本気の恋は占術不能
知ったのは五月だった。総務部が処理をして郵便局に持っていった特定記録郵便が一つ追跡できない。そう言って営業部長から、その月の郵便担当だった土田が罪を負わされそうになったのだ。
「特定記録のリストにも載っていないってどういうことだよ? 特定の印を見逃して普通で送ったんじゃないの? なんのために特定で頼んだと思っているんだ」
目的の封書が見つからないことに苛立つ彼は、他社のスタッフだということも忘れて土田を責めた。執務室の入り口に呼び出されて突然責められた土田は怯えて、それでも冷静さを失わずに応じる。
「簡易と特定は漏れなくリストを作成しています。特定記録のリストにないのなら、それは特定の印が押されていなかったので、普通郵便で処理されてリストにないのではないでしょうか?」
その辺りで事態に気づいた神崎が彼らの傍に駆けていったのだ。貴山金属ではこちらから発送する郵便物は、郵便局からレンタルしている計器で切手代わりの赤い印字をして、午後四時に纏めて郵便局に持ち込むと決まっている。仮に土田が特定記録の印を見逃したとしても、郵便局員が気づくのだ。だから土田の言い分が正しいと分かっていた。だが相手は他部署の部長だから怒らせる訳にはいかない。
「派遣が口答えするな」
引っ込みがつかなくなったのか、そんな時代錯誤な言い方をする相手にカチンときた。流石に泣きそうになる土田を背中に庇って、つい非難の目を向けてしまう。
「土田さんは事実を答えただけです」
「なんだ、じゃあこっちが特定の判子を押し忘れたって言うのか?」
まだ言っていないが、そう思っている。
「お前じゃ話にならない。総務部長を出してこいよ」
「部長は今席を外していますので」
いなくて助かったと思った。総務部長は穏やかな人だが、郵便計器の作業についてはノータッチで一切把握していない。そんな人間が出てきたところで、話をややこしくするだけだ。
「大体、大事な郵便の仕事を派遣なんかにやらせるからこうなるんだ」
営業部にも派遣はいるだろうに、平気でそんな言い方をするのが信じられなかった。他社のスタッフ一人大事にできずに、よく営業部長なんてやっていられる。それで客先に貴山金属の顔として営業に行くなんて馬鹿なのか? と、神崎には珍しく、毒々しい言葉が渦巻いている。だがそれを表に出せば土田の立場が悪くなる。
「なんだよ、その目は。何か文句でもあるのか?」
今時そんなことを言う人間がいるのかと逆に感心してしまった。
「いえ、視力が悪いのでつい目を細めてしまって」
本当は両目一.五だが、とりあえずそんな嘘で一呼吸置いて告げる。
「送り先の企業名と住所を教えてください。その会社とコンタクトを取って、営業部からの郵便物が届くまで追跡します。必要なら封書の表面のコピーをファックスしてもらうこともできますから」
「だから初めから彼女が特定記録の処理を忘れなければ、そんな面倒なことにはならなかったんだ」
あくまでも優位に話を終えたい彼がそんな風に言うから、流石の神崎も立場を忘れて言い返しそうになった。土田が神崎の袖を引いて、もういいと言ってくれる。何もできない立場が悔しい。神崎が言い返せないと分かった相手が、満足げに二人に背を向ける。そこに天の助けのように海堂が戻ってきたのだ。
「これは営業部長さん。わざわざ総務部までいらっしゃって、何かありましたか?」
穏やかな言葉だが、その時点で彼は神崎たちの間にある不穏な空気を読んでいた。
「ああ。そっちの派遣が郵送物の処理ミスをしたんだ。お陰で追跡ができなくなった」
「だから、どうしてそう……」
声を上げそうになって、そのやりとりだけで察したらしい海堂に手のひらを見せるようにして止められる。
「申し訳ありません」
彼が一度綺麗に微笑んで詫びてみせる。だがその顔を崩さないまま相手にしっかりとした声を向ける。
「こちらで調査をします。封書が見つからない場合は相応の対応もさせていただきます。ですから、まだ何も分からないうちからうちのスタッフを悪く言うのはやめていただけますか?」
スッと笑みが消えた表情に、ゾクリとしたのは神崎と土田だけでなく営業部長も同じだろう。寧ろ海堂の攻撃対象は彼なのだから、神崎以上にその笑顔の恐ろしさを感じた筈だ。
「このところパワハラの調査も厳しいですし、ほら、あの天井の隅の監視カメラが分かります? あれって高性能で映像だけでなく音声も拾えてしまうらしいですよ。理事長の気紛れで、偶然今日の記録が見たいなんて言われたら困ってしまいますよね?」
「特定記録のリストにも載っていないってどういうことだよ? 特定の印を見逃して普通で送ったんじゃないの? なんのために特定で頼んだと思っているんだ」
目的の封書が見つからないことに苛立つ彼は、他社のスタッフだということも忘れて土田を責めた。執務室の入り口に呼び出されて突然責められた土田は怯えて、それでも冷静さを失わずに応じる。
「簡易と特定は漏れなくリストを作成しています。特定記録のリストにないのなら、それは特定の印が押されていなかったので、普通郵便で処理されてリストにないのではないでしょうか?」
その辺りで事態に気づいた神崎が彼らの傍に駆けていったのだ。貴山金属ではこちらから発送する郵便物は、郵便局からレンタルしている計器で切手代わりの赤い印字をして、午後四時に纏めて郵便局に持ち込むと決まっている。仮に土田が特定記録の印を見逃したとしても、郵便局員が気づくのだ。だから土田の言い分が正しいと分かっていた。だが相手は他部署の部長だから怒らせる訳にはいかない。
「派遣が口答えするな」
引っ込みがつかなくなったのか、そんな時代錯誤な言い方をする相手にカチンときた。流石に泣きそうになる土田を背中に庇って、つい非難の目を向けてしまう。
「土田さんは事実を答えただけです」
「なんだ、じゃあこっちが特定の判子を押し忘れたって言うのか?」
まだ言っていないが、そう思っている。
「お前じゃ話にならない。総務部長を出してこいよ」
「部長は今席を外していますので」
いなくて助かったと思った。総務部長は穏やかな人だが、郵便計器の作業についてはノータッチで一切把握していない。そんな人間が出てきたところで、話をややこしくするだけだ。
「大体、大事な郵便の仕事を派遣なんかにやらせるからこうなるんだ」
営業部にも派遣はいるだろうに、平気でそんな言い方をするのが信じられなかった。他社のスタッフ一人大事にできずに、よく営業部長なんてやっていられる。それで客先に貴山金属の顔として営業に行くなんて馬鹿なのか? と、神崎には珍しく、毒々しい言葉が渦巻いている。だがそれを表に出せば土田の立場が悪くなる。
「なんだよ、その目は。何か文句でもあるのか?」
今時そんなことを言う人間がいるのかと逆に感心してしまった。
「いえ、視力が悪いのでつい目を細めてしまって」
本当は両目一.五だが、とりあえずそんな嘘で一呼吸置いて告げる。
「送り先の企業名と住所を教えてください。その会社とコンタクトを取って、営業部からの郵便物が届くまで追跡します。必要なら封書の表面のコピーをファックスしてもらうこともできますから」
「だから初めから彼女が特定記録の処理を忘れなければ、そんな面倒なことにはならなかったんだ」
あくまでも優位に話を終えたい彼がそんな風に言うから、流石の神崎も立場を忘れて言い返しそうになった。土田が神崎の袖を引いて、もういいと言ってくれる。何もできない立場が悔しい。神崎が言い返せないと分かった相手が、満足げに二人に背を向ける。そこに天の助けのように海堂が戻ってきたのだ。
「これは営業部長さん。わざわざ総務部までいらっしゃって、何かありましたか?」
穏やかな言葉だが、その時点で彼は神崎たちの間にある不穏な空気を読んでいた。
「ああ。そっちの派遣が郵送物の処理ミスをしたんだ。お陰で追跡ができなくなった」
「だから、どうしてそう……」
声を上げそうになって、そのやりとりだけで察したらしい海堂に手のひらを見せるようにして止められる。
「申し訳ありません」
彼が一度綺麗に微笑んで詫びてみせる。だがその顔を崩さないまま相手にしっかりとした声を向ける。
「こちらで調査をします。封書が見つからない場合は相応の対応もさせていただきます。ですから、まだ何も分からないうちからうちのスタッフを悪く言うのはやめていただけますか?」
スッと笑みが消えた表情に、ゾクリとしたのは神崎と土田だけでなく営業部長も同じだろう。寧ろ海堂の攻撃対象は彼なのだから、神崎以上にその笑顔の恐ろしさを感じた筈だ。
「このところパワハラの調査も厳しいですし、ほら、あの天井の隅の監視カメラが分かります? あれって高性能で映像だけでなく音声も拾えてしまうらしいですよ。理事長の気紛れで、偶然今日の記録が見たいなんて言われたら困ってしまいますよね?」