本気の恋は占術不能
切り返してやれば、バレたかと言って悪びれもなく彼が笑う。
食生活に完璧に気を遣っているような容姿でいながら、藤原はかなりの偏食だった。育ちがいいのに、その悪癖だけは矯正されずにきたらしい。どうしても食べられないものはないが、身体にいいものを食べなきゃいけないと思うと、食事まで喘息に支配されているような気がして癇に障るのだという。謎理論を唱えていないで栄養のあるものを食べた方がいいと思うが、そんな訳で彼はパンとお握りとお菓子しか食べない。栄養はサプリメントで補うという。忙しくなればなるほど食生活が荒れる彼の身体が心配だった。栄養が不足すれば喘息の発作も起こりやすくなるのに、昼休みに平気でクッキーを食べていたりする。誰かに聞かれれば「食後のおやつ」と答えているが、クッキー一箱が昼食なのだと神崎は知っている。煩い母親のようにはなりたくないから、そんなときは無言で果汁たっぷりのオレンジジュースを奢る。残念ながら、野菜ジュースだと彼は飲まないのだ。
「ありがとう。流石、神崎は優しい」
そんな風に笑う彼の肌も髪も極上に綺麗で、綺麗の素になるのは食べ物ではないのかもしれないと、おかしな知識を持ちそうになる。いや、綺麗さはともかく、彼の喘息が悪化しているのは偏食の影響もある筈だ。なんだかんだで仕事の好きな彼だから、発作で当欠になると分かりやすく落ち込んでいる。栄養のあるものを食べて、少しでも体調がよくなればいいのだけれど。そう思って見ていたのだ。
「神崎? どうした?」
傍に人がいても自分の思考に入ってしまうのは神崎の方の悪癖だ。声を掛けられて我に返れば、もう駅が見える場所まで辿り着いている。駅構内にはパン屋があって、ガラス窓の向こうに焼き立ての商品が並んでいる。おいしそうだ。こういうパンなら藤原も食べるのにと思って、そこで閃く。
「藤原、肉は嫌いじゃないよな? カツサンドは食べられる?」
「うん。野菜が入っていないやつなら」
子どもかよと苦笑しながら、だがそれなら押し切ってしまおうと決める。
「明日、試験前に少し長めに昼休憩を取っていいと言われているだろ? 俺、カツサンドを作ってくるから一緒に食べよう」
もう決定事項のように言ってやれば、藤原がきょとんとする。
「俺は嬉しいけど、朝からカツを揚げるって大変じゃない?」
「余裕」
毎日占いに使っている時間を料理に回せばいい。ほぼ毎日自分用の弁当を作っているのだから、それほど手間が増える訳でもない。
「じゃあ、俺は縁起のいいチョコを買ってくるよ。受験シーズンによくCMになっているやつ」
「うん。頼む」
藤原が単なる験担ぎだと思ってくれて助かった。そんな訳で、翌日が試験だというのにスーパーで材料を買い込んで帰宅したのだ。いい言い訳ができてよかった。大事な同期が昼食をクッキーで済ませているのを見るのはやはり胸が痛む。明日一日のことだとしても、少しでも身体にいいものを食べてほしい。
そういえば昔、叔母のところに占いの勉強に行くのが気に入らなくて、両親が神崎と良子に辛く当たる時期があった。それに反抗した良子が母親の料理を食べなくなって、そのときも神崎が料理をした。お兄ちゃんが作るものなら食べる。そう言ってくれる彼女のために料理を覚えた。考えてみれば、自分は藤原に対して良子と同じような感覚でいるのかもしれない。そんなことを思って一人笑う。
そうして翌日は試験のことなど忘れて朝早くからカツを揚げて、藤原好みのキャベツ抜きのカツサンドを作って持参したのだ。もう試験の内容など覚えていないが、その日の昼に彼が喜んで神崎の料理を食べてくれたことは忘れられない。
「おいしい。店で売っているやつよりずっとおいしい」
店でカツサンドを買うことなんてないくせに、そう言ってくれる気持ちが嬉しかった。楽しい昼休憩を過ごして、その日のおまけのような主任試験に向かった。藤原にカツサンドを食べさせるというミッションが、主任試験よりずっと大事に思えたのだ。
試験から一週間後に二人同時に合格のメールが届いて、自販機の炭酸で乾杯をした。我ながら、なかなかいい職場生活だと思った。遅れてきた青春というやつなのかもしれない、と。だがそんな神崎にも試練が訪れる。
食生活に完璧に気を遣っているような容姿でいながら、藤原はかなりの偏食だった。育ちがいいのに、その悪癖だけは矯正されずにきたらしい。どうしても食べられないものはないが、身体にいいものを食べなきゃいけないと思うと、食事まで喘息に支配されているような気がして癇に障るのだという。謎理論を唱えていないで栄養のあるものを食べた方がいいと思うが、そんな訳で彼はパンとお握りとお菓子しか食べない。栄養はサプリメントで補うという。忙しくなればなるほど食生活が荒れる彼の身体が心配だった。栄養が不足すれば喘息の発作も起こりやすくなるのに、昼休みに平気でクッキーを食べていたりする。誰かに聞かれれば「食後のおやつ」と答えているが、クッキー一箱が昼食なのだと神崎は知っている。煩い母親のようにはなりたくないから、そんなときは無言で果汁たっぷりのオレンジジュースを奢る。残念ながら、野菜ジュースだと彼は飲まないのだ。
「ありがとう。流石、神崎は優しい」
そんな風に笑う彼の肌も髪も極上に綺麗で、綺麗の素になるのは食べ物ではないのかもしれないと、おかしな知識を持ちそうになる。いや、綺麗さはともかく、彼の喘息が悪化しているのは偏食の影響もある筈だ。なんだかんだで仕事の好きな彼だから、発作で当欠になると分かりやすく落ち込んでいる。栄養のあるものを食べて、少しでも体調がよくなればいいのだけれど。そう思って見ていたのだ。
「神崎? どうした?」
傍に人がいても自分の思考に入ってしまうのは神崎の方の悪癖だ。声を掛けられて我に返れば、もう駅が見える場所まで辿り着いている。駅構内にはパン屋があって、ガラス窓の向こうに焼き立ての商品が並んでいる。おいしそうだ。こういうパンなら藤原も食べるのにと思って、そこで閃く。
「藤原、肉は嫌いじゃないよな? カツサンドは食べられる?」
「うん。野菜が入っていないやつなら」
子どもかよと苦笑しながら、だがそれなら押し切ってしまおうと決める。
「明日、試験前に少し長めに昼休憩を取っていいと言われているだろ? 俺、カツサンドを作ってくるから一緒に食べよう」
もう決定事項のように言ってやれば、藤原がきょとんとする。
「俺は嬉しいけど、朝からカツを揚げるって大変じゃない?」
「余裕」
毎日占いに使っている時間を料理に回せばいい。ほぼ毎日自分用の弁当を作っているのだから、それほど手間が増える訳でもない。
「じゃあ、俺は縁起のいいチョコを買ってくるよ。受験シーズンによくCMになっているやつ」
「うん。頼む」
藤原が単なる験担ぎだと思ってくれて助かった。そんな訳で、翌日が試験だというのにスーパーで材料を買い込んで帰宅したのだ。いい言い訳ができてよかった。大事な同期が昼食をクッキーで済ませているのを見るのはやはり胸が痛む。明日一日のことだとしても、少しでも身体にいいものを食べてほしい。
そういえば昔、叔母のところに占いの勉強に行くのが気に入らなくて、両親が神崎と良子に辛く当たる時期があった。それに反抗した良子が母親の料理を食べなくなって、そのときも神崎が料理をした。お兄ちゃんが作るものなら食べる。そう言ってくれる彼女のために料理を覚えた。考えてみれば、自分は藤原に対して良子と同じような感覚でいるのかもしれない。そんなことを思って一人笑う。
そうして翌日は試験のことなど忘れて朝早くからカツを揚げて、藤原好みのキャベツ抜きのカツサンドを作って持参したのだ。もう試験の内容など覚えていないが、その日の昼に彼が喜んで神崎の料理を食べてくれたことは忘れられない。
「おいしい。店で売っているやつよりずっとおいしい」
店でカツサンドを買うことなんてないくせに、そう言ってくれる気持ちが嬉しかった。楽しい昼休憩を過ごして、その日のおまけのような主任試験に向かった。藤原にカツサンドを食べさせるというミッションが、主任試験よりずっと大事に思えたのだ。
試験から一週間後に二人同時に合格のメールが届いて、自販機の炭酸で乾杯をした。我ながら、なかなかいい職場生活だと思った。遅れてきた青春というやつなのかもしれない、と。だがそんな神崎にも試練が訪れる。