本気の恋は占術不能

「どういたしまして」
 二人に戻ったところで彼らしい言葉が返ってくる。何事もなかったかのようにロボットを見つめている。その横顔から目が離せない。気持ちが読めない。だが神崎が感じているものは間違いではないと、その思いが強くなる。
「そろそろ帰ろうか」
 ロボットの周りを一周したところで彼が言った。
「はい。楽しい場所に連れてきてくれてありがとうございました」
「なんだかお別れみたいな言い方をするけど、これから一緒にご飯に行くよ。今日は予約しないで来たから、車で走って、よさそうなお店を見つけて入ってみよう」
 彼の言葉に、まだ神崎と別れたくないという思いが隠れている気がするのは自惚れだろうか。今日の占い結果は『誤解』。だが占いを超えた結果になることもあっていいのではないか。
 もし、彼が少しでも神崎に興味を持ち始めたと言ってくれたら。お試しでもなんでも、神崎と二人でいたいと思ってくれるのなら。そのときは気持ちを伝えてみようか。神崎は前から好きだったと。ずっと気持ちを隠さなければと思ってきたが、考えてみれば海堂は恋愛否定派ではない。自分が積極的になってみてもいいのではないか。ただの部下でいいと思ってきたのに、この数時間で前向きになった自分を不思議に思う。だが悪い気分ではない。もしかしたら、これまで自分を抑えすぎていたのかもしれない。思い巡らせながら、また彼と並んで出口に向かう。
「ありがとうございました。よろしければどうぞ」
 出入り口で、さっきはいなかったスタッフがチラシを配り始めていた。
「秋からのイベントなんです。ロボットが並んで歌を歌う企画で」
 説明しながら目の前に差し出されてつい受け取ってしまう。
「歌か。凄いね。機械が音程を合わせて音を出すって、ちょっと興味があるかも。どこまで人間の声に近いものになるかって」
 敷地を駐車場まで歩きながら、海堂がまた彼らしい興味を示す。
「癒しの曲って書いてありますよ。何曲か歌ってくれるんでしょうね。小さいロボットが並んでいるだけでもう楽しそう」
「ほんと。今度快晴が落ち込んだら連れてこようかな」
 そこで足が止まった。この数時間ずっと楽しかったことも、積極的になってみようかと思ったことも、その台詞に散らされる。
「神崎さん?」
 動かなくなった神崎に、振り向いた彼が声を掛けてくれる。それでも取り繕うことができなかった。ここでなんでもないと言えば、またこの関係が続いていくのだろうか。神崎は海堂が好きで、海堂は藤原が好き。海堂の第一優先は藤原で、神崎は彼が藤原を護るのに協力する。気持ちを隠して。いつ藤原が海堂を受け入れるかに怯えながら。そんなのもう沢山だ。
「神崎さん? 体調でも悪くなった?」
「いえ」
 神崎は生まれてからずっと健康体だ。体調不良を理由に好きな男に甘えることなどできない。
「すみません。用事を思い出したので帰ります」
「え? じゃあ、車で戻ろう? 都合のいい場所まで送るから」
「いえ。バスと電車で帰りたい気分なので」
「神崎さん?」
「じゃあ、また月曜に職場で」
 これくらいの我が侭は許されていいと思った。困惑する海堂の顔を見ずに、よく道も分からないまま車道に向かって走っていく。バスで帰りたいと言っておきながら、目についたタクシーを止めて乗り込んだ。
「すみません。S駅まで」
「S駅? 結構な金額になるよ」
 人のよさそうな運転手が助言してくれるが、お金がどうこう言っている場合ではなかった。彼に見られている気がして、とにかく一刻も早くこの場を離れたいと思う。
「カードで払いますので、とにかく出してください」
 近くの駅まで行って、そこから電車で帰るような気力は残っていなかった。わくわくした気持ち。新しい服。みな馬鹿馬鹿しくなって、座席に背を預けて、窓の外のどうでもいい景色を眺める。
「快晴が落ち込んだら、か」
 なんだと思った。なんだ、結局藤原の下見じゃないか。惨めな自分に泣きたくなる。
「なるほど、誤解、ね」
 運転手がミラー越しに目を向けるのに気づきながら、呟かずにいられなかった。自分を好きになってくれたのかと思った。だがとんでもない誤解だった。彼は結局藤原が好きなのだ。神崎で下見をして、藤原と完璧なデートでもするのだろう。勝手に盛り上がって馬鹿みたいだ。
 ああ、やはり自分の占いはよく当たる。つまらない建売住宅を眺めながらそう思った。
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