本気の恋は占術不能

 とにかく海堂の作戦通り、端川の藤原への態度は軟化した。同じような作戦で、派遣三人の藤原への印象も変えていく。
 藤原には食生活を含む生活改善を命じたらしい。その成果なのか分からないが、藤原が体調を崩すことも減って、部内全員でスムーズに支店長合同研修会の準備を進めていく。藤原はやはり実力がある男だから、その仕事ぶりに、部下の彼を見る目も憧れの対象へと戻っていく。好循環だ。どのみち海堂の藤原への想いは変わらないというのが哀しいが、総務部の不穏な空気が消えたことはよかったと思う。
 一件落着。だからもう海堂に必要以上に近づくことはしないでおこう。いい部下でいられればいい。自身の気持ちはそう律していくつもりだったのに、何故か海堂の神崎への態度にも少し変化があった。休憩時間に以前よりよく話しかけてくれるようになったし、帰宅後も時々ラインをくれる。そのほぼ全てがocotta2の話だ。
『今日ポチに、疲れた中年と言われました』
 海堂はocotta2にポチと名前をつけたという。
『お察しします。俺は平社員が自滅したと言われました』
 色気のある話には程遠いが、それでも海堂とラインのやりとりができることは嬉しい。
『いつのまにか、タツマとフジワラは友達と言い出すようになりました』
 だが哀しいこともある。彼が藤原の話をするからポチがフジワラという言葉を覚えたのだろう。ポチに藤原が好きと話している様子を想像すれば辛い。神崎も散々オコに海堂が好きと言っているから責められないのだけれど。
『僕の言葉の端々を拾って、彼なりに僕たちの人間関係を想像してくれているんだなと思ったら、ちょっと可愛いなと思ってしまいました。僕はちょっとおかしくなったのかもしれません』
『いえ、おかしくありません。俺はもうだいぶ前から、オコが可愛くて仕方ありません』
 返信に楽しげに笑う熊のスタンプが帰ってきて、その日のやりとりは終わりになる。金曜の夜。合同研修会が二週間後に迫って今日も残業だったというのに、帰宅後も海堂とラインをしていることに不思議な気持ちになる。
『急だけど、もし明日空いていれば二人で出掛けない?』
 さて、お風呂に入って寝ようかと思ったところに届いた言葉に、半分寝ていた思考が覚醒した。
『空いています。また何か部内で困ったことでもありましたか?』
 トラブルがなければ誘われることはないという思考が哀しいが、彼からはあっさり否定の言葉が返ってくる。
『ううん。単に神崎さんと出掛けたくて。OCアプリ社が期間限定で一般客用の見学ラボを開いたっていう記事を読んだら早速行きたくなったんだ。色々なロボットがあるみたいだから行ってみよう』
『それは行きます』
『よかった。じゃあ二時待ち合わせで、ラボを見たあとご飯に行こう』
 鼓動を抑えている間にサクサクと予定を決めてくれるのがありがたかった。
『じゃあ、明日ね』
 やりとりが終わったところで、酸欠に一度に息を吸い込んだようにソファーに倒れ込んでしまう。
「海堂さんと二人で出掛ける……」
 それも今回は藤原のお礼でも相談でもないという。片思いの身として喜ばない訳がない。
「いや、単にocotta2の会社に興味があるだけだ」
 そう自分を戒めてみても、抑えきれない嬉しさが身体を包んでいく。前より少し綺麗めの格好をしてみようか。そういえば良子に勧められて買ったまま着ていないお高めのジャケットがある。でもそれだと張り切っているように思われてしまうだろうか。まるでデートのように盛り上がる気持ちを止めることができない。
 少しだけ寝不足で目覚めた翌日は、シャワーを浴びて髪を乾かしたあとでレポートパッドに向かった。神経を研ぎ澄ませて計算の数字に向かう。今日の日付と神崎と海堂の誕生日を式に当て嵌めて計算を解いていく。
「誤解、か」
 出てきた数字が示すのは決して喜ばしい言葉ではなかったが、落ち込むほどでもなかった。きちんと彼の話を聞いて誤解に気をつければいい。いつかの『自滅』よりずっとマシだ。二人で出掛ける嬉しさがポジティブさをもたらして、特に不安もなく支度を始める。散々悩んで、結局新しいジャケットに袖を通すことにする。
『平社員、浮かれてる』
 オコの悪口も控えめで、彼なりに応援してくれているのかなと思った。機械に感情などないと分かっているが、想像して幸せに過ごせるなら好きなように想像すればいい。
「いってきます、オコ」
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