本気の恋は占術不能
『シュウ、浮かれ……』
アプリを落として、例えどれだけ電車が遅延しようと遅刻しない時間に家を出てしまう。
あまり早いと気持ちがバレそうな気がして、駅ビルで時間を潰して十分前に待ち合わせ場所に向かった。駅の裏側。表と違って古いビルが並ぶ細い道が続いて、目印のオブジェがある訳でもない。待ち合わせには適さない場所のような気がするが、という疑問の答えはすぐに明かされた。
「神崎さん発見。そのまま通りに向かって歩いてきて」
駅の裏に到着してすぐに鳴り出した電話に出てみれば、慣れた声がそう告げた。
「通り?」
背中側には駅の建物だから、今見ている方向に歩けばいいのだろう。
「そうそう。もう少し」
どこかで神崎を見ているのだろうか? そう思って視線を遣った先に見つける。
「神崎さん、こっち」
「海堂さん」
彼が歩道に寄せて止めた車から顔を出して手を振っていた。コンパクトカーの高級車で色はメタリックブルー。まさか車で来るとは思わないから、足を止めてまじまじと眺めてしまう。
「神崎さん、早く」
「あ、すみません」
手招きされて慌てて駆けていけば、彼が助手席側のドアを開けてくれた。躊躇いもなくその席に乗せてくれるのが嬉しい。だが素直に喜べば色々とバレてしまうから、感情表現の調整が難しい。
「表側は車を止められないからこっちに回ったんだ。ごめんね。分かりにくかったでしょう?」
「いえ。でも電車だとばかり思っていたので驚きました」
「ラボが割と不便な場所にあるみたいだから。それに、神崎さんの前でいい格好をしてみたくて」
器用に車を回して大通りに向かいながら、彼がそんなことを言う。嬉しいが神崎が自惚れてしまうような発言は控えてほしい。でないと何を口走ってしまうか分からない。冷静に。自分はただの部下。そう心で繰り返して平静を保つ。
「心配しなくても海堂さんはいつも格好いいですよ」
「それは嬉しい。神崎さんの言葉だから特に」
苦労して社交辞令に聞こえるように言ったのに、彼からは更に惑わすような言葉が返ってきた。今日の占いで出てきたのは誤解を表わす数字。ああ、このことだったのかと思う。それならミッションクリアだ。あとの時間はただ海堂との時間を楽しめばいい。恋人になれるかもしれないなんて自惚れたりしない。
「運転上手いんですね」
街を抜けて高いビルが少なくなってきたところで零れた。神崎も運転は好きだが、維持費を理由に車を持っていないから、ここ数年はほぼ電車とタクシー移動だ。そんな神崎にも彼の運転の上手さは分かった。不必要に揺れることがないし、なんというか操作の一つ一つに余裕がある。ついでに言うと、この車は多分五百万以上する。そんな高額なものをぽんと買ってしまえるところに、彼の揺るぎない自信を見た気がする。
「ありがとう。車がなくても問題ないと思っていたんだけど、夜中のトラブルとか急病とか、あった方がいいなって思うことが続いて買ったんだ。メカが好きってのもあるしね。どうせならいいものを買おうと思って」
夜中の急病。それは藤原かなと考えてしまうのはもう仕方がない。別に二人の関係がどうだろうと関係ない。神崎は普通の部下より少し仲のいい関係でいられれば充分。欲を出して今の心地いい関係を崩すような真似はしない。とは思うが、やはりどうしてもダメージは受けてしまう。
「あ、そうだ。忘れないうちに」
だが落ちた気持ちはすぐに回復した。
「これ、神崎さんにあげようと思って」
信号待ちの間に手渡されたのは、紙袋で包装された紅茶のティーバッグだ。紙袋の裏にtea shop kazitsuと書かれている。神崎も名前だけは知っている紅茶専門店だ。
「藤原さんへの不穏な空気をなくすために、まずは僕が派遣さんたちと打ち解けようと思って。色々話しているうちに流行のお茶屋さんの話になってね。凄くリラックス効果のあるお茶があるって聞いたから、妹さんにどうかなって思って」
「良子に?」
彼が神崎の妹のことまで考えてくれたことに驚いた。驚きのあとに感激する。単にスタッフとの話のネタで寄ったのかもしれないが、そこで神崎を思い出してくれたことが嬉しい。
「ありがとうございます。良子が日本に戻ってきたら渡します」
「今海外にいるの?」
アプリを落として、例えどれだけ電車が遅延しようと遅刻しない時間に家を出てしまう。
あまり早いと気持ちがバレそうな気がして、駅ビルで時間を潰して十分前に待ち合わせ場所に向かった。駅の裏側。表と違って古いビルが並ぶ細い道が続いて、目印のオブジェがある訳でもない。待ち合わせには適さない場所のような気がするが、という疑問の答えはすぐに明かされた。
「神崎さん発見。そのまま通りに向かって歩いてきて」
駅の裏に到着してすぐに鳴り出した電話に出てみれば、慣れた声がそう告げた。
「通り?」
背中側には駅の建物だから、今見ている方向に歩けばいいのだろう。
「そうそう。もう少し」
どこかで神崎を見ているのだろうか? そう思って視線を遣った先に見つける。
「神崎さん、こっち」
「海堂さん」
彼が歩道に寄せて止めた車から顔を出して手を振っていた。コンパクトカーの高級車で色はメタリックブルー。まさか車で来るとは思わないから、足を止めてまじまじと眺めてしまう。
「神崎さん、早く」
「あ、すみません」
手招きされて慌てて駆けていけば、彼が助手席側のドアを開けてくれた。躊躇いもなくその席に乗せてくれるのが嬉しい。だが素直に喜べば色々とバレてしまうから、感情表現の調整が難しい。
「表側は車を止められないからこっちに回ったんだ。ごめんね。分かりにくかったでしょう?」
「いえ。でも電車だとばかり思っていたので驚きました」
「ラボが割と不便な場所にあるみたいだから。それに、神崎さんの前でいい格好をしてみたくて」
器用に車を回して大通りに向かいながら、彼がそんなことを言う。嬉しいが神崎が自惚れてしまうような発言は控えてほしい。でないと何を口走ってしまうか分からない。冷静に。自分はただの部下。そう心で繰り返して平静を保つ。
「心配しなくても海堂さんはいつも格好いいですよ」
「それは嬉しい。神崎さんの言葉だから特に」
苦労して社交辞令に聞こえるように言ったのに、彼からは更に惑わすような言葉が返ってきた。今日の占いで出てきたのは誤解を表わす数字。ああ、このことだったのかと思う。それならミッションクリアだ。あとの時間はただ海堂との時間を楽しめばいい。恋人になれるかもしれないなんて自惚れたりしない。
「運転上手いんですね」
街を抜けて高いビルが少なくなってきたところで零れた。神崎も運転は好きだが、維持費を理由に車を持っていないから、ここ数年はほぼ電車とタクシー移動だ。そんな神崎にも彼の運転の上手さは分かった。不必要に揺れることがないし、なんというか操作の一つ一つに余裕がある。ついでに言うと、この車は多分五百万以上する。そんな高額なものをぽんと買ってしまえるところに、彼の揺るぎない自信を見た気がする。
「ありがとう。車がなくても問題ないと思っていたんだけど、夜中のトラブルとか急病とか、あった方がいいなって思うことが続いて買ったんだ。メカが好きってのもあるしね。どうせならいいものを買おうと思って」
夜中の急病。それは藤原かなと考えてしまうのはもう仕方がない。別に二人の関係がどうだろうと関係ない。神崎は普通の部下より少し仲のいい関係でいられれば充分。欲を出して今の心地いい関係を崩すような真似はしない。とは思うが、やはりどうしてもダメージは受けてしまう。
「あ、そうだ。忘れないうちに」
だが落ちた気持ちはすぐに回復した。
「これ、神崎さんにあげようと思って」
信号待ちの間に手渡されたのは、紙袋で包装された紅茶のティーバッグだ。紙袋の裏にtea shop kazitsuと書かれている。神崎も名前だけは知っている紅茶専門店だ。
「藤原さんへの不穏な空気をなくすために、まずは僕が派遣さんたちと打ち解けようと思って。色々話しているうちに流行のお茶屋さんの話になってね。凄くリラックス効果のあるお茶があるって聞いたから、妹さんにどうかなって思って」
「良子に?」
彼が神崎の妹のことまで考えてくれたことに驚いた。驚きのあとに感激する。単にスタッフとの話のネタで寄ったのかもしれないが、そこで神崎を思い出してくれたことが嬉しい。
「ありがとうございます。良子が日本に戻ってきたら渡します」
「今海外にいるの?」