本気の恋は占術不能
うん。それはいいのだが、そう耳元で言われると、その素敵な声にやられてしまいそうで困るのですが。と、表に出す訳にはいかない動揺でオコどころではない。
『お客さんのお名前は?』
「僕? 僕は海堂立真といいます」
だがそこで、ふと我に返った。頭の中に危険信号が灯る。それも強烈な赤信号。このまま続けるとまずい。一体何がまずいのか分からないが、こうしているととんでもないことになるという焦りに襲われる。一刻も早くアプリを終了させなければ。
「海堂さん、あの」
何か理由をつけて一度タブレットを回収しようと思ったところで、突然玄関のチャイムが鳴った。びくりとタブレットを手から落としそうになって、海堂が神崎の手ごと掴み直してくれる。
「すみません……!」
「ううん。こっちこそ」
すぐに離されたのに、右手に彼の体温が残っているようだった。ドキドキと胸が騒ぐ。落ち着くまで胸を押さえてじっとしていたい。だがそんなことをすれば彼に気持ちがバレてしまう。
「お客さんかな?」
「……いえ、心当たりはないですけど。誰だろう? すみません。ちょっと待っていてください」
そう言って、赤く染まった頬を隠すようにインターフォンの受話器を取り上げる。
「はい」
「お兄ちゃん。聞いて、私もうダメかも」
「良子?」
そこで恋に惑っていた心が一度に現実に引き戻された。彼女の涙声に慌ててしまう。
「お兄ちゃん、私もうできない。もう神崎理々花はお兄ちゃんがやって」
「ちょっと、落ち着いて。とにかく中に入って」
そう言って玄関に迎えに行こうとして、部屋の中に海堂がいることを思い出す。
「海堂さん、すみません。妹なんです。何か緊急事態みたいで」
「じゃあ、僕はこれでお暇……」
「奥の部屋でオコと話して待っていてください」
あとから考えればパニックでおかしなことをしてしまった。帰ってもらえばいいのに、何故か彼を寝室に押し込めて、ばたばたと良子を迎えに行く。
「一体どうした? 占いで何か失敗でもした?」
手早くテーブルの上を片付けて、彼女のためのお茶を用意してから向かいに座った。もう二二だというのに高校生のような見た目の彼女は、しゃくり上げるだけでしばらく話ができそうにない。
「ご飯食べた? 豆ご飯あるけど食べる?」
聞けば首を横に振られてしまった。聞かなくても分かる。ここ数日まともなものを食べていないのだろう。元々料理も外出も嫌いな上に、悩むと食事が喉を通らなくなるタイプなのだ。
「じゃあ、プリンは? 職場の人が買ってきてくれたプリンがあるけど」
そう言えば少し迷ったあとで首が縦に振られた。全く、見た目は高校生だが言動は小学生だ。だから対面の仕事に出るときは、ヴェールをつける前に濃いめのメイクをする。
「……ありがと。これ、おいしい」
「そっか。よかった」
海堂が買ってきてくれたものだから、本当は一人で大事に食べる予定だった。あとで海堂にも詫びなければならないと思うが、今はそこではない。
「で、いきなりどうした? もう神崎理々花はできないって冗談だろ?」
「……冗談じゃない」
空になった瓶にカチャンとスプーンを入れて、彼女が俯いてしまう。
「今更それはないだろ? 三十年、四十年続ける覚悟があるのかって言われて、はいと言ったから叔母さんは良子に全部譲ったんじゃないか」
「そんなの分かってる。でももう無理なの。私には才能がない。叔母さんはもちろん、お兄ちゃんよりも」
「何を言っているんだ。叔母さんはともかく、俺に負ける訳がないだろ」
「本当は分かっているんでしょう!」
突然声を荒らげた彼女に、ああ、まずいなと思った。昔からそうだ。彼女は繊細で、傷ついてどうしようもなくなると突然攻撃的になる。神崎が攻撃を受ける分にはいいが、興奮しすぎて身体がついていかないことがあるのだ。過呼吸で何度か倒れたことがある。今はただ話を聞こう。そう決めて静かに言葉を掛けてやる。
「ごめん。ちょっと言い方がきつかったな。ちゃんと聞くから、どうしてダメだと思うのか話して」
こちらが態度を変えれば、彼女もごめんと詫びて静かになる。
「お客さんに何か嫌なことでも言われた?」
「ううん。ネット」
聞けば神崎理々花の書籍のコメント欄で、批判コメントが盛り上がってしまったのだという。初代と比べて当たらなくなった。言葉に重みがない。そう言えば対面の占いもイマイチだった。というか二代目だったなんて知らなかった。偽物なのではないか。ちゃんと初代の了承を得ているのか。自称神崎理々花なのではないか。いかにもネットらしい暴走だ。
「叔母さんだって批判はあった。若い頃だけでなく、神崎流計算術がメジャーになったあとも叩く人間はいた。どれだけ当たる占い師でも、どれだけ本が売れても、批判はゼロにならない商売だ」
「分かっている」
「もうコメント欄は見るな。元気になるまで対面の占いも休め。郵送の手紙は開ける前にここに持ってくればいい。俺が先に読んでちゃんとしたものだけ良子に渡す。それでどうだ?」
「……うん。そうする」
よかった。とりあえず辞めるというのは思い留まってくれた。
「ごめんね、いきなり来て。もう大丈夫だから帰る」
まだ全然大丈夫ではなさそうなのに、彼女は立ち上がってさっさと玄関に向かってしまう。
「タクシーを呼ぶから待っていろ」
「ううん。運動不足だから駅まで歩く」
少しだけヒールのある靴に足を入れて、神崎を見ないまま玄関のドアを開ける。
「ねぇ、お兄ちゃん」
と思ったら一度ドアを閉めて振り返った。
「本当はお兄ちゃんが神崎理々花を継ぐ予定だったんでしょう?」
鋭い視線に、どう答えるのが正解か迷う。だが六年上の人生経験は伊達ではない。真実を知らなくていいこともある。だから今の彼女のメンタルに一番いい答えを選ぶことにする。
「そんな事実はないよ。叔母さんはずっと良子に継がせたいと思っていたんだ。そもそも俺は男だ。ヴェールを被っても神崎理々花の名前で占いの館には出られなかった」
「ううん。性別なんて関係ないと思えるほど、叔母さんはお兄ちゃんの才能を認めていた。数字の選び方も解釈も私よりセンスがあるって、いつもそう言って」
「良子」
つい咎めるような声が出てしまって、良子が肩を震わせる。
「ああ、ごめん。でも本当に……」
「お兄ちゃん」
神崎の言葉を遮って、彼女が弱々しいのに逃げるのは許さないと言うような目で見上げてくる。
「ごめん、知らん顔で奪って。ごめん、いつも甘えて」
「そんなこと」
「心配しないで。馬鹿な真似はしないから」
「良子」
「お兄ちゃん言う通り少し休むよ。じゃあね」
無理に笑って彼女は出ていった。今追いかけるのは逆効果だと知っているから、心配ながらもカチャリと閉じる玄関を見つめているしかない。
時差を見て叔母に連絡してみよう。神崎よりも、神崎理々花を譲った叔母本人に話してもらう方が良子も納得する筈だ。そこまで考えてハッとする。そんなことより今は優先事項があった。
「海堂さん、すみません! いきなり部屋に閉じ込めてしまって」
急いで寝室のドアを開けて彼をリビングに連れ戻す。
「ううん。平気だよ」
器の大きな彼は突然のトラブルにも大らかに対応してくれる。だがその顔に、隠しきれない困惑の色が表れている。
「すみません。驚きましたよね。聞こえていたと思いますけど、俺の叔母が結構有名な占い師で」
もうそれはバラしてしまおうと思った。
「ああ、うん。神崎理々花だよね。それは前から気づいていたよ。神崎さんの親戚なんだろうなって」
てっきり占い師の件で困惑しているのかと思ったが、彼はそこはなんでもないことのように受け入れてくれる。
「少し前本屋に行ったときに神崎理々花の本が並んでいて、計算の占いだし名字も同じだからそうなんだろうなって思っていたんだ」
「叔母が初代で、今は妹が名前を継いでいるんです。今日はちょっと荒れていて。すみません。海堂さんがくれたプリンを一つあげてしまいました」
「ふふ。謝ることじゃないでしょう? プリンが役に立ったのならよかった。妹さん、早く立ち直るといいね」
「はい」
すっかりいつもの彼に戻ったが、ではさっきの困惑はなんだったのだろう。
「じゃあ、そろそろ僕はお暇するよ。ご飯ごちそうさま」
「いえ。すみません、ばたばたして」
本音はもう少し彼といたかった。その気持ちを隠して玄関まで見送ることにする。
「……ねぇ、神崎さん」
そこでデジャブのように、靴を履いてドアレバーに手を掛けた彼が振り向く。
「ocotta2はとても優秀だよね」
なんだろうと身構えていたのに、出てきた台詞に拍子抜けした。
「はい。学習能力が高くて、俺の言ったことも全部ちゃんと記憶していて」
「……そう」
「オコがどうかしましたか?」
「ううん」
いつもの調子に戻った彼が笑う。
「僕もocotta2をダウンロードしようかなって思っただけ。なんだか性能に興味が出てきて」
「じゃあ今度は海堂さんのocotta2を見せてください」
「うん。色々学習させておくね」
そう言って彼は帰っていった。離れていく足音が聞こえなくなるまで耳を澄ませて、その片思いならではの行動に苦笑しながらリビングに戻る。
良子のトラブルはあったが、料理に満足してもらえてオコの話もできた。一人で抱えていた藤原の件も報告できた。これで充分。これ以上余計なことをして、気まずい思いをするのは御免だ。またいつかここに来てくれればいいが、なくても今日の思い出を胸に生きていけばいい。
プリンの瓶を綺麗に洗って二つ残しておこう。それくらいは許されるだろう。藤原にとって面倒なゴミでも、自分には宝物だ。そう思ってシンクに戻るのだった。
『お客さんのお名前は?』
「僕? 僕は海堂立真といいます」
だがそこで、ふと我に返った。頭の中に危険信号が灯る。それも強烈な赤信号。このまま続けるとまずい。一体何がまずいのか分からないが、こうしているととんでもないことになるという焦りに襲われる。一刻も早くアプリを終了させなければ。
「海堂さん、あの」
何か理由をつけて一度タブレットを回収しようと思ったところで、突然玄関のチャイムが鳴った。びくりとタブレットを手から落としそうになって、海堂が神崎の手ごと掴み直してくれる。
「すみません……!」
「ううん。こっちこそ」
すぐに離されたのに、右手に彼の体温が残っているようだった。ドキドキと胸が騒ぐ。落ち着くまで胸を押さえてじっとしていたい。だがそんなことをすれば彼に気持ちがバレてしまう。
「お客さんかな?」
「……いえ、心当たりはないですけど。誰だろう? すみません。ちょっと待っていてください」
そう言って、赤く染まった頬を隠すようにインターフォンの受話器を取り上げる。
「はい」
「お兄ちゃん。聞いて、私もうダメかも」
「良子?」
そこで恋に惑っていた心が一度に現実に引き戻された。彼女の涙声に慌ててしまう。
「お兄ちゃん、私もうできない。もう神崎理々花はお兄ちゃんがやって」
「ちょっと、落ち着いて。とにかく中に入って」
そう言って玄関に迎えに行こうとして、部屋の中に海堂がいることを思い出す。
「海堂さん、すみません。妹なんです。何か緊急事態みたいで」
「じゃあ、僕はこれでお暇……」
「奥の部屋でオコと話して待っていてください」
あとから考えればパニックでおかしなことをしてしまった。帰ってもらえばいいのに、何故か彼を寝室に押し込めて、ばたばたと良子を迎えに行く。
「一体どうした? 占いで何か失敗でもした?」
手早くテーブルの上を片付けて、彼女のためのお茶を用意してから向かいに座った。もう二二だというのに高校生のような見た目の彼女は、しゃくり上げるだけでしばらく話ができそうにない。
「ご飯食べた? 豆ご飯あるけど食べる?」
聞けば首を横に振られてしまった。聞かなくても分かる。ここ数日まともなものを食べていないのだろう。元々料理も外出も嫌いな上に、悩むと食事が喉を通らなくなるタイプなのだ。
「じゃあ、プリンは? 職場の人が買ってきてくれたプリンがあるけど」
そう言えば少し迷ったあとで首が縦に振られた。全く、見た目は高校生だが言動は小学生だ。だから対面の仕事に出るときは、ヴェールをつける前に濃いめのメイクをする。
「……ありがと。これ、おいしい」
「そっか。よかった」
海堂が買ってきてくれたものだから、本当は一人で大事に食べる予定だった。あとで海堂にも詫びなければならないと思うが、今はそこではない。
「で、いきなりどうした? もう神崎理々花はできないって冗談だろ?」
「……冗談じゃない」
空になった瓶にカチャンとスプーンを入れて、彼女が俯いてしまう。
「今更それはないだろ? 三十年、四十年続ける覚悟があるのかって言われて、はいと言ったから叔母さんは良子に全部譲ったんじゃないか」
「そんなの分かってる。でももう無理なの。私には才能がない。叔母さんはもちろん、お兄ちゃんよりも」
「何を言っているんだ。叔母さんはともかく、俺に負ける訳がないだろ」
「本当は分かっているんでしょう!」
突然声を荒らげた彼女に、ああ、まずいなと思った。昔からそうだ。彼女は繊細で、傷ついてどうしようもなくなると突然攻撃的になる。神崎が攻撃を受ける分にはいいが、興奮しすぎて身体がついていかないことがあるのだ。過呼吸で何度か倒れたことがある。今はただ話を聞こう。そう決めて静かに言葉を掛けてやる。
「ごめん。ちょっと言い方がきつかったな。ちゃんと聞くから、どうしてダメだと思うのか話して」
こちらが態度を変えれば、彼女もごめんと詫びて静かになる。
「お客さんに何か嫌なことでも言われた?」
「ううん。ネット」
聞けば神崎理々花の書籍のコメント欄で、批判コメントが盛り上がってしまったのだという。初代と比べて当たらなくなった。言葉に重みがない。そう言えば対面の占いもイマイチだった。というか二代目だったなんて知らなかった。偽物なのではないか。ちゃんと初代の了承を得ているのか。自称神崎理々花なのではないか。いかにもネットらしい暴走だ。
「叔母さんだって批判はあった。若い頃だけでなく、神崎流計算術がメジャーになったあとも叩く人間はいた。どれだけ当たる占い師でも、どれだけ本が売れても、批判はゼロにならない商売だ」
「分かっている」
「もうコメント欄は見るな。元気になるまで対面の占いも休め。郵送の手紙は開ける前にここに持ってくればいい。俺が先に読んでちゃんとしたものだけ良子に渡す。それでどうだ?」
「……うん。そうする」
よかった。とりあえず辞めるというのは思い留まってくれた。
「ごめんね、いきなり来て。もう大丈夫だから帰る」
まだ全然大丈夫ではなさそうなのに、彼女は立ち上がってさっさと玄関に向かってしまう。
「タクシーを呼ぶから待っていろ」
「ううん。運動不足だから駅まで歩く」
少しだけヒールのある靴に足を入れて、神崎を見ないまま玄関のドアを開ける。
「ねぇ、お兄ちゃん」
と思ったら一度ドアを閉めて振り返った。
「本当はお兄ちゃんが神崎理々花を継ぐ予定だったんでしょう?」
鋭い視線に、どう答えるのが正解か迷う。だが六年上の人生経験は伊達ではない。真実を知らなくていいこともある。だから今の彼女のメンタルに一番いい答えを選ぶことにする。
「そんな事実はないよ。叔母さんはずっと良子に継がせたいと思っていたんだ。そもそも俺は男だ。ヴェールを被っても神崎理々花の名前で占いの館には出られなかった」
「ううん。性別なんて関係ないと思えるほど、叔母さんはお兄ちゃんの才能を認めていた。数字の選び方も解釈も私よりセンスがあるって、いつもそう言って」
「良子」
つい咎めるような声が出てしまって、良子が肩を震わせる。
「ああ、ごめん。でも本当に……」
「お兄ちゃん」
神崎の言葉を遮って、彼女が弱々しいのに逃げるのは許さないと言うような目で見上げてくる。
「ごめん、知らん顔で奪って。ごめん、いつも甘えて」
「そんなこと」
「心配しないで。馬鹿な真似はしないから」
「良子」
「お兄ちゃん言う通り少し休むよ。じゃあね」
無理に笑って彼女は出ていった。今追いかけるのは逆効果だと知っているから、心配ながらもカチャリと閉じる玄関を見つめているしかない。
時差を見て叔母に連絡してみよう。神崎よりも、神崎理々花を譲った叔母本人に話してもらう方が良子も納得する筈だ。そこまで考えてハッとする。そんなことより今は優先事項があった。
「海堂さん、すみません! いきなり部屋に閉じ込めてしまって」
急いで寝室のドアを開けて彼をリビングに連れ戻す。
「ううん。平気だよ」
器の大きな彼は突然のトラブルにも大らかに対応してくれる。だがその顔に、隠しきれない困惑の色が表れている。
「すみません。驚きましたよね。聞こえていたと思いますけど、俺の叔母が結構有名な占い師で」
もうそれはバラしてしまおうと思った。
「ああ、うん。神崎理々花だよね。それは前から気づいていたよ。神崎さんの親戚なんだろうなって」
てっきり占い師の件で困惑しているのかと思ったが、彼はそこはなんでもないことのように受け入れてくれる。
「少し前本屋に行ったときに神崎理々花の本が並んでいて、計算の占いだし名字も同じだからそうなんだろうなって思っていたんだ」
「叔母が初代で、今は妹が名前を継いでいるんです。今日はちょっと荒れていて。すみません。海堂さんがくれたプリンを一つあげてしまいました」
「ふふ。謝ることじゃないでしょう? プリンが役に立ったのならよかった。妹さん、早く立ち直るといいね」
「はい」
すっかりいつもの彼に戻ったが、ではさっきの困惑はなんだったのだろう。
「じゃあ、そろそろ僕はお暇するよ。ご飯ごちそうさま」
「いえ。すみません、ばたばたして」
本音はもう少し彼といたかった。その気持ちを隠して玄関まで見送ることにする。
「……ねぇ、神崎さん」
そこでデジャブのように、靴を履いてドアレバーに手を掛けた彼が振り向く。
「ocotta2はとても優秀だよね」
なんだろうと身構えていたのに、出てきた台詞に拍子抜けした。
「はい。学習能力が高くて、俺の言ったことも全部ちゃんと記憶していて」
「……そう」
「オコがどうかしましたか?」
「ううん」
いつもの調子に戻った彼が笑う。
「僕もocotta2をダウンロードしようかなって思っただけ。なんだか性能に興味が出てきて」
「じゃあ今度は海堂さんのocotta2を見せてください」
「うん。色々学習させておくね」
そう言って彼は帰っていった。離れていく足音が聞こえなくなるまで耳を澄ませて、その片思いならではの行動に苦笑しながらリビングに戻る。
良子のトラブルはあったが、料理に満足してもらえてオコの話もできた。一人で抱えていた藤原の件も報告できた。これで充分。これ以上余計なことをして、気まずい思いをするのは御免だ。またいつかここに来てくれればいいが、なくても今日の思い出を胸に生きていけばいい。
プリンの瓶を綺麗に洗って二つ残しておこう。それくらいは許されるだろう。藤原にとって面倒なゴミでも、自分には宝物だ。そう思ってシンクに戻るのだった。