本気の恋は占術不能
良子には否定するが、叔母が神崎理々花を譲ろうとしてくれていたのは事実だった。彼女の占いで引退の数字が出た時期が、神崎が大学を卒業する時期と重なっていたのだ。
良子が言う通り性別は問題ではなかった。甥に譲ったと公言してもらって、少しずつ実績を積み上げていけばいい。無理に女性の格好をする必要もない。二代目の男性でもいいと言ってくれる依頼人を増やしていく。対面の占いで認めてもらえるまで、地道に書籍の仕事をしていこう。そう思っていたのだ。叔母もそのつもりで、大学生になってからはお遊びではなく本格的な修業も始めていた。
だが残りの学生生活と両立して占いの館に出ようとした頃、高校生の良子が不登校になった。両親がどう説得しても頑として学校に行かない。教師や友人がやってきても変わることはなく、自主退学ということになって、そこで叔母が気持ちを変えた。このままでは良子が自分が生きていくだけのお金も稼げない人間になってしまう。普通に社会に出れば、高校さえ卒業していない現実に苦しむことになる。だから神崎理々花は良子に継がせることにする。そう言われてすとんと納得した。元々卒業の年に叔母の引退の数字が出ていただけで、神崎が後継者とまでは出ていなかったのだ。それなら良子が後継者でもいい。神崎にしても、それが自然だと思うから継ごうと思っていただけで、どうしても神崎理々花になりたい訳ではなかった。可愛い妹には幸せに暮らしてほしい。幸い良子は叔母の提案を受け入れて修業に入ることになった。神崎は人よりずっと遅い就職活動になったが、それでも貴山金属に入ることができて、なんの不満もなかったのだ。
けれどもし良子が本気で辞めると言ったらどうだろう。一人の時間にそれを考えるようになった。合同研修会の準備が本格的になって仕事は忙しい。海堂とはただの上司と部下に戻ってしまった。藤原は相変わらず綺麗で仕事ができる主任だ。
仕事は好きだが最近流石に辛い。海堂と藤原を見ていたくない。一度リセットして占い師として再スタートするのはどうだろう。そう簡単でないことは百も承知だ。だが叔母も一度は神崎に譲ろうとしてくれた。就職してからもずっと占いの勉強は続けてきた。三代目神崎理々花になることに問題はないのではないか。良子は神崎が養っていけばいい。まずは彼女が帰ってきてからだが、滞在が長引いていることを思えば辞める方向で話が進んでいるのだろう。
「三代目神崎理々花か……」
朝の郵便物をエレベーターで運びながら呟いてしまう。週明けは一時間も早く出社して、意地になって郵便物を全て一人で運んでしまった。郵便受けの中に『今日はもう運び終えてしまいました』と書いた付箋でも残そうかと思ったが、却って嫌味に見えそうでやめた。別に海堂を傷つけたい訳ではない。いつもののように二人で荷物運びをしようとやってきた海堂が、空の郵便受けを見てどう思うかは考えないことにした。執務室に出勤してきた彼に気づかないフリで仕事を始めてしまえば、彼の方から何か言われることもない。
もういい。半端に神崎に気を遣わないで、あなたは藤原のことだけ考えていればいい。その気持ちが通じたのか、翌週の朝の郵便受けに彼が現れることはなかった。流石に遠慮ではなく拒絶だと分かったのだろう。これでいい。元々週明けの荷物運びは神崎の仕事だ。惚れた男と二人きりで早出をしてコーヒーを奢ってもらうなんて、そんな幸せは幻だ。幻はいつか消える。
執務室でも必要最小限の会話しかしなくなった神崎に、彼が問い質すようなこともなかった。元々それほど興味もなかったのだろう。どうせ海堂は藤原とくっつくのだ。そのときのダメージを抑えられて却ってよかった。そう思うのに、一人では持ちきれない郵便物を二往復して運んでいれば、一人のエレベーターで泣きそうになる。
合同研修会が終わったら本気で退職を考えよう。
そう思うことで、目の前の仕事に向かう気力を保った。
良子が言う通り性別は問題ではなかった。甥に譲ったと公言してもらって、少しずつ実績を積み上げていけばいい。無理に女性の格好をする必要もない。二代目の男性でもいいと言ってくれる依頼人を増やしていく。対面の占いで認めてもらえるまで、地道に書籍の仕事をしていこう。そう思っていたのだ。叔母もそのつもりで、大学生になってからはお遊びではなく本格的な修業も始めていた。
だが残りの学生生活と両立して占いの館に出ようとした頃、高校生の良子が不登校になった。両親がどう説得しても頑として学校に行かない。教師や友人がやってきても変わることはなく、自主退学ということになって、そこで叔母が気持ちを変えた。このままでは良子が自分が生きていくだけのお金も稼げない人間になってしまう。普通に社会に出れば、高校さえ卒業していない現実に苦しむことになる。だから神崎理々花は良子に継がせることにする。そう言われてすとんと納得した。元々卒業の年に叔母の引退の数字が出ていただけで、神崎が後継者とまでは出ていなかったのだ。それなら良子が後継者でもいい。神崎にしても、それが自然だと思うから継ごうと思っていただけで、どうしても神崎理々花になりたい訳ではなかった。可愛い妹には幸せに暮らしてほしい。幸い良子は叔母の提案を受け入れて修業に入ることになった。神崎は人よりずっと遅い就職活動になったが、それでも貴山金属に入ることができて、なんの不満もなかったのだ。
けれどもし良子が本気で辞めると言ったらどうだろう。一人の時間にそれを考えるようになった。合同研修会の準備が本格的になって仕事は忙しい。海堂とはただの上司と部下に戻ってしまった。藤原は相変わらず綺麗で仕事ができる主任だ。
仕事は好きだが最近流石に辛い。海堂と藤原を見ていたくない。一度リセットして占い師として再スタートするのはどうだろう。そう簡単でないことは百も承知だ。だが叔母も一度は神崎に譲ろうとしてくれた。就職してからもずっと占いの勉強は続けてきた。三代目神崎理々花になることに問題はないのではないか。良子は神崎が養っていけばいい。まずは彼女が帰ってきてからだが、滞在が長引いていることを思えば辞める方向で話が進んでいるのだろう。
「三代目神崎理々花か……」
朝の郵便物をエレベーターで運びながら呟いてしまう。週明けは一時間も早く出社して、意地になって郵便物を全て一人で運んでしまった。郵便受けの中に『今日はもう運び終えてしまいました』と書いた付箋でも残そうかと思ったが、却って嫌味に見えそうでやめた。別に海堂を傷つけたい訳ではない。いつもののように二人で荷物運びをしようとやってきた海堂が、空の郵便受けを見てどう思うかは考えないことにした。執務室に出勤してきた彼に気づかないフリで仕事を始めてしまえば、彼の方から何か言われることもない。
もういい。半端に神崎に気を遣わないで、あなたは藤原のことだけ考えていればいい。その気持ちが通じたのか、翌週の朝の郵便受けに彼が現れることはなかった。流石に遠慮ではなく拒絶だと分かったのだろう。これでいい。元々週明けの荷物運びは神崎の仕事だ。惚れた男と二人きりで早出をしてコーヒーを奢ってもらうなんて、そんな幸せは幻だ。幻はいつか消える。
執務室でも必要最小限の会話しかしなくなった神崎に、彼が問い質すようなこともなかった。元々それほど興味もなかったのだろう。どうせ海堂は藤原とくっつくのだ。そのときのダメージを抑えられて却ってよかった。そう思うのに、一人では持ちきれない郵便物を二往復して運んでいれば、一人のエレベーターで泣きそうになる。
合同研修会が終わったら本気で退職を考えよう。
そう思うことで、目の前の仕事に向かう気力を保った。