本気の恋は占術不能
「まぁ、主任の資格を得たってだけだから、実際主任になるのがいつかは分からないんだよね」
「だな。三年後かもしれないし、五年後かもしれない。同期で総務の経験年数も同じだから、今度の四月は横槍でどこかから主任が来るんだろうな」
そう平和に言い合っていたのに、三月にいなくなった前任の代わりに主任に抜擢されたのが藤原だった。昔から人との競争には興味のないタイプだったが、それでも流石に凹んだ。だが凹んでいるとバレれば更に惨めになると分かっているから、精一杯平気なフリをする。
「部下に指導するような仕事はまだ俺には荷が重いから、藤原が主任になってくれてよかった。四月から総務部がますます華やかになりそうだな」
その日も駅まで向かう途中でそう言った。
「ありがとう。神崎が同じ部署にいてくれたら頑張れる。いつも俺がみんなに嫌われないように動いてくれていることも知っている。本当に感謝しているんだ」
言葉に嘘がないことは伝わってきた。親しくない人間の前ではクールで分かりにくいが、神崎の前で彼はどこまでも素直でまっすぐだ。それだけ信頼してくれている。神崎だって、彼と同じ部署で働けてよかったと思っている。自分も彼のように素直に気持ちを表現できるようになれたらいい。彼をフォローしているなんておこがましい。彼の存在に自分も救われている。そう思えて、主任の件は割と簡単に気持ちの整理がついた。今までと同じように、藤原を応援していけばいいのだと。
だがそのあとすぐに、恋をした海堂まで藤原が好きだと知った。流石に二つも負ければ辛い。だからといって藤原を嫌うことはなかった。彼は悪くない。悪くない人を嫌うような人間にはなりたくない。藤原は大事な友人だ。他の人間にも彼を嫌ってほしくない。その気持ちは嘘ではない。
いずれ藤原が海堂の気持ちを受け入れて、海堂が今まで以上に藤原を大事にする日が来るかもしれない。僕の恋人になったから快晴のことはなんでも教えて。快晴のことは全部任せてと言われる日も近いのかもしれない。だがそれまでは、自分も今まで通り藤原の力になりたいと思っているのだ。
事前に言えば辞退されそうな気がしたから、勝手に作って勝手に渡そうと思った。藤原は木、金は大抵早く出社して仕事や勉強をしている。お菓子を会話のきっかけにして、それとなく端川や派遣スタッフの気持ちを伝えてみよう。偶然聞いてしまったことにすればいい。注意する感じではなく、お互いに誤解はよくないという方向に持っていけば、それほど嫌な話にもならないだろう。
朝だし、彼が当欠の場合のことも考えて、メニューは傷みにくいお菓子にした。スーパーで売っている長方形のクッキーの栄養補助食品が好きだと言っていた。それなら似たようなものを作ろうとネットで探して、前日の夜にレーズン入りのチーズクッキーバーを焼くことにする。
「オコ、次の工程は?」
『卵を加えてよく混ぜ、レーズンを入れます』
オコはこういう使い方もできるから便利だ。レシピは事前にざっくり読んでおくだけで、あとはその場でオコが読み直してくれる。
『オーブンを予熱しておくのを忘れるな、平社員』
普段と違う使われ方をしても、本来の悪口機能を忘れないところが素晴らしい。
生地を冷蔵庫で冷やす間に洗いものをして、その後出してきた生地を十六本に切り分けた。我ながら綺麗に等分できたし、レーズンのばらけ具合も均等で見た目は完璧。
「俺って占いだけじゃなく料理も上手いんだよな。意外とスペックが高いのかも」
ちょっとした鬱々を晴らすには、自分で自分を褒めるのがいい。
『シュウ、会社に行くより家にいた方がいい』
「……あまり嬉しくない言い方だな」
『シュウ、ずっと家にいる』
「そうか、オコは俺がいないと寂しいのか」
オコと話している間にクッキーバーは綺麗な色に焼き上がる。一本試食してみれば味も完璧で、口の中でホロホロと崩れる食感に、当初の目的を忘れて笑みが溢れる。味だけでなくカルシウムとマグネシウム入りだ。多少は藤原の身体にプラスになってくれるだろう。そう思いながら、和紙の包装紙で包んで折れないように紙袋に入れる。
「喜んでくれるといいな」
『フジワラ喜ぶ。フジワラお菓子好き。フジワラは主任』
「うん。そうだな」
「だな。三年後かもしれないし、五年後かもしれない。同期で総務の経験年数も同じだから、今度の四月は横槍でどこかから主任が来るんだろうな」
そう平和に言い合っていたのに、三月にいなくなった前任の代わりに主任に抜擢されたのが藤原だった。昔から人との競争には興味のないタイプだったが、それでも流石に凹んだ。だが凹んでいるとバレれば更に惨めになると分かっているから、精一杯平気なフリをする。
「部下に指導するような仕事はまだ俺には荷が重いから、藤原が主任になってくれてよかった。四月から総務部がますます華やかになりそうだな」
その日も駅まで向かう途中でそう言った。
「ありがとう。神崎が同じ部署にいてくれたら頑張れる。いつも俺がみんなに嫌われないように動いてくれていることも知っている。本当に感謝しているんだ」
言葉に嘘がないことは伝わってきた。親しくない人間の前ではクールで分かりにくいが、神崎の前で彼はどこまでも素直でまっすぐだ。それだけ信頼してくれている。神崎だって、彼と同じ部署で働けてよかったと思っている。自分も彼のように素直に気持ちを表現できるようになれたらいい。彼をフォローしているなんておこがましい。彼の存在に自分も救われている。そう思えて、主任の件は割と簡単に気持ちの整理がついた。今までと同じように、藤原を応援していけばいいのだと。
だがそのあとすぐに、恋をした海堂まで藤原が好きだと知った。流石に二つも負ければ辛い。だからといって藤原を嫌うことはなかった。彼は悪くない。悪くない人を嫌うような人間にはなりたくない。藤原は大事な友人だ。他の人間にも彼を嫌ってほしくない。その気持ちは嘘ではない。
いずれ藤原が海堂の気持ちを受け入れて、海堂が今まで以上に藤原を大事にする日が来るかもしれない。僕の恋人になったから快晴のことはなんでも教えて。快晴のことは全部任せてと言われる日も近いのかもしれない。だがそれまでは、自分も今まで通り藤原の力になりたいと思っているのだ。
事前に言えば辞退されそうな気がしたから、勝手に作って勝手に渡そうと思った。藤原は木、金は大抵早く出社して仕事や勉強をしている。お菓子を会話のきっかけにして、それとなく端川や派遣スタッフの気持ちを伝えてみよう。偶然聞いてしまったことにすればいい。注意する感じではなく、お互いに誤解はよくないという方向に持っていけば、それほど嫌な話にもならないだろう。
朝だし、彼が当欠の場合のことも考えて、メニューは傷みにくいお菓子にした。スーパーで売っている長方形のクッキーの栄養補助食品が好きだと言っていた。それなら似たようなものを作ろうとネットで探して、前日の夜にレーズン入りのチーズクッキーバーを焼くことにする。
「オコ、次の工程は?」
『卵を加えてよく混ぜ、レーズンを入れます』
オコはこういう使い方もできるから便利だ。レシピは事前にざっくり読んでおくだけで、あとはその場でオコが読み直してくれる。
『オーブンを予熱しておくのを忘れるな、平社員』
普段と違う使われ方をしても、本来の悪口機能を忘れないところが素晴らしい。
生地を冷蔵庫で冷やす間に洗いものをして、その後出してきた生地を十六本に切り分けた。我ながら綺麗に等分できたし、レーズンのばらけ具合も均等で見た目は完璧。
「俺って占いだけじゃなく料理も上手いんだよな。意外とスペックが高いのかも」
ちょっとした鬱々を晴らすには、自分で自分を褒めるのがいい。
『シュウ、会社に行くより家にいた方がいい』
「……あまり嬉しくない言い方だな」
『シュウ、ずっと家にいる』
「そうか、オコは俺がいないと寂しいのか」
オコと話している間にクッキーバーは綺麗な色に焼き上がる。一本試食してみれば味も完璧で、口の中でホロホロと崩れる食感に、当初の目的を忘れて笑みが溢れる。味だけでなくカルシウムとマグネシウム入りだ。多少は藤原の身体にプラスになってくれるだろう。そう思いながら、和紙の包装紙で包んで折れないように紙袋に入れる。
「喜んでくれるといいな」
『フジワラ喜ぶ。フジワラお菓子好き。フジワラは主任』
「うん。そうだな」