本気の恋は占術不能
それは神崎も心配していた。神崎のような営業事務ではなく実際の営業担当だ。暑い寒いに関係なく外回りをしなければならないし、繁忙期には有休だって簡単に取れない。ノルマに胃が痛くなることもあるだろう。当時は電話やラインでやりとりをするだけだったが、彼の話を聞くたびに、喘息持ちで大丈夫なのかと思っていた。自分のタイミングで休憩が取れるから、デスクに座っているより楽なんだと、そんな風に言う彼に無理強いもできなくて、ただ話を聞いてやることしかできなかった。
「神崎のアドバイスを軽んじていた訳じゃないよ」
こちらの思考を読んだように彼がフォローを挟む。
「神崎に心配してもらえると、心配してくれる友達がいるからもっと頑張ろうって気持ちになった。でも、惚れた相手だとまた違ってね」
「心配しなくてもそんなことで怒らないよ」
「ありがと」
多分オフィスでは見せない顔で笑う彼に、神崎もやれやれと笑ってみせる。惚れた相手の言葉は別物。そんな経験、嫌というほどしてきた。海堂の言葉に一喜一憂した。一言ありがとうと言われただけで幸せに暮らせたし、おはよう、お疲れという言葉ですら宝物だった。藤原の気持ちはよく分かる。
「彼が俺の身体を心配してくれたことが嬉しかった。じゃあ、言われた通り総務に希望を出そうって。でも違った」
「違った?」
「そう。彼はただ俺のいる場所を分かりやすくしておきたかった。俺と一緒の支店で働くのが嫌だったんだ。自分は本社の総務部になんていかない。絶対ではないけど、俺をそこに置いておけば同じ部署に配属されるのを回避しやすいって、それが本音だったんだ。理由はすぐに分かったよ。支店の部下の女性と結婚して、会社の人間を大勢呼んで披露宴をしていたから。俺には何も言ってくれなくて、あとから噂で知ることになって」
「女性と結婚……」
それは辛すぎるパターンだと思った。それも相手も部下だなんて。多分、同時進行だったのだろう。もっと言えば、最終的には女性と家庭を築くつもりで、藤原とは遊びだったのかもしれない。同性相手の興味本位。神崎が同じ目に遭ったら、心がズタボロになって会社自体を辞めたくなってしまいそうだ。
「そんな事情で本社総務部勤務になって、初めはやる気なんてなかったよ。だったらずっと営業をやっていたかったし、思惑通り総務に移動した馬鹿な男だと思われているんだろうっなって。でも神崎と一緒に主任試験を目指すうちに、ここで頑張るのもいいなって思うようになった。上手くいかないことの方が多かったけど、自分なりに頑張っていたつもりなんだ」
「それは知っている」
ああ、そうかと、愚かなことに今漸く藤原が主任に選ばれた理由を理解する。彼は本当は営業職でもなんでもやれる男なのだ。営業成績もよくて、喘息のハンデがなければどこででも働きたい。それに比べて自分はどうだ。ずっと本社の事務部門がいい。可能ならずっと総務にいたい。そう思っている人間が彼に敵う筈なんてなかった。すとんと納得して、その瞬間心の奥にあった小さな嫉妬が消える。
「その既婚者の彼、藤原を騙すような真似をしたのに、まだ好きなのか?」
流石に同時進行だろうとは言えないが、そこは疑問だから聞いてみた。
「うん」
彼に迷いはない。その横顔を見れば分かる。叶わないものをどうしても欲しいと思う顔。藤原も海堂に惹かれていると思ったのは誤解だった。彼は今もその元上司の男を想っている。
「別れよう。結婚したい相手がいる。そうはっきり言ってもらえたらまだよかったのかもしれない。ビンタの一つもできれば、そこできっぱり終わることができた。でも何も言われないまま離れてしまって、気持ちが宙ぶらりんになってしまった。はっきり別れようと言われていないから、まだ好きでいていい筈。そう思ってしまうんだ」
藤原らしくない。そんな男に縋っても仕方がない。そうストレートに言えば彼が泣いてしまいそうで、厳しいことは言えなくなってしまう。
「結婚している人を想っていても仕方ないだろ?」
「うん。でもいいんだ。彼以上に好きになれる人はきっといないから」
「上手いことを言って元恋人を遠ざけるような男がか?」
「それ以外に素敵なところが沢山あるから」
何を言っても彼の気持ちは揺るがない。神崎には藤原の想い人の魅力がさっぱり分からない。だが藤原が惚れるほどの男だ。実際会えば分かるのかもしれない。会うつもりはないけれど。
「それで、どうしたい訳? 奥さんから奪いたい訳じゃないんだろ?」
「神崎のアドバイスを軽んじていた訳じゃないよ」
こちらの思考を読んだように彼がフォローを挟む。
「神崎に心配してもらえると、心配してくれる友達がいるからもっと頑張ろうって気持ちになった。でも、惚れた相手だとまた違ってね」
「心配しなくてもそんなことで怒らないよ」
「ありがと」
多分オフィスでは見せない顔で笑う彼に、神崎もやれやれと笑ってみせる。惚れた相手の言葉は別物。そんな経験、嫌というほどしてきた。海堂の言葉に一喜一憂した。一言ありがとうと言われただけで幸せに暮らせたし、おはよう、お疲れという言葉ですら宝物だった。藤原の気持ちはよく分かる。
「彼が俺の身体を心配してくれたことが嬉しかった。じゃあ、言われた通り総務に希望を出そうって。でも違った」
「違った?」
「そう。彼はただ俺のいる場所を分かりやすくしておきたかった。俺と一緒の支店で働くのが嫌だったんだ。自分は本社の総務部になんていかない。絶対ではないけど、俺をそこに置いておけば同じ部署に配属されるのを回避しやすいって、それが本音だったんだ。理由はすぐに分かったよ。支店の部下の女性と結婚して、会社の人間を大勢呼んで披露宴をしていたから。俺には何も言ってくれなくて、あとから噂で知ることになって」
「女性と結婚……」
それは辛すぎるパターンだと思った。それも相手も部下だなんて。多分、同時進行だったのだろう。もっと言えば、最終的には女性と家庭を築くつもりで、藤原とは遊びだったのかもしれない。同性相手の興味本位。神崎が同じ目に遭ったら、心がズタボロになって会社自体を辞めたくなってしまいそうだ。
「そんな事情で本社総務部勤務になって、初めはやる気なんてなかったよ。だったらずっと営業をやっていたかったし、思惑通り総務に移動した馬鹿な男だと思われているんだろうっなって。でも神崎と一緒に主任試験を目指すうちに、ここで頑張るのもいいなって思うようになった。上手くいかないことの方が多かったけど、自分なりに頑張っていたつもりなんだ」
「それは知っている」
ああ、そうかと、愚かなことに今漸く藤原が主任に選ばれた理由を理解する。彼は本当は営業職でもなんでもやれる男なのだ。営業成績もよくて、喘息のハンデがなければどこででも働きたい。それに比べて自分はどうだ。ずっと本社の事務部門がいい。可能ならずっと総務にいたい。そう思っている人間が彼に敵う筈なんてなかった。すとんと納得して、その瞬間心の奥にあった小さな嫉妬が消える。
「その既婚者の彼、藤原を騙すような真似をしたのに、まだ好きなのか?」
流石に同時進行だろうとは言えないが、そこは疑問だから聞いてみた。
「うん」
彼に迷いはない。その横顔を見れば分かる。叶わないものをどうしても欲しいと思う顔。藤原も海堂に惹かれていると思ったのは誤解だった。彼は今もその元上司の男を想っている。
「別れよう。結婚したい相手がいる。そうはっきり言ってもらえたらまだよかったのかもしれない。ビンタの一つもできれば、そこできっぱり終わることができた。でも何も言われないまま離れてしまって、気持ちが宙ぶらりんになってしまった。はっきり別れようと言われていないから、まだ好きでいていい筈。そう思ってしまうんだ」
藤原らしくない。そんな男に縋っても仕方がない。そうストレートに言えば彼が泣いてしまいそうで、厳しいことは言えなくなってしまう。
「結婚している人を想っていても仕方ないだろ?」
「うん。でもいいんだ。彼以上に好きになれる人はきっといないから」
「上手いことを言って元恋人を遠ざけるような男がか?」
「それ以外に素敵なところが沢山あるから」
何を言っても彼の気持ちは揺るがない。神崎には藤原の想い人の魅力がさっぱり分からない。だが藤原が惚れるほどの男だ。実際会えば分かるのかもしれない。会うつもりはないけれど。
「それで、どうしたい訳? 奥さんから奪いたい訳じゃないんだろ?」