本気の恋は占術不能

 端川は一つ誤解をしている。藤原は電話連絡は完璧にやってくれた。そう訂正する気力が、神崎にはもう残っていなかった。
「藤原さんはあの自称マナー講師の傍にいただけでしょう? それで今度は片付けまで他の人間に押しつけて、逃げる気ですか?」
「大変な思いをさせてしまったことは謝る。僕の力不足。ごめん」
 立派な課長の言葉だと思う。だが今の端川には逆効果だ。端川だけではない。神崎だって、もう海堂が藤原のために謝るところなど見たくない。
「そんなに藤原さんが大事ですか?」
「とにかく藤原さんは薬が必要だから、一度連れていく。話はあとで聞くから」
 海堂が静かな表情で言う。やはり藤原優先。端川の言葉も切り捨てるつもりなのかと思えば、それなら誰が彼女の味方をするのだと、神崎にも怒りが募っていく。
「海堂さんが甘やかすから、この人は付け上がるんです!」
 声を上げる彼女に、みな何も言えなかった。端川さん落ち着こう。藤原さんが三崎先生の機嫌を取ってくれなければ、俺たちはもっと大変だったかもしれない。喘息は藤原さんが悪いんじゃない。ねぇ、さっさと片付けてご飯に行こう。占いもしてあげるから。そう言って宥めるのが正解だと分かっていた。この中で一番彼女の気持ちを鎮められるのは神崎だ。そう思うのに、いつもはできることが今はできない。
「馬鹿らしい。みんな帰ろう。片付けくらい藤原さんがやればいい」
 海堂が藤原を連れていこうとする背中に、わざとぶつけるように彼女が言った。
「神崎さんもたまには帰りましょう? 後輩も派遣もみんな馬鹿じゃない。神崎さんが裏で頑張っていること、みんな知っていますから」
 その言葉に心が負けた。海堂への想いが叶わないのは個人的なことだ。私情を仕事に持ち込んではいけない。そう分かるのに、思わせぶりな態度を取っておきながら、結局何より藤原を大切にする彼を、もう見たくないと思ってしまう。
「大丈夫。私が全部悪いことにすればいい。私、いつ辞めてもいいと思っているから」
 そう言ってペットボトルの袋を床に叩きつけて出ていく彼女に、若い社員が一人、二人と続く。若い社員だけで済まずに、残っていたメンバーがみな、ゴミ袋や掃除用具を手放してしまう。
「神崎さん、ここで帰らないといつまでも同じことの繰り返しですよ」
 現実感がないまま、ホールを出ていくメンバーを眺めていた。だが最後には、神崎も出口から聞こえてきた端川の声に頷いてしまう。
「神崎さん」
「……早く、薬を取りに戻ったらいいんじゃないですか?」
 呼び止めた海堂に嫌な言葉を返してしまった。神崎はいつでも味方だと思っていたのか、彼が驚きに目を見開く。それを見ていたくなくてすぐに端川を追う。
「ああ。すっきりした。これで今日はよく眠れる」
 そう言って腕を伸ばした彼女に力なく笑って、海堂も藤原も会場のゴミも放置して職場ビルを出てしまった。もうすっかり暗くなった道の先に、ぽつぽつと総務部メンバーの背中が見えた。
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