本気の恋は占術不能
言葉を呑み込む代わりに頭でぐるぐる考えてしまうのは神崎の悪癖だ。その悪癖に構うことなく、彼が違うことを聞いてくれる。
「はい。本社の営業部所属です。俺は入社してからずっと本社で」
貴山金属では年に一度、異動する場合はどこの部署に行きたいかという簡単なアンケートがある。もちろん完全に希望通りにはならないが、通勤が困難な支店に行かせたり、どうしても苦手な業務に就かせたりしないための参考にはなるという。新人研修が明けた直後のアンケートから、神崎はずっと本社の事務という希望を通していた。初めに就いた営業事務は偶然だっただろうが、三年働いて次も総務部になったのはアンケートの力があったと思う。本社総務部は男性社員に人気がないから、希望する人材は無条件で行かせてしまおう。嫌がる人間を行かせるよりいい。人事にもそんな気持ちはあった筈だ。
「海堂さんは金属部門の支店にいたんですよね? その前がシス管で、前職はSE」
「よく覚えているね」
それは惚れた男の話ですから、とは言えないので、デザートの小さなプリンにスプーンを入れて誤魔化してしまう。白い陶器に入ったプリンは、蒸したあと上からバーナーで炙ったのだろう。焦げ目がいい感じのアクセントになっている。
「前職はとにかく激務でね。SEの仕事自体は好きだったんだけど、なんせ朝も夜もない生活で。二週間泊まり込みが続いたところでギブアップした」
「なんだか意外です」
SEが激務だというのは聞いたことがあるが、毎日綺麗なマンションに帰っているようなイメージの彼に、会社で寝泊まりする姿は想像しにい。だがそんな激務を経験してきたから、次の職場で最年少課長になるほど力を発揮できたのかもしれない。
「本音はずっとシス管にいたかったけど、そうもいかないって分かっていたからね。支店配属になったときは自分にできるかって不安もあったけど、ちゃんと三年勤めて次の部署にステップアップできたことはよかったと思うよ。貴山金属に骨を埋めようって思えるようになったからね」
コーヒーのカップを持ち上げながらさらりと言う彼が素敵だと思った。SEを辞めたことも自分の中で消化して、今の職場で前向きに仕事をしている。それで役職にも就いてしまうのだから成功者だ。そんな彼が眩しい。彼といると自分も頑張ろうと思える。やはり自分は彼が好きだ。ただのお礼だとしても、こうして二人でいられる時間くらいは、彼の想い人について忘れていたい。
「じゃあ、神社に行こうか」
神崎が食べ終えた皿の前で手を合わせたところで、柔らかく笑んだ彼が言ってくれた。子どもに向けるような微笑みにハッとする。しまった。外食でも食後に手を合わせるなんて子どもっぽかっただろうか。
「ご馳走様でした。おいしかったです」
だが店員に声を掛けて店を出る彼のスマートさに、小さなことはどうでもよくなった。ドアを押さえて神崎を先に出すために、一瞬肩を抱かれるような形になって、その一瞬に幸せが凝縮される。
「いいお店だったね」
「……はい。ご馳走してもらってありがとうございます」
特に頓着することなく身体を離されて、それでよかったと思った。あと数秒長く触れられていたら、触れた部分から気持ちがバレてしまいそうだったから。
「今度はもっと高いものをご馳走するね」
今度。きっと社交辞令のようなものだろう。それでもどうしようもなく嬉しかった。嫌味なく言う彼がどこまでも素敵で、心が参ってしまいそうだ。成り行きでも神崎と二人で会うのが嫌ではない。どうだ、オコ。オコが言うより状況はいい。そう心で呟くのは、心の平静を保つための呪文のようなものだ。そんな風に、海堂と話ながら時々オコを思い出して心の平静を保って、彼の隣を歩いていく。
「ここ。よかった。思ったより混んでいない」
カフェから十分歩いて辿り着いたのは、思ったよりずっと近代的な神社だった。何重にもなった鳥居を潜って進んだ先にある本殿の、千木や鰹木まで金属で造られている。
「潜ってきた鳥居も金属なんだよ」
「凄い」
「はい。本社の営業部所属です。俺は入社してからずっと本社で」
貴山金属では年に一度、異動する場合はどこの部署に行きたいかという簡単なアンケートがある。もちろん完全に希望通りにはならないが、通勤が困難な支店に行かせたり、どうしても苦手な業務に就かせたりしないための参考にはなるという。新人研修が明けた直後のアンケートから、神崎はずっと本社の事務という希望を通していた。初めに就いた営業事務は偶然だっただろうが、三年働いて次も総務部になったのはアンケートの力があったと思う。本社総務部は男性社員に人気がないから、希望する人材は無条件で行かせてしまおう。嫌がる人間を行かせるよりいい。人事にもそんな気持ちはあった筈だ。
「海堂さんは金属部門の支店にいたんですよね? その前がシス管で、前職はSE」
「よく覚えているね」
それは惚れた男の話ですから、とは言えないので、デザートの小さなプリンにスプーンを入れて誤魔化してしまう。白い陶器に入ったプリンは、蒸したあと上からバーナーで炙ったのだろう。焦げ目がいい感じのアクセントになっている。
「前職はとにかく激務でね。SEの仕事自体は好きだったんだけど、なんせ朝も夜もない生活で。二週間泊まり込みが続いたところでギブアップした」
「なんだか意外です」
SEが激務だというのは聞いたことがあるが、毎日綺麗なマンションに帰っているようなイメージの彼に、会社で寝泊まりする姿は想像しにい。だがそんな激務を経験してきたから、次の職場で最年少課長になるほど力を発揮できたのかもしれない。
「本音はずっとシス管にいたかったけど、そうもいかないって分かっていたからね。支店配属になったときは自分にできるかって不安もあったけど、ちゃんと三年勤めて次の部署にステップアップできたことはよかったと思うよ。貴山金属に骨を埋めようって思えるようになったからね」
コーヒーのカップを持ち上げながらさらりと言う彼が素敵だと思った。SEを辞めたことも自分の中で消化して、今の職場で前向きに仕事をしている。それで役職にも就いてしまうのだから成功者だ。そんな彼が眩しい。彼といると自分も頑張ろうと思える。やはり自分は彼が好きだ。ただのお礼だとしても、こうして二人でいられる時間くらいは、彼の想い人について忘れていたい。
「じゃあ、神社に行こうか」
神崎が食べ終えた皿の前で手を合わせたところで、柔らかく笑んだ彼が言ってくれた。子どもに向けるような微笑みにハッとする。しまった。外食でも食後に手を合わせるなんて子どもっぽかっただろうか。
「ご馳走様でした。おいしかったです」
だが店員に声を掛けて店を出る彼のスマートさに、小さなことはどうでもよくなった。ドアを押さえて神崎を先に出すために、一瞬肩を抱かれるような形になって、その一瞬に幸せが凝縮される。
「いいお店だったね」
「……はい。ご馳走してもらってありがとうございます」
特に頓着することなく身体を離されて、それでよかったと思った。あと数秒長く触れられていたら、触れた部分から気持ちがバレてしまいそうだったから。
「今度はもっと高いものをご馳走するね」
今度。きっと社交辞令のようなものだろう。それでもどうしようもなく嬉しかった。嫌味なく言う彼がどこまでも素敵で、心が参ってしまいそうだ。成り行きでも神崎と二人で会うのが嫌ではない。どうだ、オコ。オコが言うより状況はいい。そう心で呟くのは、心の平静を保つための呪文のようなものだ。そんな風に、海堂と話ながら時々オコを思い出して心の平静を保って、彼の隣を歩いていく。
「ここ。よかった。思ったより混んでいない」
カフェから十分歩いて辿り着いたのは、思ったよりずっと近代的な神社だった。何重にもなった鳥居を潜って進んだ先にある本殿の、千木や鰹木まで金属で造られている。
「潜ってきた鳥居も金属なんだよ」
「凄い」