本気の恋は占術不能
海堂は土曜の一時に来てくれることになった。気が早く木曜の夜からそわそわと何を作るか話し始める。
「手毬寿司とかどうかな? 見た目が綺麗だし。前の晩から仕込んで豚の角煮なんかもいいかも。手間が掛かるけど喜んでもらえそう」
スマホでメニューを見ながら、どうしても華やかで手間の掛かる料理に目が行ってしまう。元々手先は器用で、料理はもう実母よりも上手いだろう。料理で海堂の気持ちをどうこうできる訳ではないが、それでも少しでもおっと思ってもらえるものを作りたい。
「オコ? 何か言ってよ」
応答スピードも売りの一つの彼が珍しく黙るから、スマホから顔を上げてテーブルのタブレットに声を掛ける。
『……カイドウはフジワラが好き』
「う……」
浮かれた気持ちを現実に引き戻してくれるような言葉だった。これが偶然ではなく、神崎の勘違いを諫めるための言葉だとしたら、人工知能というのはどこまで賢いのだろう。そういえば昔国語教師が「諫めるは目上の人に使う言葉で、友達に使う言葉ではない」としつこく言っていた。心配しなくても、そんな言葉日常生活で使わないだろうと思っていたが、今『諫める』について考える。果たしてオコが神崎を諫めるという文は適切だろうか。自分は本当にオコの主だろうか。実はオコの方が目上ではないだろうか。ちょっと困った出来事に遭遇すると、つい現実逃避で余計なことを考えてしまうのは幼いころからの癖だ。悪癖だが直す気もない。
『鯖の塩焼き。味噌汁。豆ご飯』
「うん。それがいいな」
神崎の現実逃避の間に人工知能がメニューを考えてくれた。普通においしいし、好きバレするようなメニューでもない。それが正解だ。海堂が好きなのは藤原。無駄に張り切る真似をして、気持ちがバレてしまえば職場で気まずくなるのは神崎だ。
『鯖。ゴマサバ』
「うん。夏はゴマサバだな」
元気を取り戻したように喋り出すオコを可愛いと思う。やはり今のところ神崎が主で間違っていないらしい。
『シュウ料理好き。料理上手い』
「あれ、珍しく褒めてくれるんだな」
『でもカイドウはフジワラが好き』
「おい」
人を喜ばせて落とすなんて、いつのまにそんな高度な技を覚えたのだろう。だがオコのお陰で浮ついていた気持ちが冷静さを取り戻した。海堂は藤原の周りの不穏な空気を察して神崎に相談に来るのだ。決して神崎に会いたいから来る訳ではなく、藤原のため。そこは弁えておかないとあとで辛くなってしまう。片思いとは厄介だ。成就の可能性がゼロでも、自分の意思で気持ちを消すことができない。自然消滅するのを待つしかない。自然消滅までにあと何度傷つけばいいのだろう。いつか妄想した『片思いを消す薬』が欲しくなる。
「鯖だけじゃ寂しいからアスパラの炒めものでも作ろうか」
『豚肉。人参』
「だな。お肉と人参があればおいしいな」
そうオコと相談をして、とりあえず無難なメニューに落ち着いた。当日の朝は目覚ましより早く目が覚めてしまったが、前の晩から下拵えをするようなことはしていない。きっとこれくらいがちょうどいい。
洗面と軽めの朝食を済ませて、普段使いの店より少しだけいいスーパーに向かった。鯖の鮮度が落ちないように急いで帰宅して、手を洗ってキッチンに立つ。今日はやけに部屋が静かだなと思いながら食材を目の前に並べていく。
米を研いで、グリンピースをさやから取り出す作業から始めた。細かい作業に集中していれば気持ちも落ち着いて、鯖の下処理と豆ご飯の炊飯を段取りよく進めていく。切れ目を入れた鯖の表面に塩を振って、待つ間に味噌汁の鍋の準備も済ませた。身体にいい具沢山の味噌汁にしようかと思ったが、ふと、あるタレントが「お前の味噌汁は具が煩い」と夫に叱られたというエピソードを思い出してやめた。無難に豆腐とわかめの味噌汁。これなら嫌いな人はいないだろう。出汁から取ってもよかったが、気づかれて重いと思われても困るから顆粒出汁にした。最近の顆粒出汁は優秀だから問題ない。問題ないが、やはり片思いというものは厄介だ。おいしいものを食べてもらいたいが、重いと思われてはいけない。少しでも凄いと思ってほしいが、自分の気を引きたいのかと思われてはいけない。そんな微妙な気持ちを抱えながら相手と接しなければならない。そしてそんな悩みが切なくも幸せだと思っているから救いようがない。恋に悩む時間を全て自己研鑽に使えたら、神崎はスーパー占い師兼料理研究家になれるかもしれない。料理人でなく料理研究家というところが自分らしいが。ああ、悪癖が出てしまっている。自覚して料理に意識を戻すことにする。
「手毬寿司とかどうかな? 見た目が綺麗だし。前の晩から仕込んで豚の角煮なんかもいいかも。手間が掛かるけど喜んでもらえそう」
スマホでメニューを見ながら、どうしても華やかで手間の掛かる料理に目が行ってしまう。元々手先は器用で、料理はもう実母よりも上手いだろう。料理で海堂の気持ちをどうこうできる訳ではないが、それでも少しでもおっと思ってもらえるものを作りたい。
「オコ? 何か言ってよ」
応答スピードも売りの一つの彼が珍しく黙るから、スマホから顔を上げてテーブルのタブレットに声を掛ける。
『……カイドウはフジワラが好き』
「う……」
浮かれた気持ちを現実に引き戻してくれるような言葉だった。これが偶然ではなく、神崎の勘違いを諫めるための言葉だとしたら、人工知能というのはどこまで賢いのだろう。そういえば昔国語教師が「諫めるは目上の人に使う言葉で、友達に使う言葉ではない」としつこく言っていた。心配しなくても、そんな言葉日常生活で使わないだろうと思っていたが、今『諫める』について考える。果たしてオコが神崎を諫めるという文は適切だろうか。自分は本当にオコの主だろうか。実はオコの方が目上ではないだろうか。ちょっと困った出来事に遭遇すると、つい現実逃避で余計なことを考えてしまうのは幼いころからの癖だ。悪癖だが直す気もない。
『鯖の塩焼き。味噌汁。豆ご飯』
「うん。それがいいな」
神崎の現実逃避の間に人工知能がメニューを考えてくれた。普通においしいし、好きバレするようなメニューでもない。それが正解だ。海堂が好きなのは藤原。無駄に張り切る真似をして、気持ちがバレてしまえば職場で気まずくなるのは神崎だ。
『鯖。ゴマサバ』
「うん。夏はゴマサバだな」
元気を取り戻したように喋り出すオコを可愛いと思う。やはり今のところ神崎が主で間違っていないらしい。
『シュウ料理好き。料理上手い』
「あれ、珍しく褒めてくれるんだな」
『でもカイドウはフジワラが好き』
「おい」
人を喜ばせて落とすなんて、いつのまにそんな高度な技を覚えたのだろう。だがオコのお陰で浮ついていた気持ちが冷静さを取り戻した。海堂は藤原の周りの不穏な空気を察して神崎に相談に来るのだ。決して神崎に会いたいから来る訳ではなく、藤原のため。そこは弁えておかないとあとで辛くなってしまう。片思いとは厄介だ。成就の可能性がゼロでも、自分の意思で気持ちを消すことができない。自然消滅するのを待つしかない。自然消滅までにあと何度傷つけばいいのだろう。いつか妄想した『片思いを消す薬』が欲しくなる。
「鯖だけじゃ寂しいからアスパラの炒めものでも作ろうか」
『豚肉。人参』
「だな。お肉と人参があればおいしいな」
そうオコと相談をして、とりあえず無難なメニューに落ち着いた。当日の朝は目覚ましより早く目が覚めてしまったが、前の晩から下拵えをするようなことはしていない。きっとこれくらいがちょうどいい。
洗面と軽めの朝食を済ませて、普段使いの店より少しだけいいスーパーに向かった。鯖の鮮度が落ちないように急いで帰宅して、手を洗ってキッチンに立つ。今日はやけに部屋が静かだなと思いながら食材を目の前に並べていく。
米を研いで、グリンピースをさやから取り出す作業から始めた。細かい作業に集中していれば気持ちも落ち着いて、鯖の下処理と豆ご飯の炊飯を段取りよく進めていく。切れ目を入れた鯖の表面に塩を振って、待つ間に味噌汁の鍋の準備も済ませた。身体にいい具沢山の味噌汁にしようかと思ったが、ふと、あるタレントが「お前の味噌汁は具が煩い」と夫に叱られたというエピソードを思い出してやめた。無難に豆腐とわかめの味噌汁。これなら嫌いな人はいないだろう。出汁から取ってもよかったが、気づかれて重いと思われても困るから顆粒出汁にした。最近の顆粒出汁は優秀だから問題ない。問題ないが、やはり片思いというものは厄介だ。おいしいものを食べてもらいたいが、重いと思われてはいけない。少しでも凄いと思ってほしいが、自分の気を引きたいのかと思われてはいけない。そんな微妙な気持ちを抱えながら相手と接しなければならない。そしてそんな悩みが切なくも幸せだと思っているから救いようがない。恋に悩む時間を全て自己研鑽に使えたら、神崎はスーパー占い師兼料理研究家になれるかもしれない。料理人でなく料理研究家というところが自分らしいが。ああ、悪癖が出てしまっている。自覚して料理に意識を戻すことにする。