本気の恋は占術不能
「そうでもない」
「ううん。総務で一緒に働いていて思うし、もっと前、電話やラインで泣き言を言い合っていた頃から、なんだかんだで神崎は俺よりずっと大人だった」
クールな藤原にそう思われていたのは意外だった。神崎にしてみれば、誰にどう思われようとブレずに自分の仕事をする彼が大人に見えた。結局他人のいいところばかり見えてしまうものなのかもしれない。二人とも次の言葉が見つからずに無言になってしまう。
「主任は神崎の方がよかったのにって、ずっと思っていたんだ」
彼の呟きには反応せずにいられなかった。
「今日改めて思い知った。だから交代か俺の異動を申し出ようかと……」
「ちょっと待て」
流石に怒りが湧いた。
「それは俺に失礼だろ?」
神崎の勢いに藤原が目を瞠る。だが構っていられない。海堂に肩を抱かれてホールを出る彼を目にした時より、今神崎は怒っている。
「正直、藤原が主任という辞令が出たときには悔しいと思った。同期で総務の経験年数も同じなのにどうして俺じゃないんだって。でも交代って言うのは違うだろ? 合わないから譲ってやるよって、俺を見下しているのか?」
「そんなつもりは……」
「そもそも簡単に投げ出してもいいと思うほど、軽い気持ちで総務にいた訳でもないだろ?」
支店から本社総務部にやってきて、がらりと変わった業務内容を習得するために彼が頑張ってきたことは知っている。総務部員を続けたいから勉強だってしてきたのではないかと、声を上げそうになるのをなんとか堪える。
「うん。できればもっと総務にいたいし、神崎と一緒に働いていたい」
彼が素直に言うから、神崎にも冷静さが戻ってくる。
「俺だっていつか主任になれたらいいと思う」
彼の真似をして素直に打ち明けてみた。
「主任を経験して海堂さんみたいになれたらって思う。でもそれと藤原は関係ない。結局は自分の実力だと思うしな」
言いたいことを言って息を吐いたら、藤原に穏やかな表情で見つめられた。
「そうだね。ごめん」
「いや、俺の方こそ」
二人で謝り合って、また塀に背中を寄せたまま空を眺める。ここ数日で一番空気が澄んでいて、都会の割に今日はよく星が見える。
「海堂さんにも同じことで叱られた。やっぱり似ている」
また呟くように言われて彼の横顔に視線を戻す。
「海堂さん?」
「そう。神崎がお菓子を作ってきてくれた朝、実は直前まで叱られていたんだ。今と同じことを言ってしまって、神崎さんに対して失礼にも程があるってね。そういえば絶対に同じことを本人に言うなって言われたな。ごめん、つい言っちゃったけど」
なるほど。海堂がお説教と言っていたのはそういうことだったのだ。海堂は神崎のために怒ってくれた。それなのに、甘いやりとりでもしているのかと思った自分は何も見えていなかった。なんだか自分はそんなことばかりな気がする。
「俺、好きな人がいるんだ。既婚者なんだけど」
つい海堂のことを考えてしまえば、感化された訳でもないだろうが、唐突に彼が言った。
「既婚者?」
咎めるような言い方になってしまうが、彼は動じない。悩む時期はとっくに過ぎたという感じ。考えてみれば藤原とその手の話をしたことはない。他に話したいことがいくらでもあったし、海堂に恋をしてから、その気持ちは当人たちにバレてはいけないものだった。もしかしたら藤原の方は話したいと思っていたかもしれない。クールだが神崎には優しい彼が、こちらの触れるなオーラを察して、その話題を避けてくれていたのかもしれない。
「俺が聞いてもいい話?」
「神崎に聞かれて困ることなんてないよ」
そんなことを言うから嫌いになれない。
「支店にいた頃の上司でね」
思いを馳せるように、彼が塀に頭を預けて目を閉じる。
「付き合って、盛り上がって冷められて、今思えばあっちは自然消滅にしたかったんだろうね。もちろん俺は消滅なんてさせるつもりがなくて、どうにか元のように話すことができないかと思っていてね。その頃その人に言われたんだ。次のアンケートで本社総務部に希望を出すといいよって。そうすれば支店にいるより身体は楽だからって。それまで営業だったから身体がきつくて」
「だよな」
「ううん。総務で一緒に働いていて思うし、もっと前、電話やラインで泣き言を言い合っていた頃から、なんだかんだで神崎は俺よりずっと大人だった」
クールな藤原にそう思われていたのは意外だった。神崎にしてみれば、誰にどう思われようとブレずに自分の仕事をする彼が大人に見えた。結局他人のいいところばかり見えてしまうものなのかもしれない。二人とも次の言葉が見つからずに無言になってしまう。
「主任は神崎の方がよかったのにって、ずっと思っていたんだ」
彼の呟きには反応せずにいられなかった。
「今日改めて思い知った。だから交代か俺の異動を申し出ようかと……」
「ちょっと待て」
流石に怒りが湧いた。
「それは俺に失礼だろ?」
神崎の勢いに藤原が目を瞠る。だが構っていられない。海堂に肩を抱かれてホールを出る彼を目にした時より、今神崎は怒っている。
「正直、藤原が主任という辞令が出たときには悔しいと思った。同期で総務の経験年数も同じなのにどうして俺じゃないんだって。でも交代って言うのは違うだろ? 合わないから譲ってやるよって、俺を見下しているのか?」
「そんなつもりは……」
「そもそも簡単に投げ出してもいいと思うほど、軽い気持ちで総務にいた訳でもないだろ?」
支店から本社総務部にやってきて、がらりと変わった業務内容を習得するために彼が頑張ってきたことは知っている。総務部員を続けたいから勉強だってしてきたのではないかと、声を上げそうになるのをなんとか堪える。
「うん。できればもっと総務にいたいし、神崎と一緒に働いていたい」
彼が素直に言うから、神崎にも冷静さが戻ってくる。
「俺だっていつか主任になれたらいいと思う」
彼の真似をして素直に打ち明けてみた。
「主任を経験して海堂さんみたいになれたらって思う。でもそれと藤原は関係ない。結局は自分の実力だと思うしな」
言いたいことを言って息を吐いたら、藤原に穏やかな表情で見つめられた。
「そうだね。ごめん」
「いや、俺の方こそ」
二人で謝り合って、また塀に背中を寄せたまま空を眺める。ここ数日で一番空気が澄んでいて、都会の割に今日はよく星が見える。
「海堂さんにも同じことで叱られた。やっぱり似ている」
また呟くように言われて彼の横顔に視線を戻す。
「海堂さん?」
「そう。神崎がお菓子を作ってきてくれた朝、実は直前まで叱られていたんだ。今と同じことを言ってしまって、神崎さんに対して失礼にも程があるってね。そういえば絶対に同じことを本人に言うなって言われたな。ごめん、つい言っちゃったけど」
なるほど。海堂がお説教と言っていたのはそういうことだったのだ。海堂は神崎のために怒ってくれた。それなのに、甘いやりとりでもしているのかと思った自分は何も見えていなかった。なんだか自分はそんなことばかりな気がする。
「俺、好きな人がいるんだ。既婚者なんだけど」
つい海堂のことを考えてしまえば、感化された訳でもないだろうが、唐突に彼が言った。
「既婚者?」
咎めるような言い方になってしまうが、彼は動じない。悩む時期はとっくに過ぎたという感じ。考えてみれば藤原とその手の話をしたことはない。他に話したいことがいくらでもあったし、海堂に恋をしてから、その気持ちは当人たちにバレてはいけないものだった。もしかしたら藤原の方は話したいと思っていたかもしれない。クールだが神崎には優しい彼が、こちらの触れるなオーラを察して、その話題を避けてくれていたのかもしれない。
「俺が聞いてもいい話?」
「神崎に聞かれて困ることなんてないよ」
そんなことを言うから嫌いになれない。
「支店にいた頃の上司でね」
思いを馳せるように、彼が塀に頭を預けて目を閉じる。
「付き合って、盛り上がって冷められて、今思えばあっちは自然消滅にしたかったんだろうね。もちろん俺は消滅なんてさせるつもりがなくて、どうにか元のように話すことができないかと思っていてね。その頃その人に言われたんだ。次のアンケートで本社総務部に希望を出すといいよって。そうすれば支店にいるより身体は楽だからって。それまで営業だったから身体がきつくて」
「だよな」