本気の恋は占術不能

 ラインで何度かやりとりをして、土曜日に海堂とパワースポットの神社に行くことになった。昼すぎに駅で待ち合わせをして、彼が何度か行ったことのあるというカフェで先にランチになる。流石というのか、お昼のお客のピークが過ぎた頃入れるように計算してくれたらしい。お陰で陽の光が気持ちいい窓際の特等席で向き合っている。
「改めて、椅子の納品の件はありがとう」
 料理と飲み物が揃ったところで、彼がテーブル越しに頭を下げた。
「藤原さんにも注意しておいたから。新しい業者を使うときはもっと注意するようにって」
「そんなことしないでください。トラブルがあった訳でもないし、たいしたことではありませんから」
 当然だが、好きだからといって仕事で甘い態度を取ることはない。海堂が動いてくれたのなら、もう神崎がどうこう言うことではない。藤原が注意されたことを端川に告げる必要まではないから、この件はこれでお終いでいいと思う。
「お陰でこうして海堂さんと出掛けられることになって、却って役得でした」
 これくらいはいいかなと、窓から入り込む日差しに触発されるように言ってみた。
「ふふ。奢りだから好きなものを食べてね。ディナーみたいに高価じゃなくて申し訳ないけど」
「滅相もない」
 カフェランチなんて洒落たことは滅多にしないが、それでもいい店だということは分かった。綺麗に盛り付けられた穀物パンとチキンのワンプレートランチは、一見女性向けに見えて意外にボリュームがある。サラダの野菜のシャキシャキ感も、チキンの焼き具合も絶妙で、たまの外食の楽しさを存分に味わわせてくれる。
「神崎さんはよく周りを見ているよね。それに、誰より職場の空気をよくするために動いている」
 他愛ない世間話をしながら料理を楽しんでいれば、彼がまたそんなことを言ってくれた。
「そんなたいそうなものではありません。職場の人間が不仲になると自分にもとばっちりが来るので、それを避けたいだけで」
 嬉しいがあまり買い被られても困るので白状しておく。
 実は以前いた営業部で、部下の不満を上司が見て見ぬふりで通したら、ある日突然、神崎の先輩社員が三人辞めてしまうという恐ろしい事態を経験したのだ。役に立たない上司に不満を募らせたのだろう。彼らは密かに準備を進めて、同じ日に突然来なくなった。『退職させていただきます。もう二度と来ません』
『部下の不満も改善できなくて何が上司だ』
『無能上司。少しは思い知れ』
 出勤早々、そんな内容の退職届を三通読むことになった上司の顔が忘れられない。
「パニックになりすぎて、その上司がたまたまそこに出勤してきた俺に三人の退職届を見せてくれたんです。どんなに会社に不満があっても、退職届は定型文を書くものだと思っていたので、俺も衝撃的で」
「余程溜まっていたんだろうね」
「はい。その中の一人なんて赤字で書いていましたから」
 そして新たな人員が補充されるまで、神崎はとばっちりの激務に襲われたのだ。そんな過去を話せば、僕も気をつけないとと彼が苦笑する。いい男は苦笑もサマになるから狡いと思う。
「でも知らなかったな。貴山金属にもそんなごたごたがあったなんて」
「その上司の力不足もありましたけど、相性の部分もあったんだと思います。俺も大変でしたけど、三人ほどその上司が嫌いではなかったので」
「神崎さんは優しいから」
 休日らしく下りた前髪の下で、細められた目元に男の色気を感じる。向けられた言葉よりも、その綺麗な顔に密かに鼓動を速めてしまう。
「役職を持つ以上、部下のみんなと上手くやっていける上司になりたいと思うよね。僕も精進しないと」
「そんな」
 あなたはもうみんなと上手くやっていけているし、その才能は天性のものだ。と言いたかったが、言葉にすれば余計な気持ちまで溢れてしまいそうでやめた。きっと神崎の余計な気持ちを知ったら困るだろう。せっかく誘ってくれたのに、気まずいから解散ということになったら哀しすぎる。
「前は営業事務だったんだね」
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