本気の恋は占術不能

 確か年齢は六歳上の三四歳。それでいてまだ独身。神様、こんな素敵な男性を三四まで独身で残しておいてくれてありがとうございます。自分がどうこうできるとは思いませんが、平凡な会社員が一瞬でも夢を見ることができます。そう、自身のサービス業務の話などそっちのけでそんなことを思ってしまう。
「みんなに提案してみようか?」
 六階に到着したところでそう言われて我に返った。
「いえ。大袈裟にしなくていいんです。ほら、子どもがいる人は大変だし、遠くから快速に乗って出勤している人もいるし、これくらいたいしたことではありませんから」
「そう」
 よかった。どうやら正論に拘るタイプでもないらしい。
「じゃあ、来週から僕も同じ時間に来るから、二人で運ぼう?」
 だが彼はそんな恐れ多いことを言い出した。
「そんな、課長にそんなことをさせる訳には」
「どうして? 課長にやってはいけない業務なんてないよ」
 綺麗な微笑みと一緒に言われて反論できない。
「これ、もっと大量のときは二往復しているんでしょう? いや、一旦総務に上がってカートを持ってくるのかな? とにかくそんな大量なときにも二人なら一度で済むでしょう?」
 二往復もカートも正解だった。切れ者は想像力も一流だから困ってしまう。
「もしかしてこの作業のために、週明けは有休を取らないようにしてくれていたんじゃない? もう僕がいるから、遠慮せず有休も取っていいからね」
 どうやら一を聞いて百を知るタイプらしい。そこまで言われれば降参だった。素敵すぎて困ってしまう。神崎は昔から男性に引かれてしまうタイプなのだ。だからこれ以上素敵オーラを振り撒かないでほしい。そんなことを思ってみるが、本音はそんな建て前など破壊されるほど彼に参っていた。思うだけなら問題ない。絶対口にはしませんから、好きになってもいいでしょうか?
「朝のうちに仕分けもするなら、それも手伝うよ」
 執務室の前で振り向いて笑う彼に、心で問いをぶつけていたのだ。
 それから本当に、海堂は週明けの早朝に郵便受けの前に現れるようになった。役席だから朝から外出のこともあったが、そうでない日は早く来て神崎を待っていてくれる。そうして他愛ないお喋りをしながら、神崎の倍の量の配達物を持って六階に上がる。その数分の時間が幸せだった。無給のサービス早出を繰り返していた神崎への神様のご褒美だ。彼に任せて週明けに有休を取っていいと言われたが、そんなもったいないことをして堪るか。そんな本音を隠して、彼との細やかな時間を過ごす。
「おはよう、神崎さん。今週もよろしく」
 そう微笑まれて一週間が始まる。忍耐強いとか滅多に怒らないと言われる神崎だが、半分は海堂のお陰だ。彼がいるからあらゆる理不尽にも耐えられる。まずいことに、知れば知るほど好きになる。
 せめて恋人になりたいなどとおこがましいことを思うのはやめようと思ったのに、その自制もすぐに崩壊した。五月の連休明けに彼の仕事への覚悟を見てしまったのだ。そこからはもう抑えられなかった。好きだ。どうにか恋人にしてくれないだろうか。とにかく彼のことが知りたい。ポーカーフェイスで仕事をしながらそんなことばかり考えた。さりげなくプライベートの連絡先を聞くにはどうしたらいいだろう。まずは彼の好みを知って、その好みに近づくことから始めようか。そう盛り上がる気持ちが落ち着いたのは、あっさり失恋したからだ。
 なんてことはない。好きになって毎日観察していれば分かるものだ。藤原が体調を崩せば、海堂が大事に護るように仮眠室に連れていくことを。藤原が部下と気持ちのすれ違いを起こしそうになるたびに、第一優先でフォローに向かうことを。ああ、藤原を護りたいのだ。海堂は藤原が好きなのだと、そう知った。藤原の方に聞いてみれば、以前同じ支店で働いていたことがあるという。
「藤原さんと仲がいいんですか?」
 精一杯さりげなさを装って聞けば、海堂もさらりと返してきた。
「仲がいいっていうより同士かな。お互い辛い時期を二人で乗り越えた仲間。まさか本社で再会するとは思わなかったけど」
 つまり愛しているのだろう。神崎には分かる。好きで仕方ないのだ。きっと再会して藤原への気持ちを抑えられなくなったのだ。そして同期の神崎は、藤原の魅力もよく知っている。
「応援します」
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