍の原因じゃないかと思うが、そんな本音は表に出したりしない。
「スマホで写真を撮らせてください。それと大丈夫って言ってください」
乞われていつも穏やかな微笑みを作って応じる。
「大丈夫。あなたのプロポーズは成功するよ」
望む言葉を向けてやれば、涙ぐんで礼を言った彼女が飴を差し出してくる。
「これ、お礼です。ありがとうございました」
そう言って休憩室を出ていく彼女を見送ったところで、スマホの画面を方眼塗り絵に切り替える。嶺の癒し。神でいるための精神安定剤。ああ、クボウがまた一つレベルを上げている。彼の無駄のない色使いを見ていると心が落ち着く。嶺はどこにどの色をつけようかじっくり悩むタイプだが、クボウは見た瞬間閃くのだろう。色を選ぶ時間も楽しいから羨ましいという訳ではないが、でもやはり凄いと思う。好きなプレイヤーの作品にはイイネボタンを押すことができるが、クボウはイイネの数もダントツだ。イイネ千回につきアプリ側からダイヤのイラストが贈られて、クボウはそれをもう十個以上手にしている。自己満足だから別にいいが、イイネ千回など嶺には夢のまた夢だ。
ぼんやりしていればせっかくの十二マス分のパワーを無駄にしてしまう。そう気づいて塗り絵ページに進んだところで、隣の席に誰かがやってきた。
「お疲れさまです、田胡さん。隣いいですか?」
「浜野 くん、久しぶり。どうぞ」
ありがとうございますと礼を言ってスツールに座るのは、一つ年下の人材管理部の社員だ。彼も転職組だから、カナセカでのキャリアも嶺の方が長い。嶺より少し背が低くて、色素の薄い猫っ毛の彼は小動物のようで可愛らしい。入社手続きで関わってから懐いてくれて、時々こうして昼を過ごしたり、一緒にお茶に出たりしている。
「体調不良でお休みしていたって聞いたよ。大丈夫だった?」
「はい。ちょっと酷い発作が出てしまったので、念のため安静にしていただけです。もうすっかりよくなって」
カナセカは派遣スタッフだけでなく、社員も持病を抱えた人間が少なくない。嶺も貧血持ちだが、浜野は喘息の持病を抱えている。それで嫌な思いをして転職してきたという訳だ。そんな経緯も嶺と似ているから親近感を持ってしまう。
「そっか。でも無理はしないで。ここはみんなでカバーしてくれる職場だから」
「はい。そうします。ところでさっき幸せそうな顔をした女子社員が休憩室を出ていきましたけど、もしかしてまた例の依頼ですか?」
「うん。お礼に飴を貰ったから一つあげる」
そう言って渡せば彼が苦笑する。
「なかなか恋神の噂は消えてくれませんね」
彼は恋神のことを知っていながら、嶺を普通の先輩として見てくれるありがたい存在だ。時々会話の端に出てくる単語からどうやら好きな相手はいるようだが、決して嶺にその依頼をしようとしない。
「さっきの彼女には悪いけど、失恋して明日俺を罵ってくれないかって思うよ。そうしたら恋神の噂なんてすぐに消えるのに」
「うーん。前も似たようなことを言っていましたけど、何故かみんな恋が成就しちゃうんですよね。僕は明日彼女が満面の笑みで報告に来る方に賭けます」
「うん。俺も」
「単なる偶然じゃなく本当に神の力があるんじゃないですか?」
「自分でもそう思うよ」
なんにせよ久宝には感謝だった。病院に行った翌日お礼に行こうかと思ったが、彼の反応が読めなくてやめた。どのみち月末の金曜クリニックに行くことになっているから、そのとき報告すればいい。そう思ってのんびりと昼休みを過ごしていれば、仕切り版で仕切られた通称『話しかけるな席』にいるというのに、恋神目当ての社員がやってくる。
「田胡さん、私、今日逆プロポーズをするんです。どうか力をください」
「うん、いいよ。何をすればいいかな?」
決して依頼を断らない神になるのは条件反射のようなものだ。もしかしてこれも胃潰瘍の原因じゃないかと思うが、そんな本音は表に出したりしない。
「スマホで写真を撮らせてください。それと大丈夫って言ってください」
乞われていつも穏やかな微笑みを作って応じる。
「大丈夫。あなたのプロポーズは成功するよ」
望む言葉を向けてやれば、涙ぐんで礼を言った彼女が飴を差し出してくる。
「これ、お礼です。ありがとうございました」
そう言って休憩室を出ていく彼女を見送ったところで、スマホの画面を方眼塗り絵に切り替える。嶺の癒し。神でいるための精神安定剤。ああ、クボウがまた一つレベルを上げている。彼の無駄のない色使いを見ていると心が落ち着く。嶺はどこにどの色をつけようかじっくり悩むタイプだが、クボウは見た瞬間閃くのだろう。色を選ぶ時間も楽しいから羨ましいという訳ではないが、でもやはり凄いと思う。好きなプレイヤーの作品にはイイネボタンを押すことができるが、クボウはイイネの数もダントツだ。イイネ千回につきアプリ側からダイヤのイラストが贈られて、クボウはそれをもう十個以上手にしている。自己満足だから別にいいが、イイネ千回など嶺には夢のまた夢だ。
ぼんやりしていればせっかくの十二マス分のパワーを無駄にしてしまう。そう気づいて塗り絵ページに進んだところで、隣の席に誰かがやってきた。
「お疲れさまです、田胡さん。隣いいですか?」
「
ありがとうございますと礼を言ってスツールに座るのは、一つ年下の人材管理部の社員だ。彼も転職組だから、カナセカでのキャリアも嶺の方が長い。嶺より少し背が低くて、色素の薄い猫っ毛の彼は小動物のようで可愛らしい。入社手続きで関わってから懐いてくれて、時々こうして昼を過ごしたり、一緒にお茶に出たりしている。
「体調不良でお休みしていたって聞いたよ。大丈夫だった?」
「はい。ちょっと酷い発作が出てしまったので、念のため安静にしていただけです。もうすっかりよくなって」
カナセカは派遣スタッフだけでなく、社員も持病を抱えた人間が少なくない。嶺も貧血持ちだが、浜野は喘息の持病を抱えている。それで嫌な思いをして転職してきたという訳だ。そんな経緯も嶺と似ているから親近感を持ってしまう。
「そっか。でも無理はしないで。ここはみんなでカバーしてくれる職場だから」
「はい。そうします。ところでさっき幸せそうな顔をした女子社員が休憩室を出ていきましたけど、もしかしてまた例の依頼ですか?」
「うん。お礼に飴を貰ったから一つあげる」
そう言って渡せば彼が苦笑する。
「なかなか恋神の噂は消えてくれませんね」
彼は恋神のことを知っていながら、嶺を普通の先輩として見てくれるありがたい存在だ。時々会話の端に出てくる単語からどうやら好きな相手はいるようだが、決して嶺にその依頼をしようとしない。
「さっきの彼女には悪いけど、失恋して明日俺を罵ってくれないかって思うよ。そうしたら恋神の噂なんてすぐに消えるのに」
「うーん。前も似たようなことを言っていましたけど、何故かみんな恋が成就しちゃうんですよね。僕は明日彼女が満面の笑みで報告に来る方に賭けます」
「うん。俺も」
「単なる偶然じゃなく本当に神の力があるんじゃないですか?」
「自分でもそう思うよ」