本気の恋は占術不能
これから自分はどうなるだろう。昂った気持ちが落ち着けば不安になった。仕事を投げ出して帰ってしまった。端川は自分が責任を負うと言っていたが、もちろんそんなことにはならない。それならリーダーの方が重い処分になる。減給で済むならいいが、停職を食らったらどうしよう。
ああ、そういえば自分は会社を辞めて神崎理々花になるつもりだった。合同研修会も終わったし都合がいいではないか。有休が沢山残っているから、週明けから有休消費に入って辞めてやろうか。海堂の仕事が大変になろうと知ったことではない。藤原と仲よくやればいい。彼らのことなど忘れて、ぱーっと遊びに行こうか。いい機会だから叔母に会いに行くのもいい。そんな非現実なことを考えてみても、心は救われない。
ベッドに横になっても眠れなくて、リビングに戻ってレポートパッドを手にした。これから自分がどうなるか占ってみようと、シャープペンシルを手にする。だがいつもはすらすら浮かぶ数式が出てこない。こんな場合はどの数字を使ってどの計算式を解けばいいのかが分からない。仕方なく神崎流計算術の基礎の本を出して指南通りの式を使ってみるが、計算すら上手くできない。終いには電卓を使って答えを出したものの、出てきた数字が何を表わすか分からなかった。一覧表を見てそこに書いてある文字を見てみても、どう解釈すればいいのか分からない。素人も楽しめるように本は出しているが、やはり神崎流計算術にはセンスと実力と集中力がいる。今の神崎には占う資格すらない。何が三代目だ。占いに頼れなくなって、神崎の心は更に乱れる。
「そうだ、オコ」
オコのタブレットの電源を入れるのも忘れていた。思えばこの一週間、オコと話しても上の空で、彼に何を言われたのかも覚えていない。電源を入れてocotta2を起動する。慣れた起動画面が現れて、話しかけてくださいの文字が出てくるまで待つ。
「……っ」
そこでスマホが着信を告げて、びくりと身体を震わせた。海堂のお怒りメッセージだろうかと思ったが、相手は藤原だ。
『会えませんか? 話したいことがあります。職場ビルの前で待っています』
目を疑った。体調が悪いくせに何をやっているのだ。もう建物が施錠されてしまって外にいるのだろう。海堂はどうしたのだ。夜は涼しくなってきている。身体を冷やして喘息を悪化させたらどうするのだと慌てて、すぐに外に出る支度を始める。だがそこで一度手が止まった。行ってどうする。今の自分は、何も悪くない藤原を責めてしまいそうだ。その不安で一度ベッドに腰を下ろすが、結局は立ち上がって外に出る。まだ電車があるのに、乗り継ぎをして会社に向かう気になれずにタクシーを使う。夜の割増料金が痛いが仕方ない。静かで運転の上手い運転手に救われて、最短時間で職場に戻ってくる。
「藤原」
「よかった、来てくれた」
藤原はラインの言葉通り職場の敷地の前に立っていた。秋春物のコートを着て、石の塀に背を寄せている。
「よかったじゃないよ。発作はもういいのか?」
「うん。吸入したからもう平気」
彼は意外に落ち着いていた。怒ったり落ち込んだりしている様子もない。
「話したいことって?」
神崎も塀に背中を預けて聞いた。考えてみれば会いたいと言われて、何故こっちがやってきているのだろう。会いたいなら彼が来ればいいのにと思うが、世の中にはこんな人種もいる。恋愛感情に拘らず、護ってやらなければと思わせる人間。藤原はそのタイプだ。
「ごめんって謝りたくて」
子どもみたいな言い方だった。端川や派遣スタッフの前ではクールな態度でいながら、神崎の前では少し甘えた感じになる。海堂のことがなければ、自分だけに心を開いてくれていると嬉しく思ったかもしれない。いや、彼に頼られることは以前からずっと嬉しかった。彼は自分のスタンスを変えたりしない。気分によって受け取り方を変える神崎の方が勝手なのだ。
「なんの謝罪?」
「色々」
「それじゃ、謝ることにならない」
突っ込んでやれば彼がふっと笑う。綺麗な顔で笑って、それからコートの衿に顔を半分隠すようにして続ける。
「ずっと忙しくさせて、迷惑を掛けっぱなしだった。今日だけじゃなく、研修会の準備の間ずっと」
「いや、別に……」
否定して、そのあと何を言っていいか分からなかった。今日あんなことになったのは、単純に忙しかったからという訳ではない。不運が重なっただけだし、端川はともかく、神崎まで冷静さを保てなくなったのは個人的な感情だ。個人的に、藤原ではなく海堂が許せなくなっていた。
「いつも落ち着いているよね、神崎は」
ああ、そういえば自分は会社を辞めて神崎理々花になるつもりだった。合同研修会も終わったし都合がいいではないか。有休が沢山残っているから、週明けから有休消費に入って辞めてやろうか。海堂の仕事が大変になろうと知ったことではない。藤原と仲よくやればいい。彼らのことなど忘れて、ぱーっと遊びに行こうか。いい機会だから叔母に会いに行くのもいい。そんな非現実なことを考えてみても、心は救われない。
ベッドに横になっても眠れなくて、リビングに戻ってレポートパッドを手にした。これから自分がどうなるか占ってみようと、シャープペンシルを手にする。だがいつもはすらすら浮かぶ数式が出てこない。こんな場合はどの数字を使ってどの計算式を解けばいいのかが分からない。仕方なく神崎流計算術の基礎の本を出して指南通りの式を使ってみるが、計算すら上手くできない。終いには電卓を使って答えを出したものの、出てきた数字が何を表わすか分からなかった。一覧表を見てそこに書いてある文字を見てみても、どう解釈すればいいのか分からない。素人も楽しめるように本は出しているが、やはり神崎流計算術にはセンスと実力と集中力がいる。今の神崎には占う資格すらない。何が三代目だ。占いに頼れなくなって、神崎の心は更に乱れる。
「そうだ、オコ」
オコのタブレットの電源を入れるのも忘れていた。思えばこの一週間、オコと話しても上の空で、彼に何を言われたのかも覚えていない。電源を入れてocotta2を起動する。慣れた起動画面が現れて、話しかけてくださいの文字が出てくるまで待つ。
「……っ」
そこでスマホが着信を告げて、びくりと身体を震わせた。海堂のお怒りメッセージだろうかと思ったが、相手は藤原だ。
『会えませんか? 話したいことがあります。職場ビルの前で待っています』
目を疑った。体調が悪いくせに何をやっているのだ。もう建物が施錠されてしまって外にいるのだろう。海堂はどうしたのだ。夜は涼しくなってきている。身体を冷やして喘息を悪化させたらどうするのだと慌てて、すぐに外に出る支度を始める。だがそこで一度手が止まった。行ってどうする。今の自分は、何も悪くない藤原を責めてしまいそうだ。その不安で一度ベッドに腰を下ろすが、結局は立ち上がって外に出る。まだ電車があるのに、乗り継ぎをして会社に向かう気になれずにタクシーを使う。夜の割増料金が痛いが仕方ない。静かで運転の上手い運転手に救われて、最短時間で職場に戻ってくる。
「藤原」
「よかった、来てくれた」
藤原はラインの言葉通り職場の敷地の前に立っていた。秋春物のコートを着て、石の塀に背を寄せている。
「よかったじゃないよ。発作はもういいのか?」
「うん。吸入したからもう平気」
彼は意外に落ち着いていた。怒ったり落ち込んだりしている様子もない。
「話したいことって?」
神崎も塀に背中を預けて聞いた。考えてみれば会いたいと言われて、何故こっちがやってきているのだろう。会いたいなら彼が来ればいいのにと思うが、世の中にはこんな人種もいる。恋愛感情に拘らず、護ってやらなければと思わせる人間。藤原はそのタイプだ。
「ごめんって謝りたくて」
子どもみたいな言い方だった。端川や派遣スタッフの前ではクールな態度でいながら、神崎の前では少し甘えた感じになる。海堂のことがなければ、自分だけに心を開いてくれていると嬉しく思ったかもしれない。いや、彼に頼られることは以前からずっと嬉しかった。彼は自分のスタンスを変えたりしない。気分によって受け取り方を変える神崎の方が勝手なのだ。
「なんの謝罪?」
「色々」
「それじゃ、謝ることにならない」
突っ込んでやれば彼がふっと笑う。綺麗な顔で笑って、それからコートの衿に顔を半分隠すようにして続ける。
「ずっと忙しくさせて、迷惑を掛けっぱなしだった。今日だけじゃなく、研修会の準備の間ずっと」
「いや、別に……」
否定して、そのあと何を言っていいか分からなかった。今日あんなことになったのは、単純に忙しかったからという訳ではない。不運が重なっただけだし、端川はともかく、神崎まで冷静さを保てなくなったのは個人的な感情だ。個人的に、藤原ではなく海堂が許せなくなっていた。
「いつも落ち着いているよね、神崎は」