本気の恋は占術不能
そのやりとりで大体のことは察した。派遣が急遽休むときには、派遣元と派遣先の両方に電話を入れなければならない。だが昨日の欠勤で畑中は派遣元に連絡したあと、そこでダウンしてしまった。結局派遣元に確認をして済んだのだが、それを藤原が注意する様子を見て、端川が一言言いたくなったという訳だ。藤原を責める彼女の後ろで、当の畑中が申し訳なさそうに俯いている。多分、本人は注意を受けることに不満はなかったのだろう。
「忙しい時期だし、不要な安否確認で時間を使うのはよくないから」
「忙しい時期に何度も休んでいた人に言われたくありません。休む割に手柄だけ横取りするんですよね、藤原さんって」
「なんの話?」
「自覚がないんですか?」
静かなままの藤原に端川がヒートアップする。もしかしたら、海堂がいれば藤原を庇ってしまうから、今ここでという気持ちがあるのかもしれない。だがもちろんこのまま続けさせる訳にはいかない。ついでに、こんなことで隣の経理部の役席を呼ぶ訳にはいかない。
「悪いけど一旦やめてくれるかな。もう気の早い支店長が到着しているかもしれない。万が一見られたら、本社の社員管理の問題になってしまう」
少し大袈裟に言ってやれば、それはまずいと思うのか端川もトーンダウンする。
「畑中さん、病み上がりで出勤してくれてありがとう。次もし休むことがあれば、うちに先に電話してくれると助かるな。しんどいときは、派遣元に言っておいてくださいと言ってくれれば、俺が派遣会社に連絡することもできるから」
「はい。分かりました」
神崎の言葉に、畑中がほっとしたように頭を下げる。
「端川さんも派遣さんのためにありがとう。男は鈍感だから、彼女たちの気持ちに気づいてくれて助かった。研修会準備に行かないといけないから、端川さんも早くお昼にしちゃって。派遣さんの電話連絡については、次にコーディネーターが来たときに話してみよう。面談に端川さんが同席してもいいと思うし」
「いえ、私はただの社員ですから」
そう言って彼女も席に戻っていく。よかった。とりあえず落ち着いてくれた。さて、この件の海堂への報告はどうすればいいだろう。今は急遽シス管業務に入ることになった彼の気持ちを乱したくない。週明けでは遅いから、今日の仕事が全部終わってからにしようか。書面では重いからメールでいいだろうか。仕事が終われば解放だと思っていたのに、一つ気が重いことが増えてしまった。だが悩んでいる暇はない。
「神崎ごめん。ありがとう」
「ううん」
礼を言った藤原が、空気を読んで予定より早く二階に下りていく。今は端川の目の届くところにいない方がいいという気遣いだ。ああ、しまった。大量に買っておいたバランスバーを渡しておけばよかった。こんなとき彼は何も食べなくなるから放っておけない。そう思って彼の後を追おうとして、その前に今度は後輩社員から声を掛けられる。
「神崎さん、すみません」
「うん、どうした?」
「三崎百合香さんの件で秘書の方からお電話が入っていて。お願いしていたミネラルウォーターとは違う種類のものを用意してほしいって」
「分かった。こっちに回して」
飲みものくらいそっちで用意してくれよという本音は隠して、三崎の秘書に応じる。なんでも彼女は体調によって飲む水を変えるらしく、ここ一ヵ月同じ水を愛飲していたが、今朝突然違う水を飲みたいと言い出したという。なんとかなるでしょうか? と言われれば分かりましたと答えるしかない。講師として来てもらう側は強気に出ることができない。まして今回は貴山金属の役員が是非にと言って来てもらうことになったのだ。神崎は聞いたことのない銘柄をメモして電話を終える。
「美リヴァウォーターですか? コンビニやスーパーなんかじゃ手に入りませんよ」
さっき取り乱したのを悪いと思ったのか、端川が助言に来てくれた。
「そっか。あ、ほんと。ほとんどネットだ」
スマホで確認すれば、端川の言葉通りの結果が表示される。マナー講師様は厄介な水を所望されたものだ。
「最悪、俺の力不足でしたと言って謝るつもりだし、水が気に入らないから帰るなんて体裁が悪くて言わないと思うけど」
それでもできればゲストの不機嫌は避けたい。
「あ、ここのお店に売っている」
検索でヒットしたスーパーに声を上げる。
「高級スーパーですね。ここからじゃ車で二、三十分掛かりますよ」
「タクシーで行ってくる。予定より会場入りが遅くなるけど、他の会場メンバーに謝っておいて」
「忙しい時期だし、不要な安否確認で時間を使うのはよくないから」
「忙しい時期に何度も休んでいた人に言われたくありません。休む割に手柄だけ横取りするんですよね、藤原さんって」
「なんの話?」
「自覚がないんですか?」
静かなままの藤原に端川がヒートアップする。もしかしたら、海堂がいれば藤原を庇ってしまうから、今ここでという気持ちがあるのかもしれない。だがもちろんこのまま続けさせる訳にはいかない。ついでに、こんなことで隣の経理部の役席を呼ぶ訳にはいかない。
「悪いけど一旦やめてくれるかな。もう気の早い支店長が到着しているかもしれない。万が一見られたら、本社の社員管理の問題になってしまう」
少し大袈裟に言ってやれば、それはまずいと思うのか端川もトーンダウンする。
「畑中さん、病み上がりで出勤してくれてありがとう。次もし休むことがあれば、うちに先に電話してくれると助かるな。しんどいときは、派遣元に言っておいてくださいと言ってくれれば、俺が派遣会社に連絡することもできるから」
「はい。分かりました」
神崎の言葉に、畑中がほっとしたように頭を下げる。
「端川さんも派遣さんのためにありがとう。男は鈍感だから、彼女たちの気持ちに気づいてくれて助かった。研修会準備に行かないといけないから、端川さんも早くお昼にしちゃって。派遣さんの電話連絡については、次にコーディネーターが来たときに話してみよう。面談に端川さんが同席してもいいと思うし」
「いえ、私はただの社員ですから」
そう言って彼女も席に戻っていく。よかった。とりあえず落ち着いてくれた。さて、この件の海堂への報告はどうすればいいだろう。今は急遽シス管業務に入ることになった彼の気持ちを乱したくない。週明けでは遅いから、今日の仕事が全部終わってからにしようか。書面では重いからメールでいいだろうか。仕事が終われば解放だと思っていたのに、一つ気が重いことが増えてしまった。だが悩んでいる暇はない。
「神崎ごめん。ありがとう」
「ううん」
礼を言った藤原が、空気を読んで予定より早く二階に下りていく。今は端川の目の届くところにいない方がいいという気遣いだ。ああ、しまった。大量に買っておいたバランスバーを渡しておけばよかった。こんなとき彼は何も食べなくなるから放っておけない。そう思って彼の後を追おうとして、その前に今度は後輩社員から声を掛けられる。
「神崎さん、すみません」
「うん、どうした?」
「三崎百合香さんの件で秘書の方からお電話が入っていて。お願いしていたミネラルウォーターとは違う種類のものを用意してほしいって」
「分かった。こっちに回して」
飲みものくらいそっちで用意してくれよという本音は隠して、三崎の秘書に応じる。なんでも彼女は体調によって飲む水を変えるらしく、ここ一ヵ月同じ水を愛飲していたが、今朝突然違う水を飲みたいと言い出したという。なんとかなるでしょうか? と言われれば分かりましたと答えるしかない。講師として来てもらう側は強気に出ることができない。まして今回は貴山金属の役員が是非にと言って来てもらうことになったのだ。神崎は聞いたことのない銘柄をメモして電話を終える。
「美リヴァウォーターですか? コンビニやスーパーなんかじゃ手に入りませんよ」
さっき取り乱したのを悪いと思ったのか、端川が助言に来てくれた。
「そっか。あ、ほんと。ほとんどネットだ」
スマホで確認すれば、端川の言葉通りの結果が表示される。マナー講師様は厄介な水を所望されたものだ。
「最悪、俺の力不足でしたと言って謝るつもりだし、水が気に入らないから帰るなんて体裁が悪くて言わないと思うけど」
それでもできればゲストの不機嫌は避けたい。
「あ、ここのお店に売っている」
検索でヒットしたスーパーに声を上げる。
「高級スーパーですね。ここからじゃ車で二、三十分掛かりますよ」
「タクシーで行ってくる。予定より会場入りが遅くなるけど、他の会場メンバーに謝っておいて」