本気の恋は占術不能

 そうだ。藤原は否定したが、それが事実とは限らない。海堂は藤原が好きかもしれない。ラボに行った日だって、少し自惚れたら手痛い仕打ちが待っていた。研修会が終わったあともそうだ。自惚れれば酷い目に遭うと刷り込まれているから、小さな希望を自分で踏み潰すようなことをしてしまう。
「神崎さん」
 彼がとても綺麗に笑った。だがその目が笑っていない。
「いい加減にしないと僕も怒るよ」
「……え?」
 意味不明だった。何故彼が怒る? もしかして藤原への気持ちを軽々しく口にされて怒っているのか。そう考える神崎の前で彼が一つ息を吐く。
「神崎さんはいつもそう」
「俺が何……」
「綺麗だと言ってもデートに誘ってもお菓子をあげても、家に行っても二人きりになっても助手席に乗せても抱きしめても、絶対に僕の気持ちに気づこうとしない」
 凄い勢いで捲し立てられて、初め何を言われているのか分からなかった。言われてみれば綺麗だと言われた。二人きりで出掛けたし、助手席に乗ったし、抱きしめられた。一つ一つを思い返せば頬に血が上っていく。
「ねぇ、どこの世界に好きでもない男とパワースポットに行く人間がいる?」
 うん、いない。だが彼は藤原の相談だと言った。だから全部藤原のためだと思っていたのだ。パワースポットで藤原の幸せを祈りたいのだと。こじつけてこじつけて、海堂は藤原が好きだと思い込もうとしていた。自分が海堂にぶつかるのが怖かったから。自覚すればガチガチの思い込みが崩れていく。まさか。まさかずっと前から想われていたのだろうか。
 神崎の恋が叶わないのは海堂のせいだと思っていた。海堂が藤原を好きだからいけないのだと。だが悪いのは神崎だったのだろうか。
 些細なことから誤解して、恋占いで解釈ミスをして、自分の占いは当たるから間違いないと思い込んだ。そしてオコによってその思い込みを強固なものにされた。だってオコは神崎だ。毎日毎日『カイドウはフジワラが好き』と繰り返して、自分で暗示に掛かっていた。
「……海堂さんは藤原が好きだと思って」
 海堂の言動を全て藤原というフィルターを通して見ていた。それは自分に自信がなかったから。自分のものにならないなら、せめて相応しい人間が恋人になってくれればいい。藤原なら綺麗で仕事もできて、友人として祝福できる。だから藤原でいい。寧ろ藤原と恋人になってくれと自棄になっていたのだ。
「藤原とならお似合いだって」
「神崎さん」
 すぐ傍にある幸せを信じられない神崎に、彼が穏やかな声を掛けてくれる。恐る恐る顔を上げれば、もうそこに怒りの色はない。代わりにやれやれと笑っている。
「彼は支店勤務時代に上手くいかない仕事の愚痴を言い合った同士。もっと言えば、彼の想い人と知り合いだったから放っておけなかったんだ。彼の恋は訳ありでね」
「……それは本人から聞きました」
「そう。じゃあ、分かったでしょう? 僕が何を言おうと彼の想いは変わらない。だから体調不良のハンデからは護ってあげたいけど、それ以外で特別な感情はない」
 まさか自分の堪がこれほど鈍いと思わなかった。よく当たる占いに頼るうちに、自身の目で見て判断する能力が落ちていたのかもしれない。傷つきそうなものから逃げるうちに、真実が何も見えなくなっていた。
「じゃあ、ちゃんと言うね。僕は神崎さんが好き」
 これでどうだという言い方だった。彼が譲れないものと対峙するときの強い視線。まっすぐ見つめられて込み上げるものがある。決して手に入ることはないと思っていたものが、手にしていいと言ってくれる。だが手にする方法が分からない。だってずっと片思いのポジションに甘えていた。片思いは苦しいけれど、相手の気持ちを背負う必要がない分楽でもあった。楽な場所に浸っていて恋が叶うことはない。だから、欲しいなら抜け出さなければならない。
「神崎さん」
 目を逸らさない彼が神崎の言葉を待ってくれる。
「神崎さんの気持ちを教えてくれる?」
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