本気の恋は占術不能
派遣の中で最年長の彼女は滅多なことでは助けを求めないから、結構なバグなのだろう。そう思ってすぐに彼女のデスクに向かう。確かに画面が動かなくなっている。事務職が長いから軽度の不具合なら直してしまえる神崎だが、これは歯が立たなそうだ。再起動はもう試したというので、素直に降参することにする。社会人には降参も必要だ。
「これはシス管さんを呼ばないとダメかも。作業途中の仕事はある?」
「いえ。それは大丈夫です」
「じゃあ、シス管さんに来てもらって俺が立ち会いしておくから、お昼に行ってきて」
シス管ことシステム管理部は、ここから徒歩五分の独立した建物で業務をしていて、都合がつけばすぐに来てくれる。
「でもそれだと神崎さんの休憩時間が」
「俺は昼休憩なんていつでもいいから平気」
いつも簡単な弁当を持参しているから、買いに行く手間もないし食堂の混雑に怯える必要もないのだ。派遣社員は任せられる仕事が限られるから、システムが使えなければ社員以上に困ってしまう。そんな意味を籠めて言うが、気持ちの優しい土田はなかなか立ち去ろうとしない。
「どうした? バグ?」
そこにさらりと海堂が登場した。
「はい。入力システムのエラーで」
「ちょっと貸して。ああ、これならすぐ直る」
そう言うと本当にカタカタとキーボードを叩き始める。画面がいくつも切り替わって、謎の英文が出てきたかと思うと、一秒後に見慣れた画面に戻った。
「凄い!」
声を上げたのは土田ではなく神崎だ。
「お、神崎さんに褒められるなんて嬉しいな。実は前職はSEだから」
「え? 転職だったんですか?」
「そう。あまりの激務で二年で辞めてここに入った。ここでも五年くらいシス管にいたんだよ。そのあと支店配属になって今に至る」
二年遅れの入社で五年もシス管にいたのに、三四で課長は凄すぎる。それだけ支店での活躍が素晴らしかったのだろう。とにかく海堂の情報が増えるのは嬉しい。恋の成就は諦めても、恋する男のことを知れるのは嬉しいものだ。
「ということで、神崎さんも土田さんもお昼に行ってきて」
「ありがとうございます」
土田とお礼の言葉がユニゾンして笑い合う。せっかくなので二人で食べることにして、鞄ごと手にして執務室を出れば、先に出た彼女がリフレッシュルームの隅の席を確保してくれていた。
「素敵ですよね、海堂さん」
「だね」
二人で手製の弁当を広げながら素直に同意する。四十代の彼女を先頭に、二十代の岩瀬と畑中。総務部の派遣はこの三人だが、ありがたいことにみな神崎に懐いてくれている。
「この間コピー機のトナーの交換もやってくれたんですよ。役席なのにありがたかったな。昔いた職場で、コピー用紙の補充ができなくて、誰かが補充するまでずっと別の作業をして待っていた役席がいたから」
土田は社会人経験が豊富で、いつも面白い話をしてくれる。彼女自身はフラットなタイプで、悪意の混じらない淡々とした言い方をするところが好ましい。
「多分、コピー用紙の場所も分からなかったんだろうね。分からないなら誰かに聞くか頼むかすればいいのに」
「ほんとそう」
こんな風に派遣スタッフが打ち解けてくれるのも、神崎に役職がないからかもしれない。そう思えば今のポジションもそう悪くない。どうだ、オコ、参ったか。そう、奴のいない場で心で反撃してみる。
「あ、いたいた。神崎さん」
そこに岩瀬がやってきた。
「神崎さん、新しい彼との相性を占ってください」
言いながらちょっといいコーヒーのボトルを渡されて苦笑する。
「いつも言っているけど、占いならタダで見てあげるって。毎回お礼を買ってこなくていいよ」
「うーん、でもお礼をした方が精度が上がりそうだし」
取りようによっては失礼な台詞だが、岩瀬に悪意がないのは分かっている。彼女は二五歳で、恋の相手がころころ変わるいかにも若い女の子というタイプだ。だがくっつこうと別れようと元気よく仕事をするから仕事仲間としてはやりやすい。失恋しても、「今度の彼とは縁がなかっただけです」と言って、いつもと同じスピードでキーボードを打つ彼女には感心する。メンタルの安定ぶりは神崎の方が見習いたい。そんな彼女だから、微力でも恋の成就に協力してやりたといと思うのだ。
「じゃあ、彼氏さんの生年月日を書いて」
「これはシス管さんを呼ばないとダメかも。作業途中の仕事はある?」
「いえ。それは大丈夫です」
「じゃあ、シス管さんに来てもらって俺が立ち会いしておくから、お昼に行ってきて」
シス管ことシステム管理部は、ここから徒歩五分の独立した建物で業務をしていて、都合がつけばすぐに来てくれる。
「でもそれだと神崎さんの休憩時間が」
「俺は昼休憩なんていつでもいいから平気」
いつも簡単な弁当を持参しているから、買いに行く手間もないし食堂の混雑に怯える必要もないのだ。派遣社員は任せられる仕事が限られるから、システムが使えなければ社員以上に困ってしまう。そんな意味を籠めて言うが、気持ちの優しい土田はなかなか立ち去ろうとしない。
「どうした? バグ?」
そこにさらりと海堂が登場した。
「はい。入力システムのエラーで」
「ちょっと貸して。ああ、これならすぐ直る」
そう言うと本当にカタカタとキーボードを叩き始める。画面がいくつも切り替わって、謎の英文が出てきたかと思うと、一秒後に見慣れた画面に戻った。
「凄い!」
声を上げたのは土田ではなく神崎だ。
「お、神崎さんに褒められるなんて嬉しいな。実は前職はSEだから」
「え? 転職だったんですか?」
「そう。あまりの激務で二年で辞めてここに入った。ここでも五年くらいシス管にいたんだよ。そのあと支店配属になって今に至る」
二年遅れの入社で五年もシス管にいたのに、三四で課長は凄すぎる。それだけ支店での活躍が素晴らしかったのだろう。とにかく海堂の情報が増えるのは嬉しい。恋の成就は諦めても、恋する男のことを知れるのは嬉しいものだ。
「ということで、神崎さんも土田さんもお昼に行ってきて」
「ありがとうございます」
土田とお礼の言葉がユニゾンして笑い合う。せっかくなので二人で食べることにして、鞄ごと手にして執務室を出れば、先に出た彼女がリフレッシュルームの隅の席を確保してくれていた。
「素敵ですよね、海堂さん」
「だね」
二人で手製の弁当を広げながら素直に同意する。四十代の彼女を先頭に、二十代の岩瀬と畑中。総務部の派遣はこの三人だが、ありがたいことにみな神崎に懐いてくれている。
「この間コピー機のトナーの交換もやってくれたんですよ。役席なのにありがたかったな。昔いた職場で、コピー用紙の補充ができなくて、誰かが補充するまでずっと別の作業をして待っていた役席がいたから」
土田は社会人経験が豊富で、いつも面白い話をしてくれる。彼女自身はフラットなタイプで、悪意の混じらない淡々とした言い方をするところが好ましい。
「多分、コピー用紙の場所も分からなかったんだろうね。分からないなら誰かに聞くか頼むかすればいいのに」
「ほんとそう」
こんな風に派遣スタッフが打ち解けてくれるのも、神崎に役職がないからかもしれない。そう思えば今のポジションもそう悪くない。どうだ、オコ、参ったか。そう、奴のいない場で心で反撃してみる。
「あ、いたいた。神崎さん」
そこに岩瀬がやってきた。
「神崎さん、新しい彼との相性を占ってください」
言いながらちょっといいコーヒーのボトルを渡されて苦笑する。
「いつも言っているけど、占いならタダで見てあげるって。毎回お礼を買ってこなくていいよ」
「うーん、でもお礼をした方が精度が上がりそうだし」
取りようによっては失礼な台詞だが、岩瀬に悪意がないのは分かっている。彼女は二五歳で、恋の相手がころころ変わるいかにも若い女の子というタイプだ。だがくっつこうと別れようと元気よく仕事をするから仕事仲間としてはやりやすい。失恋しても、「今度の彼とは縁がなかっただけです」と言って、いつもと同じスピードでキーボードを打つ彼女には感心する。メンタルの安定ぶりは神崎の方が見習いたい。そんな彼女だから、微力でも恋の成就に協力してやりたといと思うのだ。
「じゃあ、彼氏さんの生年月日を書いて」