本気の恋は占術不能

 冷めてもおいしいアスパラの炒めものを作ってしまって、それから鯖の調理に戻った。単身用マンションにグリルなどついていないから、フライパンで焼いていく。コツを掴めばこれで充分おいしい。焼き上がったところで時計を見れば一時少し前で、用意しておいた味噌汁に火を入れる。あとは海堂の到着を待つだけだと思ったところで、タイミングよくインターフォンが鳴った。一階だからインターフォンより先にドアを開けて応じてしまう。
「海堂さん、ようこそ。どうぞ入ってください」
「こんにちは。お言葉に甘えて来てしまいました。これお土産」
 差し出されたのは有名洋菓子店の瓶詰プリンだ。
「ありがとうございます。こんな、気を遣わなくてよかったのに」
「まぁ、せっかくだから」
 さらりと返す彼は、いつもよりラフな感じで髪を上げていた。無地のTシャツにシンプルなジャケットという姿だが、シンプルさが逆に彼のスタイルを引き立てる。こっちは料理をするうちに暑くなってスタンドカラーのシャツに着替えていたから、少し部屋着感が強かったかなと後悔する。もちろん、彼はそんなことを気にしていないと分かっている。
「テーブルにどうぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
 短い廊下を抜けて、キッチンスペースと一間になったリビングに案内した。一目で一人暮らし用と分かる正方形のテーブルには、既にプレースマットの上に箸置きが用意してある。記念にこれくらいはいいだろうと、彼用の箸と箸置きだけは買ってしまったのだ。自分のものと色違い。今日が済んだら大事にしまっておこうと思っている。
「誘っておいて普通のご飯で申し訳ないんですけど」
「ううん。普通が嬉しい。凄い。おいしそう」
 オコのアドバイスで決めた献立に彼は喜んでくれた。鯖の塩焼きに豆ご飯にお味噌汁。アスパラと豚肉の炒めものの小鉢に、スーパーで目を引かれて買ってしまったラズベリーの小皿。我ながら上手くできた料理を前に手を合わせれば、ふっと目を細めた彼も同じように手を合わせる。しまった。この間のカフェでも後悔したことをまたやってしまった。普通の大人は、知人と食事をする前に手を合わせたりしないのだろう。おかしなやつだと思われていたらどうしよう。今日も片思いの思考は忙しい。
「おいしい。ほんとに料理上手なんだね」
 メインの鯖に箸をつけた彼に言われて漸く緊張が解けた。不味いのではないかと悩むような料理歴ではないが、お菓子と違って三度の食事には人それぞれ好みというものがある。どうやら海堂には気に入ってもらえたらしい。ほっとして、自分もアスパラの小鉢に箸を伸ばす。
「ラズベリーなんて僕は自宅じゃ食べないよ。神崎さんはお洒落だね」
「俺も普段は食べませんよ。今日は特別……安かったので」
 口が滑りそうになって、慌てて色気のない理由をでっち上げた。少しでもメニューを華やかにしたかったという本音は明かしてはいけない。意識して見ればラズベリーが恋心の象徴のように見えてくる。違う。断じてそんな意図はない。ラズベリーで気持ちを匂わせて彼に意識してもらおうなどと思っていない。少なくとも、把握できる意識の中では。
「お味噌汁もおいしい。神崎さんの料理が食べられる人は幸せなんだろうね」
 優しい微笑みで言われて、意図を掴むのに少し時間が掛かった。それはつまり、万が一でも俺に恋されると困るから、誰か別の男とくっついてくれという意味だろうか。いや、海堂はそんなことを思う人間ではない。
「……妹は幸せだと言ってくれます」
「そっか、妹さんか」
 恋人はいませんのでと、言ってみようか迷ってやめた。さっきのも思い過ごしだ。海堂は神崎のプライベートになど興味はない。普段料理を振る舞うような恋人がいようがいまいがどうでもいい。だってあなたは料理ができる神崎より、食べることすら適当な藤原が好きなのだろう。そう言ってやれば、いつも冷静な彼も流石に驚くだろうか。
「ほんとおいしい。きちんとした料理って、栄養が身体に沁み込んでいく感じ」
 卑屈になりかけた思考も、彼のそんな言葉が散らしてくれた。彼が料理を褒めてくれた。自分はこれで充分幸せだと、いつもの自分に戻ることができる。
「お茶を淹れますからプリンも食べましょう。プリンだからコーヒーの方がいいですかね」
「うん。神崎さんが好きな方で」
 簡単に片づけをして、彼のプリンを挟んでまた向き合った。食事中は嫌な話はしないという気遣いだったのだろう。ここから本題に入る。心して藤原の話を聞いてやろうじゃないか。そう思ったのに、プリンを食べ始めた彼がスプーンを止めて意外なことを言い出す。
「ごめん。このプリン嫌だったかな?」
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