本気の恋は占術不能
忙しい合間を縫って、海堂は藤原と端川たちの関係改善に動いてくれた。面と向かって伝えれば却って拗れる。そう分かっているから、部内でコンプラ研修を企画して、自然な形で藤原と端川を同じ回に参加させる。諭すようなことはせず、面白い研修DVDを観せて同じ空間で笑ってもらうことから始める。三十分の研修から戻ってきた藤原と端川が、DVDの感想を言い合っていて驚いた。席に戻りながら端川が「酷いDVDだったね」と同意を求め、藤原が「あんなの観たことない」と頷く。たった三十分で二人の関係を少し改善してしまったDVDとはどんなものか、神崎も興味が湧いてしまう。
「一応上に許可を取った正式な部内研修だから。神崎さんも対象だよ」
そう言われて、メールで送られてきたスケジュール通り小会議室に向かった。
「……俺一人か?」
各回四、五人ずつの研修だった筈だが、神崎だけあぶれてしまったのだろうか。それならそれで一人で集中して観ることができる。そう思ったところに、少し遅れて海堂が入ってくる。
「ごめんね、待たせて。じゃあ、観ようか」
仕事の合間に研修を企画して報告書も上げなければならないのに、まったく苦ではないという雰囲気が流石だなと思った。せめて研修の本当の目的を知っている自分は、彼の負担を減らしてやりたい。
「海堂さん、全部の回で一緒にDVDを観てもう飽きたでしょう? 俺一人で観ますから、業務に戻っても大丈夫ですよ。ちゃんと感想も提出しますし」
気遣いのつもりだったのに、彼が何故か哀しげに眉を寄せる。
「酷いな。そんなに僕といるのが嫌?」
「……え?」
「せっかく二人きりになれたのに、そんな言われ方をすると落ち込んでしまう」
「えっと」
これも研修の一環なのだろうか。コンプラ研修なら飽きるほど受けてきたが、神崎がまだ知らない世界もあるのだろうか。コの字型に並べられたテーブルに椅子が十脚以上あるのに、何故か彼が隣に座るから、思わず立ち上がってしまう。
「とりあえずDVDを流しますね」
動揺しながら、なんとかリモコンの操作をしてDVDを頭から再生する。『職場のコンプライアンス~ある部長の場合~』というタイトルが流れたところで、とりあえず席に戻った。向かいの席に逃げるのはあからさますぎるから、海堂から一つ席を空けて座り直す。それには特に何も言われなかったので、ほっとして画面に集中するフリをする。
『これはA商事に勤めるB部長の数ヵ月間です。このストーリーを見て、B部長の行動のどこがいけなかったのかを書き出してみてください。またB部長のような上司を見かけた場合、自分ならどう行動するかも併せて考えてみましょう』
いかにもなナレーションのあとでドラマ仕立ての映像が流れ始める。初めはすぐ傍にいる海堂の気配に気が逸れていたが、一分もしないうちに映像に気持ちを持っていかれた。
ドラマの主人公のB部長がとにかく酷い。パワハラ、セクハラ、フキハラ、アルハラなんでもありの人間を、小太りの役者が絶妙に演じていて、まるで現実を見ているように夢中になってしまう。研修DVDにありがちな堅苦しさは一切なく、いっそ清々しいほど非常識な彼が、私利私欲のための不正で会社を一つ潰してしまうというストーリーだ。この手の研修映像で会社が潰れるなんてオチは観たことがない。B部長は警察に捕まり、元部下たちが事情聴取を受けるのだが、その部下たちの話しぶりがまた酷い。そこに『部下たちには日々こう思われているのです』という冷静なナレーションがつくから、もう笑うしかない。これは研修DVDではなくコメディだ。そう思って、耐えきれず声を上げて笑ってしまった。ちらりと隣を窺ってみるが、何度も観ているだけあって流石に海堂は綺麗な顔を保ったままだ。
「こんなDVDをどこで手に入れたんですか?」
まだ映像の途中だというのに思わず聞いてしまった。
「企業秘密」
冷静に返されるが、その目元や口元が笑っている。きっと神崎の降参を待っていたのだ。
刑務所から出たB部長が前向きに就職先を探すという、謎の希望を持たせてドラマは終わった。
「なるほど。同じ部屋でこれを観せられれば険悪ムードも落ち着くという訳ですね」
ナレーションがハラスメントの定義を説明し出したところで言えば、彼も頷いてくれる。
「いいチョイスでしょう? 目的はハラスメント研修じゃなく、部内の人間関係改善だからね」
「一応上に許可を取った正式な部内研修だから。神崎さんも対象だよ」
そう言われて、メールで送られてきたスケジュール通り小会議室に向かった。
「……俺一人か?」
各回四、五人ずつの研修だった筈だが、神崎だけあぶれてしまったのだろうか。それならそれで一人で集中して観ることができる。そう思ったところに、少し遅れて海堂が入ってくる。
「ごめんね、待たせて。じゃあ、観ようか」
仕事の合間に研修を企画して報告書も上げなければならないのに、まったく苦ではないという雰囲気が流石だなと思った。せめて研修の本当の目的を知っている自分は、彼の負担を減らしてやりたい。
「海堂さん、全部の回で一緒にDVDを観てもう飽きたでしょう? 俺一人で観ますから、業務に戻っても大丈夫ですよ。ちゃんと感想も提出しますし」
気遣いのつもりだったのに、彼が何故か哀しげに眉を寄せる。
「酷いな。そんなに僕といるのが嫌?」
「……え?」
「せっかく二人きりになれたのに、そんな言われ方をすると落ち込んでしまう」
「えっと」
これも研修の一環なのだろうか。コンプラ研修なら飽きるほど受けてきたが、神崎がまだ知らない世界もあるのだろうか。コの字型に並べられたテーブルに椅子が十脚以上あるのに、何故か彼が隣に座るから、思わず立ち上がってしまう。
「とりあえずDVDを流しますね」
動揺しながら、なんとかリモコンの操作をしてDVDを頭から再生する。『職場のコンプライアンス~ある部長の場合~』というタイトルが流れたところで、とりあえず席に戻った。向かいの席に逃げるのはあからさますぎるから、海堂から一つ席を空けて座り直す。それには特に何も言われなかったので、ほっとして画面に集中するフリをする。
『これはA商事に勤めるB部長の数ヵ月間です。このストーリーを見て、B部長の行動のどこがいけなかったのかを書き出してみてください。またB部長のような上司を見かけた場合、自分ならどう行動するかも併せて考えてみましょう』
いかにもなナレーションのあとでドラマ仕立ての映像が流れ始める。初めはすぐ傍にいる海堂の気配に気が逸れていたが、一分もしないうちに映像に気持ちを持っていかれた。
ドラマの主人公のB部長がとにかく酷い。パワハラ、セクハラ、フキハラ、アルハラなんでもありの人間を、小太りの役者が絶妙に演じていて、まるで現実を見ているように夢中になってしまう。研修DVDにありがちな堅苦しさは一切なく、いっそ清々しいほど非常識な彼が、私利私欲のための不正で会社を一つ潰してしまうというストーリーだ。この手の研修映像で会社が潰れるなんてオチは観たことがない。B部長は警察に捕まり、元部下たちが事情聴取を受けるのだが、その部下たちの話しぶりがまた酷い。そこに『部下たちには日々こう思われているのです』という冷静なナレーションがつくから、もう笑うしかない。これは研修DVDではなくコメディだ。そう思って、耐えきれず声を上げて笑ってしまった。ちらりと隣を窺ってみるが、何度も観ているだけあって流石に海堂は綺麗な顔を保ったままだ。
「こんなDVDをどこで手に入れたんですか?」
まだ映像の途中だというのに思わず聞いてしまった。
「企業秘密」
冷静に返されるが、その目元や口元が笑っている。きっと神崎の降参を待っていたのだ。
刑務所から出たB部長が前向きに就職先を探すという、謎の希望を持たせてドラマは終わった。
「なるほど。同じ部屋でこれを観せられれば険悪ムードも落ち着くという訳ですね」
ナレーションがハラスメントの定義を説明し出したところで言えば、彼も頷いてくれる。
「いいチョイスでしょう? 目的はハラスメント研修じゃなく、部内の人間関係改善だからね」