本気の恋は占術不能
「嫌じゃないですけど、突然どうしたんですか?」
何か珍しい食材でも入っているのだろうかとラベルを見るが、特別珍しいものは入っていない。
「今思い出した。以前このプリンをあげて怒られたことがあったなって」
「どうして?」
「瓶入りプリンなんて、食べたあと瓶を洗って資源ゴミに出さないといけないし、蓋なんてアルミでしょうって。俺の近所はアルミの回収は月二回なのに、それまで部屋にゴミを置いておかないといけなくなるって」
そこまで聞けば誰に言われたか分かってしまう。
「藤原さんですね」
「そう。よく分かったね」
「彼は周りに無駄なものを置いておくのが嫌いだから」
ここに来るために少しいい店で買ってきてくれた。そう喜んでいた自分が空しくなった。いつか藤原にも買っていったプリン。何故それを神崎にも買っていこうと思うのだろう。いや、今の話からすると忘れていたのだ。それでも、以前からプリンを買って会いに行くような関係なのかと思えば、卵の部分より先に口に入れたカラメルがやたらと苦い。
「俺は嬉しいですよ」
これくらいは言ってもいいだろうと思った。
「瓶の水洗いなんて一分も掛かりませんし、金属ゴミだってゴミの日を待てばいいだけですから」
「神崎さんはきちんとしているね」
「きちんとしていても、なかなか上手くいかないことばかりですけど。とにかくこのプリンはおいしいです」
上手くいかない恋を本人に愚痴ろうとしていることに気づいて、慌てて軌道修正した。今日は感情が行ったり来たりでいけない。この辺りでいつもの自分を取り戻そう。最後まで食べてみれば、甘めの卵に苦いカラメルがマッチしておいしいプリンだ。海堂と藤原のプライベートを連想するのはやめよう。
「あと二つは俺の夜食にしますね」
「うん、ぜひ」
そう言って微笑んだ彼に不意討ちで心を奪われた。整った顔立ちだけでなく、仕事ができて思慮深い彼を、本音はやはり欲しいと思う。取り戻した冷静さなど脆く崩れる。傍にいて神崎のことだけを考えてくれないだろうか。そう普段抑えている気持ちが溢れそうになる。
「それで藤原さんのことなんだけど」
彼が表情を正したところで一瞬のときめきは終わった。溢れそうな想いも一度に引っ込む。ここからは仕事の話、というより海堂が藤原を護るための話。それが本来の目的なのだから仕方がない。
「端川さんや派遣さんの間で、藤原さんによくない感情があるみたいなんだけど、何か知っている?」
快晴ではなく藤原と呼んだことに少し救われた。
「端川さん本人が話してくれました」
海堂が察しているのなら隠す必要はないと思って、彼女の話をそのまま告げる。
「役員室の椅子の件、まだ引き摺っていたみたいなんです。翌日藤原さんが役員に褒められたとき、形だけでも端川さんたちのお陰だよと言いに来てくれれば、少しは違ったかもしれないんですけど」
「うん。彼は自分が褒められることに興味がないから、部下にもそれでいいと思っているんだよね」
興味がないというより、褒められることが当たり前の人生だったのだろう。容姿も仕事も育ってきた環境も、彼は多くのものを持っている。それが海堂の気持ちも引いたのだから人生は不公平だと思う。
「やっぱり日頃からの関係性は大事だから、彼にももう少し部下の気持ちを汲み取る力を持ってほしいところだね。喘息で遅刻や早退が続けば嫌でも不満は募っていくし。でも体調不良を押して出勤はしてほしくないし」
喘息は彼が悪い訳ではないから気の毒だと思う。有休の範囲内で休んでいることもみな知っている。だが社会人の感情は複雑なのだ。有休は社員の権利で、どんな理由でいつ休もうと自由。表向きはそう言われているが、実際の現場ではそうも言っていられない。閑散期に数ヵ月前から予告していた長期休暇を取るのならみな快く送り出す。だが繁忙期の当欠が続けば愚痴の一つも言いたくなる。それが主任なら尚更だ。
「それで、派遣さんたちはなんて言っているって?」
聞かれて迷ったが、結局それも端川の言葉をそのまま伝えることにした。
何か珍しい食材でも入っているのだろうかとラベルを見るが、特別珍しいものは入っていない。
「今思い出した。以前このプリンをあげて怒られたことがあったなって」
「どうして?」
「瓶入りプリンなんて、食べたあと瓶を洗って資源ゴミに出さないといけないし、蓋なんてアルミでしょうって。俺の近所はアルミの回収は月二回なのに、それまで部屋にゴミを置いておかないといけなくなるって」
そこまで聞けば誰に言われたか分かってしまう。
「藤原さんですね」
「そう。よく分かったね」
「彼は周りに無駄なものを置いておくのが嫌いだから」
ここに来るために少しいい店で買ってきてくれた。そう喜んでいた自分が空しくなった。いつか藤原にも買っていったプリン。何故それを神崎にも買っていこうと思うのだろう。いや、今の話からすると忘れていたのだ。それでも、以前からプリンを買って会いに行くような関係なのかと思えば、卵の部分より先に口に入れたカラメルがやたらと苦い。
「俺は嬉しいですよ」
これくらいは言ってもいいだろうと思った。
「瓶の水洗いなんて一分も掛かりませんし、金属ゴミだってゴミの日を待てばいいだけですから」
「神崎さんはきちんとしているね」
「きちんとしていても、なかなか上手くいかないことばかりですけど。とにかくこのプリンはおいしいです」
上手くいかない恋を本人に愚痴ろうとしていることに気づいて、慌てて軌道修正した。今日は感情が行ったり来たりでいけない。この辺りでいつもの自分を取り戻そう。最後まで食べてみれば、甘めの卵に苦いカラメルがマッチしておいしいプリンだ。海堂と藤原のプライベートを連想するのはやめよう。
「あと二つは俺の夜食にしますね」
「うん、ぜひ」
そう言って微笑んだ彼に不意討ちで心を奪われた。整った顔立ちだけでなく、仕事ができて思慮深い彼を、本音はやはり欲しいと思う。取り戻した冷静さなど脆く崩れる。傍にいて神崎のことだけを考えてくれないだろうか。そう普段抑えている気持ちが溢れそうになる。
「それで藤原さんのことなんだけど」
彼が表情を正したところで一瞬のときめきは終わった。溢れそうな想いも一度に引っ込む。ここからは仕事の話、というより海堂が藤原を護るための話。それが本来の目的なのだから仕方がない。
「端川さんや派遣さんの間で、藤原さんによくない感情があるみたいなんだけど、何か知っている?」
快晴ではなく藤原と呼んだことに少し救われた。
「端川さん本人が話してくれました」
海堂が察しているのなら隠す必要はないと思って、彼女の話をそのまま告げる。
「役員室の椅子の件、まだ引き摺っていたみたいなんです。翌日藤原さんが役員に褒められたとき、形だけでも端川さんたちのお陰だよと言いに来てくれれば、少しは違ったかもしれないんですけど」
「うん。彼は自分が褒められることに興味がないから、部下にもそれでいいと思っているんだよね」
興味がないというより、褒められることが当たり前の人生だったのだろう。容姿も仕事も育ってきた環境も、彼は多くのものを持っている。それが海堂の気持ちも引いたのだから人生は不公平だと思う。
「やっぱり日頃からの関係性は大事だから、彼にももう少し部下の気持ちを汲み取る力を持ってほしいところだね。喘息で遅刻や早退が続けば嫌でも不満は募っていくし。でも体調不良を押して出勤はしてほしくないし」
喘息は彼が悪い訳ではないから気の毒だと思う。有休の範囲内で休んでいることもみな知っている。だが社会人の感情は複雑なのだ。有休は社員の権利で、どんな理由でいつ休もうと自由。表向きはそう言われているが、実際の現場ではそうも言っていられない。閑散期に数ヵ月前から予告していた長期休暇を取るのならみな快く送り出す。だが繁忙期の当欠が続けば愚痴の一つも言いたくなる。それが主任なら尚更だ。
「それで、派遣さんたちはなんて言っているって?」
聞かれて迷ったが、結局それも端川の言葉をそのまま伝えることにした。