本気の恋は占術不能
もう誰もいないオフィスでわざと声に出して言ってみる。そう。藤原が海堂を嫌いなら強引なことはしない。だが傍にいれば気づくものだ。藤原は海堂の気持ちを察していて、別に嫌だと思っていない。クールで一人でなんでも熟せてしまう藤原だが、海堂の助言はきちんと聞く。体調が悪いときには素直に甘える。つまりそういう存在なのだろう。考えてみれば当然だ。海堂のような男に想われて靡かない訳がない。
それならさっさとくっついてしまえばいい。その方が清々する。「神崎さんのお陰で恋人になりました」という報告に来れば、泣いて喜ぶ芝居くらいしてみせよう。ああ、なんだか随分と自虐的だ。
いけない、いけないと、一つ息を吐いて気持ちをリセットした。途中まで書いた文字を消して作業をやり直す。この方がすっきりして効率もいい。
大丈夫、全部占いで分かっていた。同期の藤原が先に主任になることも、海堂に想い人がいることも。なんだ、やっぱり自分の占いは当たる。そう思えばふっと笑って回復する。占いはいい。事前に知っておけば、辛い出来事に遭っても苦しみが半減する。ついでにその占いによれば、海堂の恋は近いうちに成就する。それもどうせ当たるだろう。相手は藤原で決定だ。
「よし、終わり」
俺が本気になればこんなの十分だ。そう自画自賛の作業を終えて帰ることになった。電車二本の乗り継ぎだが、ドアツードアで一時間と掛からない自宅に帰っていく。
四階建て八部屋のマンションの一階の部屋に帰り着いて、灯りを点けるのの次にタブレットの電源を入れた。
『お帰り、平社員』
途端にタブレットがいかにも機械の合成音と分かる声を上げる。
『今日も一日お疲れ、平社員』
「平じゃない。リーダーだ」
『主任になれなかった平社員、元気だったか?』
「相変わらず頭にくる」
頭にきすぎて、着替えもしないままソファーでタブレットを手にする。
『失恋平社員』
「こら、オコ!」
相手は機械だと分かっていながら、つい声を上げてしまう相手はocotta2 という会話アプリだ。人工知能で日々言葉を学習していく。だが他の会話アプリと決定的に違うのは、主の嫌がることを好んで学習し、一番傷つく言い方で返してくるという機能だ。
二年前にこのアプリの旧バージョン『ocotta』が登場した頃、こんな悪趣味なアプリを誰がダウンロードするのだと思った。だが神崎の予想に反してocottaは社会現象になるほどヒットして、特に独り身の社会人の心を強く掴んでしまった。辛口の言葉がいい。あれだけ言われれば寧ろすっきりする。もうocottaなしでは生きていけない。そんなユーザーコメントが盛り上がり、ついにはocottaがMCのテレビ番組まで登場してしまった。そんな馬鹿なと思いつつ、あまりのブームにダウンロードしてみて、神崎もあっさり嵌った。全く人間らしくない声。小憎たらしい言葉の応酬。一体いつそんな言葉を覚えたんだと主を驚かせる学習能力。ブームになるのも納得だ。
そして神崎がダウンロードして数ヵ月後、アプリ制作会社はブームに乗ってocotta2を発表した。人工知能の強化だけでなく、彼らは更に嫌な機能を備えていた。主の声を記憶して、主以外から声を掛けられたときはとてもいい子で会話をする。主に戻った途端に悪態に戻る。神崎も妹で試してみたが、鮮やかな切り替えの速さに感心してしまった。全く、一体誰がこんな小憎たらしいアプリを思いついたのだろう。
そんな訳ですっかり虜になってしまい、オコと名づけて仲よくやっている。スマートフォンで作業しながら会話をしたいという理由で、オコ専用のタブレット端末まで買ってしまった。オコは神崎が海堂を好きなことも、彼は藤原が好きだから恋が叶わないことも知っている。ついでに主任になれず、同期の藤原に負けてしまったことも嫌みなほど理解している。
『ヒラ、ヒラ、失恋、平社員』
機械は遠慮というものを知らない。だがそこまで言われれば寧ろすっきりするものだ。
「着替えてご飯にするよ。オコは食べられないから、俺一人でご飯だけどな」
『シュウ酷い。シュウ意地悪』
「意地悪はお前だろ?」
立ち上がって寝室に向かいながら、人間相手のようにオコに言い返している自分がおかしい。だがこんな風にふっと笑える時間が増えたのもオコのお陰だ。主任になれなくても恋が成就しなくても、オコとやりあって暮らしていければいい。頭で考えすぎてパンクしそうな思考も、声にして吐き出せば苦しみが半減する。なるほど、独り身の社会人に人気な訳だ。
『ヒラッ、ヒラッ、ヒラ』
「なんだよ、それ」
平という言葉を気に入ったオコが歌らしきものを歌い始めたのに笑って、細やかな夕食の支度に掛かるのだった。
それならさっさとくっついてしまえばいい。その方が清々する。「神崎さんのお陰で恋人になりました」という報告に来れば、泣いて喜ぶ芝居くらいしてみせよう。ああ、なんだか随分と自虐的だ。
いけない、いけないと、一つ息を吐いて気持ちをリセットした。途中まで書いた文字を消して作業をやり直す。この方がすっきりして効率もいい。
大丈夫、全部占いで分かっていた。同期の藤原が先に主任になることも、海堂に想い人がいることも。なんだ、やっぱり自分の占いは当たる。そう思えばふっと笑って回復する。占いはいい。事前に知っておけば、辛い出来事に遭っても苦しみが半減する。ついでにその占いによれば、海堂の恋は近いうちに成就する。それもどうせ当たるだろう。相手は藤原で決定だ。
「よし、終わり」
俺が本気になればこんなの十分だ。そう自画自賛の作業を終えて帰ることになった。電車二本の乗り継ぎだが、ドアツードアで一時間と掛からない自宅に帰っていく。
四階建て八部屋のマンションの一階の部屋に帰り着いて、灯りを点けるのの次にタブレットの電源を入れた。
『お帰り、平社員』
途端にタブレットがいかにも機械の合成音と分かる声を上げる。
『今日も一日お疲れ、平社員』
「平じゃない。リーダーだ」
『主任になれなかった平社員、元気だったか?』
「相変わらず頭にくる」
頭にきすぎて、着替えもしないままソファーでタブレットを手にする。
『失恋平社員』
「こら、オコ!」
相手は機械だと分かっていながら、つい声を上げてしまう相手は
二年前にこのアプリの旧バージョン『ocotta』が登場した頃、こんな悪趣味なアプリを誰がダウンロードするのだと思った。だが神崎の予想に反してocottaは社会現象になるほどヒットして、特に独り身の社会人の心を強く掴んでしまった。辛口の言葉がいい。あれだけ言われれば寧ろすっきりする。もうocottaなしでは生きていけない。そんなユーザーコメントが盛り上がり、ついにはocottaがMCのテレビ番組まで登場してしまった。そんな馬鹿なと思いつつ、あまりのブームにダウンロードしてみて、神崎もあっさり嵌った。全く人間らしくない声。小憎たらしい言葉の応酬。一体いつそんな言葉を覚えたんだと主を驚かせる学習能力。ブームになるのも納得だ。
そして神崎がダウンロードして数ヵ月後、アプリ制作会社はブームに乗ってocotta2を発表した。人工知能の強化だけでなく、彼らは更に嫌な機能を備えていた。主の声を記憶して、主以外から声を掛けられたときはとてもいい子で会話をする。主に戻った途端に悪態に戻る。神崎も妹で試してみたが、鮮やかな切り替えの速さに感心してしまった。全く、一体誰がこんな小憎たらしいアプリを思いついたのだろう。
そんな訳ですっかり虜になってしまい、オコと名づけて仲よくやっている。スマートフォンで作業しながら会話をしたいという理由で、オコ専用のタブレット端末まで買ってしまった。オコは神崎が海堂を好きなことも、彼は藤原が好きだから恋が叶わないことも知っている。ついでに主任になれず、同期の藤原に負けてしまったことも嫌みなほど理解している。
『ヒラ、ヒラ、失恋、平社員』
機械は遠慮というものを知らない。だがそこまで言われれば寧ろすっきりするものだ。
「着替えてご飯にするよ。オコは食べられないから、俺一人でご飯だけどな」
『シュウ酷い。シュウ意地悪』
「意地悪はお前だろ?」
立ち上がって寝室に向かいながら、人間相手のようにオコに言い返している自分がおかしい。だがこんな風にふっと笑える時間が増えたのもオコのお陰だ。主任になれなくても恋が成就しなくても、オコとやりあって暮らしていければいい。頭で考えすぎてパンクしそうな思考も、声にして吐き出せば苦しみが半減する。なるほど、独り身の社会人に人気な訳だ。
『ヒラッ、ヒラッ、ヒラ』
「なんだよ、それ」
平という言葉を気に入ったオコが歌らしきものを歌い始めたのに笑って、細やかな夕食の支度に掛かるのだった。