本気の恋は占術不能

 複雑な思いは隠して、海堂以外の前ではなんでもない顔で合同研修会前の週を過ごした。藤原も欠勤せず頑張っている。見るのも辛いと思いながら、彼が体調を崩さないように気遣う自分は、お人よしのフリをして性格が悪いのだろうか。「俺って性格悪いか?」と聞いてみれば、オコから『よくはない』と返ってきた。
「そうか、よくはないか」
 力なく自嘲の笑みが零れる。
『シュウ、不機嫌』
「落ち込んでいるんだよ」
『落ち込み平社員。すぐオコを消す。オコつまらない』
「それはごめんな」
 オコと言い合う元気もない神崎に、心做しか彼の悪口も控えめだ。少しだけオコと話して、すぐベッドに入ってしまう。だがよく眠れる訳でもなくて、何時間もぐるぐると考える。俺が体調を崩したら笑えない。最終的にそう思って、無理矢理目を閉じる夜が続く。
 仕事はなんとかミスなく進んでいた。海堂が上手く立ち回ってくれるお陰で、端川や派遣スタッフの藤原への態度も悪化することはない。悩んでいるのは神崎だけ。そうついネガティブなことを思ってしまう自分に、通常業務プラスアルファの忙しさはありがたかった。トラブルやイレギュラーが発生するたびに後始末を引き受けていたら、流石に藤原に心配されてしまった。疲れた? よければ仕事をいくつか代わるよ? そう言ってくれる気持ちは嬉しい。だが彼に本音を告げれば、海堂と上手くいくものも上手くいかなくなってしまう。とにかく研修会だ。合同研修会を無事に終わらせる。それだけ思って、他は思考を無にしてしまう。
「では予定通り十一時に昼休憩に入って、研修会組は昼から準備に掛かります。定時過ぎまでこっちには戻れません。社内携帯は持っていますが研修中は対応できないと思いますので、通常業務組は何かあれば経理部の役席の指示を仰いでください」
 あっという間に合同研修会の日はやってきた。ミーティングの海堂の言葉通り、午前中に通常業務を片付けて、昼から研修会に掛かりきりになる。会場のセッティングは大方済んでいるが、最終チェックをして、ぞくぞくとやってくる支店長たちを出迎えて誘導しなければならない。座席のチェックをしてパンフレットとお茶を配る。本社の役員に挨拶がしたいと言い出した者は別途案内する。要求を突っぱねられない客人相手は大変だ。
 そして更に厄介なのが、特別講師として講演予定の三崎百合香みさきゆりかというマナー講師だった。一部の役員の猛プッシュで決まったらしいが、準備する側にとっては勘弁してくれと言いたくなるほど面倒な人物だ。丁寧な出迎えはもちろん、マイクの本数からポインターの種類、照明から控室の備品まで、とにかく指示が細かい。前日まで彼女の秘書とやりとりをして、どうにか希望通りのものを全て揃えた。これだけ受け入れ側に苦労をさせておいて何がマナー講師だと思うが、思うだけで誰も口にしない総務部メンバーは優秀だ。今後三崎百合香が出ているテレビは決して観まい。彼女の我が侭に振り回された一人として、今夜帰ったら存分に自分を労おう。気が早くそんなことを考えながら、いつもより早い昼休憩に入る。
 既に一つイレギュラーが発生していた。こんな日に限って複数の支店のシステムにバグが発生して、研修会の応援に来る筈だったシス管のメンバーが営業中の支店を優先することになった。研修会のシステムは元シス管の海堂が担当することになって、彼は一足先に会場に下りている。どうやら音響装置に軽い不具合が起きてメンテナンスが必要らしい。それを海堂一人で修復するという。
 昼食は食べられただろうか。研修会が始まれば忙しさも落ち着くだろうし、簡単に食べられるものを差し入れようか。神崎が渡せば困らせてしまいそうだから、女性陣に頼もうか。そんなことを思いながら、自分もコンビニで買っておいたバランスバーを手にする。流石にここ数日は弁当を作る余裕がなかった。これならデスクで食べてしまえるから楽でいい。今はリフレッシュルームに移動するのも億劫だ。さて、食べたらさっさと二階の作業に向かおう。そう思っていたところに容赦なく次のトラブルはやってくる。
「いい加減にしてください!」
 慣れた声に顔を上げれば、藤原の席で端川が声を上げていた。端川の傍に、最年少の派遣の畑中が申し訳なさそうに立っている。ただならぬ気配を感じて、バランスバーを放って立ち上がった。
「一体どうした? これから忙しいってときに」
 藤原対端川、畑中の構図だと分かって、間に入って声を掛ける。
「この人勝手です!」
 主任をこの人と言っている時点で相当怒っている。海堂の研修で一旦落ち着いた筈なのに、一体何があったのだろう。
「自分は散々休んでおいて、畑中さんの欠勤には文句を言うんですよ。畑中さんなんて、今まで一度も休んだことがないのに」
「そういうことじゃない。ただ当日欠勤のときには、派遣元より先にうちに電話するのがルールだから」
「それだけ体調が悪かったんです。体調不良で遅刻や早退を繰り返している藤原さんなら分かるんじゃないですか?」
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