本気の恋は占術不能

 言われて天井のカメラに目を遣った彼が青くなる。総務部と違って監視カメラの詳細など知らないのだ。
「……とにかく、封書は探しておくように。企業名と住所はあとでメールしておく」
「承知いたしました。どうぞ僕宛てで」
 そう言って、逃げ帰るようにエレベーターに向かう営業部長を見送ったところで、ふっと海堂がいつもの顔に戻った。
「他部署の部長様に口答えしてしまったけど、まぁ、これくらい平気だよね」
 そんな風に笑う彼に、神崎と土田の気持ちも一度に和まされる。
「平気です。今時あんな傲慢な人がいるんだなってびっくりしていたところですから。最近やってきた部長さんでしょうけど、直属の上司じゃなくて助かりました」
「ふふ。完全に同意だけど、神崎さんが悪者になるといけないから、この件はもう口にしないことにしようか」
 そう唇に人差し指を当ててみせた彼が、堪らなく魅力的だった。
「海堂さん、ここに来たばかりなのによく監視カメラの性能なんて知っていましたね。あんな遠くから音声を拾えるカメラだったなんて、私も初めて知りました」
 素直に驚く土田の言葉に、海堂が苦笑して神崎を見る。初めから神崎は共犯になってくれると知っていた顔だ。
「あれははったりだよ。本当は映像だけで音声は拾えない」
 海堂の暴露に土田がきょとんとする。
「ですよね。よく咄嗟にあんな嘘が出てくるなと感心しました」
「部下を護るための嘘なら許されるんだよ。流石に神崎さんは騙せなかったけど」
「館内管理も総務の仕事ですから」
「ふふ。神崎さんのそういうとこ好きだな」
「それはどうも」
 ぽんぽんとしたやりとりに土田が笑う。もしかしたら、これも嫌な思いをした土田への気遣いかもしれない。
「土田さん、どうしよう。神崎さんに振られてしまった」
 質の悪い冗談だと思うが、ここは土田のために許すとしよう。だが内心もう、きゅんでは済まないほど沼に嵌まっていた。胸をグサリとやられた感覚。もう占いで失恋を知っているのに、それでも惚れさせ攻撃を仕掛けてくるとは、どれほど攻撃力が高いのだろう。
「二人とも嫌な思いをさせてごめんね。あとは僕が引き受けるから、綺麗さっぱり忘れて。よかったら一度休憩室でお茶でも飲んできて」
 自分は一つ仕事が増えたというのに、部下にそう言ってしまえる彼が、やはり好きだと思った。自分は着任したばかりだとか、相手の方が役職が上だとか、そんな計算もなく部下を庇う強さ。そして一瞬見せた相手を射抜くような目。言葉の暴力には屈しないという強い意思を見せられた気分だった。
 結局、営業部長が言う『絶対に特定記録にした筈の封書』は、後日送り先の企業に『まっさらな普通郵便』として配達された。特定記録の印鑑などどこにも押されていない。
「無事に相手先に届いてよかったです」
 海堂は極上の微笑みで当人にそれだけ言って帰ってきたという。もちろん相手先から送ってもらった封筒のコピー持参だ。
「小声で、ああ、すまんと言っていたよ。本当は二人に謝りに来てほしかったけど、僕に免じてこの話はこれで終わりでいいかな。一応、僕はまだ課長だから」
 わざと困り顔で言う彼も魅力的で、土田と二人で笑って頷いたのだ。海堂のお陰で神崎も土田も救われた。立場が下の者が勘違いで叱責されることなどよくあることだ。その理不尽さを呑み込むくらいの社会人経験もある。それでも、上司が間に入って一言でも言い返してくれたという事実が、そこから先の仕事に繋がっていく。土田はここを辞めようなんて考えないだろうし、神崎は今後もこの会社のために尽力しようと思う。「うちのスタッフを悪く言うのはやめてくれませんか」。一人になれば、そう言った彼の顔が浮かんで離れなくなる。
 護らなければならないものがあるとき、彼の穏やかな表情の仮面が外れる。それを知って、この恋は諦めると決めたことを忘れそうになった。だが彼の恋を邪魔するようなことはしない。大丈夫。自分の気持ちをコントロールするために事前に恋の行方を占ったのだ。幸い海堂の想い人は神崎にとっても大切な友人だ。大丈夫。オコに失恋の傷を抉られるようなことも言われてきた。苦しい葛藤も家に帰ってオコに話せば笑い話に変わる。土田と休憩室でお茶をする間、心で百回は繰り返した『大丈夫』。そんなこんなで複雑な感情を乗り越えた。
 だから今はただ、彼が椅子を引いて座るというなんてことない仕種を、綺麗だと思いながら眺めている。
「折り返し待ちなら僕がやっておくよ」
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