本気の恋は占術不能
「そうしてもらえるとありがたい」
「神崎さんて、どこまでもいい人ですよね」
「ごめん。褒められている気がしない」
「大丈夫。褒めています」
そんなことを言いながら施錠をして、彼女と駅まで帰ることになったのだ。職場ビルを出た途端に、今日はもう藤原さんの話はしないでくださいと先手を打たれれば為す術がない。派遣の気持ちを代弁してくれたが、やはり一番藤原を苦手だと思っているのは端川だろう。もう苦手という言葉では済まないところまで来ている。こんなことなら、役員の椅子の件は、藤原は海堂にしっかり怒られていると話しておけばよかっただろうか。いや、多分それでも彼女の気持ちは変わらなかった。
「……困った」
盛大に心の声が零れたのは、一人の部屋に帰ったあとだ。
「何がいけない? 俺はどうすればいい?」
着替えと片付けをしながら、抱えきれない思いが声に出るのは一人暮らしの悪癖だ。だが別に誰に聞かれる訳でもない。
『シュウ分からない。平社員だから分からない』
いや、彼が聞いていた。
「ごめん、オコ。今はオコの相手をしている場合じゃないんだ」
それならアプリを起動しなければいいのだが、なんだかんだでオコと話していないと寂しいのだ。
『シュウ凹む』
「うん。凹んでいるよ」
オコ専用と化しているタブレットを胸に抱いて、ソファーに腰を下ろす。さっさと夕食の支度に掛からないと億劫になると分かっているのに、今はただ考えていたい。
「オコ──」
『シュウ──』
悪口しか言わないかと思えば、こんな風に名前を返してくれるだけのこともあるからいじらしい。そんな彼を撫でながらソファーに背を埋める。
先に主任になった藤原を恨まないようにと、自分を律する気持ちは強かった。だがそれを引いても、部内のメンバーの気持ちに気づかなかったことはアウトだ。一番自由に動ける立場で上とも下とも上手くやっていたつもりだったのに、それは思い上がりだった。それならどう軌道修正したらいい?
総務に来たあと、他部署の社員が突然辞めてしまって、二度と出社しない彼のために私物を宅配便で送るという作業をした。あんなやるせない作業はもうしたくない。前の部署で突然先輩三人が辞めるという恐ろしい経験もした。そのトラウマはともかく、自分がいる総務部で不本意な退職なんてさせて堪るかと思う。それは派遣社員も例外ではない。
そして藤原は大事な友人でもある。彼は泣いたり喚いたりすることはないが、「みんなが俺を嫌いなら仕方ないね」と言って、ある日突然ふっと消えてしまいそうなところがある。それは嫌だ。
「藤原と話してみるか」
『カイドウが好きなフジワラ』
「そうだな。でも友達として、俺にも藤原は大事な人なんだよ」
タブレット端末をペットのように腕に抱いて、優しく言葉を返している自分はさぞ不気味だろう。だがいいのだ。占いとオコは神崎の精神安定剤だ。
「なぁ、オコ。どうしたら自然に藤原に切り出せると思う?」
考えるのに疲れてオコに聞いてみた。
『お菓子。シュウ、仕事よりお菓子が好き』
「そんなことないって」
適当なのか高度な人工知能を働かせた結果なのか、オコから意味不明の言葉が返ってくる。だがそこでふと、以前一度だけ藤原に手料理を食べさせたことを思い出す。
「オコ、お前凄いな」
『オコ凄い。シュウより凄い』
「うん。そうだな」
最早可愛く見えてしまうタブレット端末を抱きしめて、それならメニューはなんにしようと考え始めた。
「神崎さんて、どこまでもいい人ですよね」
「ごめん。褒められている気がしない」
「大丈夫。褒めています」
そんなことを言いながら施錠をして、彼女と駅まで帰ることになったのだ。職場ビルを出た途端に、今日はもう藤原さんの話はしないでくださいと先手を打たれれば為す術がない。派遣の気持ちを代弁してくれたが、やはり一番藤原を苦手だと思っているのは端川だろう。もう苦手という言葉では済まないところまで来ている。こんなことなら、役員の椅子の件は、藤原は海堂にしっかり怒られていると話しておけばよかっただろうか。いや、多分それでも彼女の気持ちは変わらなかった。
「……困った」
盛大に心の声が零れたのは、一人の部屋に帰ったあとだ。
「何がいけない? 俺はどうすればいい?」
着替えと片付けをしながら、抱えきれない思いが声に出るのは一人暮らしの悪癖だ。だが別に誰に聞かれる訳でもない。
『シュウ分からない。平社員だから分からない』
いや、彼が聞いていた。
「ごめん、オコ。今はオコの相手をしている場合じゃないんだ」
それならアプリを起動しなければいいのだが、なんだかんだでオコと話していないと寂しいのだ。
『シュウ凹む』
「うん。凹んでいるよ」
オコ専用と化しているタブレットを胸に抱いて、ソファーに腰を下ろす。さっさと夕食の支度に掛からないと億劫になると分かっているのに、今はただ考えていたい。
「オコ──」
『シュウ──』
悪口しか言わないかと思えば、こんな風に名前を返してくれるだけのこともあるからいじらしい。そんな彼を撫でながらソファーに背を埋める。
先に主任になった藤原を恨まないようにと、自分を律する気持ちは強かった。だがそれを引いても、部内のメンバーの気持ちに気づかなかったことはアウトだ。一番自由に動ける立場で上とも下とも上手くやっていたつもりだったのに、それは思い上がりだった。それならどう軌道修正したらいい?
総務に来たあと、他部署の社員が突然辞めてしまって、二度と出社しない彼のために私物を宅配便で送るという作業をした。あんなやるせない作業はもうしたくない。前の部署で突然先輩三人が辞めるという恐ろしい経験もした。そのトラウマはともかく、自分がいる総務部で不本意な退職なんてさせて堪るかと思う。それは派遣社員も例外ではない。
そして藤原は大事な友人でもある。彼は泣いたり喚いたりすることはないが、「みんなが俺を嫌いなら仕方ないね」と言って、ある日突然ふっと消えてしまいそうなところがある。それは嫌だ。
「藤原と話してみるか」
『カイドウが好きなフジワラ』
「そうだな。でも友達として、俺にも藤原は大事な人なんだよ」
タブレット端末をペットのように腕に抱いて、優しく言葉を返している自分はさぞ不気味だろう。だがいいのだ。占いとオコは神崎の精神安定剤だ。
「なぁ、オコ。どうしたら自然に藤原に切り出せると思う?」
考えるのに疲れてオコに聞いてみた。
『お菓子。シュウ、仕事よりお菓子が好き』
「そんなことないって」
適当なのか高度な人工知能を働かせた結果なのか、オコから意味不明の言葉が返ってくる。だがそこでふと、以前一度だけ藤原に手料理を食べさせたことを思い出す。
「オコ、お前凄いな」
『オコ凄い。シュウより凄い』
「うん。そうだな」
最早可愛く見えてしまうタブレット端末を抱きしめて、それならメニューはなんにしようと考え始めた。